→Rock'n Roll→  Aozora Tokunaga  top      第1巻

   018.強い気持ち、強い愛

 ラバーズの階段を降りて行くと、地響きみたいに空気が揺れているのを感じた。
 地上の店の壁と同じように通路の両面にびっしりと怪しげなポスターが貼られている。一言で言えば、黒魔術みたいな感じ。この絵を見て一目でクリスマスライヴのポスターだと言い当てられる人がいればその人は神です。
 そのおかげで、地下に降りて行く階段は怪しげな儀式の祭壇にでも出るんじゃないかと思えるくらい、おどろおどろしく気味が悪かった。
「これ絶対に考え直したほうがいいと思う、スタッフ」
 黄昏でさえ引いてしまうんだから、一考した方がよろしいのでは?ちなみにこのポスターを描いているのはマスターで、毎年恒例になっているらしい。イッコーに貰ったチケットも同じ絵柄で、スタッフ達の気苦労を考えるとこっちまで胸が痛くなってきます。
 入口でチケット二人分を渡し、ドリンク券を貰って中に入る。やっぱりもう始まっているみたいで、締め切られた扉の向こうから演奏の音が受付まで漏れていた。
 ラバーズでは毎年正月明けとクリスマスに大きなイベントを行っていて、クリスマスの方はインディーズで集めたブッキングになっている。正月明けの方はプロだけと言う形。このライヴハウスは下から上までジャンルも手広く扱っているのでこうなっている。
 一昨日ギターを買った後に、イッコーに今日のイベントに出るからと言われて唐突にチケットを渡された。まさかまた勝手にブッキングされたのかと思ったけれど、イッコー一人だけ、その日ばかりのドリームチームでステージに上がるらしい。考えてみれば、始めたばかりの僕達がいきなりそんな大イベントに呼び出される訳なんて無い。
 千夜さんも別のバンドで出演するらしいからこうして黄昏を誘って来た訳だけど、本当の所は買ったばかりのギターをずっと家で弾いていたかった。と言ってもイッコーの好意を無駄にする訳にもいかないし、いい機会だとも思う。ずっとバンドを続けていけば、いつかこのイベントにも出る側になるんだろうし。
 疑いも無くそう考えられるのも、あのギターを手に入れたことが大きいんだと思う。
 会場の扉を明けると、熱気と轟音が一気に飛び出して来て驚いた。そそくさとフロアに入ると、客席は今の時間でもほとんど満員に近く、外と気温も全然違う。
 今ステージに上がっているのは最初のパンクバンドで、力強いグルーヴで客席を歓喜の渦に巻き込んでいた。とりあえず黄昏と一緒にドリンクを交換しに行ったら、ちょうど演奏していた曲が終わりバンドが退場して行った。どうやらちょうどクライマックスだったみたい。客席はアンコールを求める声が飛び交い、しばらく拍手が鳴り止まなかった。
 フロアの照明が明るくなると歓声も収まり、みんな思い思いに休憩時間を楽しむ。ステージは次のバンドのセッティングがスタッフによって行われていて、会場には冬の曲を中心とした洋楽が流れ、客席をクールダウンさせていた。
 今日のイベントは6バンドが各45分。3時開演でかなりの長丁場だけど、イッコーが言うにはオールナイトのイベントなんかもあるらしい。それは勿論18歳未満は入場できないんだけど、イッコーがどうして詳しいのかはあえて聞かなかった。
 インディーズと言っても人気も実力もあるバンドばかりだからプロと大差無い。千夜さんの出るバンドが3バンド目、イッコーがラスト。ただ、出るとは聞いていたけれどどんなジャンルでどの楽器で演奏するのかは何も教えてくれなかった。他のお客も同じで完全にシークレットらしい。イッコーのことだから僕達の期待は絶対裏切ってくれないと思うし、その分楽しみは増す。粋な演出だと思う。
 今まで見たことがない位お客が入っていて、フロアはかなり混雑している。ステージ前に次のバンドを待つ人が溜まっているから、僕達は後ろの人の少ない場所を選んだ。人垣でステージはあまり見えないけれど、それよりもいい音がちゃんと届く場所ならどこでもよかった。
 イッコーや千夜さんと話をしたくても、今日は普段と違って楽屋へのパスは必要最小限の人以外貰えないようになっているので、ライヴ後しか機会がない。ちょっと悔しい。
 黄昏と雑談しながら次のバンドを待っていると、黄昏が眉をひそめ辺りを見回した。
「なんかジロジロ見られてる気がする」
 僕もこちらに飛んで来る視線は気になっていた。一人と言う訳じゃなく、あちこちから視線が降り注ぐ。気付かない振りをしていたけれど、黄昏も気になって仕方無いみたい。
「まあそれは――ある種、有名人だからね」
 どうやら僕達のバンドはこの地域一帯のライヴハウスでちょっとした話題になっているらしかった。実力と人気のある千夜さんとイッコーがタッグを組んだ点が大きいのも確かだけど、それ以上にみんな黄昏に注目していた。
 突如ライヴハウスに姿を現した新星、と言う風に黄昏は見られている。まるで命を削るように唄うその姿がみんなの目に焼き付いているのか、ライヴをやる度にお客の数は確実に増えていた。でも、黄昏はそんなのお構い無しにステージの上で歌を唄い続ける。
 ふてぶてしい態度とルックスの良さ、それとMCで何も喋らない所とかがミステリアスな雰囲気を更に醸し出し、黄昏の人気の一因になっていた。実際、MCに関してはただ面倒臭いと言う理由からだけで、僕とイッコーがマイクを取って喋っていた。
「へーっ、青空って人気あるんだな」
 本気で言っているのかよく分かりません。
 僕はただのお飾りで、バンドの中で名前も一番覚えられていません。お笑いコンビで言う所の、片方に強烈な個性があるせいで人気を全部持って行かれるもう一方の影が薄い方。
 少し寂しいのは事実だけど、自分の歌詞を黄昏に唄って貰えるだけで十分満足している。僕は中央に立って魅せるタイプでもないから、今のこの立ち位置が気に入っていた。
「もしかして、この髪のせいか……?」
「違う違う」
 疑り深い目を僕に向けながら、黄昏は自分のポニーテールを撫でていた。
「あ、始まるよ」
 突然照明が落ち、スクラッチの音がアンプから鳴り響く。DJのソロプレイをバックに、ステージ上にラフな格好の残りのメンバー3人がマイクを手に姿を現した。
 ヒップホップのグループは水海じゃ珍しくない。ラバーズでも月一でヒップホップ系のイベントが開催されているし、都会でクラブも多いからロック、パンク系とは別に一つのシーンを形成している。ラバーズはジャズやブルースも扱う、マルチな店でもある。その時にはフロアにテーブルや椅子が用意され、ガラリと雰囲気が一変するらしい(未確認)。
 ステージの4人は軽快なトラックで会場を踊らせる。僕がやるのはどうしても暗い方面に行ってしまうから、こうした明るいのは聴く側に立つととても気持ちいい。前に一度爽やかな歌詞を書いて曲を持って行ったことがあったけれど、イッコーに見事に没にされた。
 どうやら僕は、根がかなり暗いからそのままで行った方がいいらしい。かなりショック。
 でも、黄昏は歌を唄う時に言葉を当てはめないでメロディを崩すような唄い方も簡単にできるから、こうしたヒップホップのリズムも合うかも知れない。実力がついたら、ラップにも挑戦させてみよう。
 ちょうどアルバム一枚分程度の曲を演り、4人はステージを後にした。僕はそれほどヒップホップに入れ込んでいる訳でも無いけれど、今のはなかなか素直に聴けた。小さい頃から歌謡曲ばかり耳にしていたから初めてヒップホップに触れた時には『メロディが同じ』の一言で片付けていたけれど、聴き込んで行くにつれ良さが解って来た。
 韻の踏み具合と、言葉の強さ。
 この二つがヒップホップの最大の武器と僕は思う。でも、これらはロックにも転化できると思っているので、そうした音楽ジャンルを飛び越えた物をバンドで鳴らしていければなんて考えている。上手く行けば、とんでもないものができるんじゃないかって。
 そのためには、黄昏、イッコー、千夜さんが必要なんだ。
 そしてその千夜さんがステージに登場する。彼女が在籍しているバンドの中で一番人気のあるバンドで、それ相応の実力とキャリアを兼ね備えている。ただ、話には聞いていたけれど僕はこのバンドのライヴを一度も見たことがなかった。
 メンバー構成は僕達と一緒で、ヴォーカルもギターを持っている。かなり重い音を鳴らすロックバンドと言った所か。ヴォーカルの人も独特の唄い回しで、上手いし魅力もある。千夜さんの激しいドラムも浮くことなく、グルーヴの一つとして綺麗に溶け込んでいた。僕達よりも遥かに形になっているし、それぞれの演奏が上手い。
 だけど、嫉妬を感じたり、ライバルだと思ったりする気持ちは一つも出て来なかった。
 正直言って、僕は周りのインディーズバンドに大して魅力を感じていない。対バンする相手の曲をテープで貰って一通り聴いたりしても、有無を言わさず凄いと思わせるようなバンドは見当たらなかった。それよりは自分の敬愛している洋楽や邦楽の有名なバンドの方が何十倍も気になるし、自分達のことを考えるだけで手一杯とも言えた。
 多分それは、黄昏やイッコー、そして今叩いている千夜さんのせいだろう。自分が本当に凄いと思っている人達と組んで、自分の一番求めている物を、自分達で鳴らしているんだから。まだまだ技術は未熟だけど、何物にも代えがたい物がある。
 どんなに素晴らしい作品に出会ったとしても、決してそれは自分の気持ちを100%代弁してくれるものじゃない。本当に自分の想いを満たしてくれるものは、自分の中から出てきたものだと僕は思う。と言うか、僕はそれでしか自分を納得できないんだ。
 僕達の曲に触れた人は、一体何をそこから受け取るんだろう?ライヴを始めてから、そんなことをぼんやりと考えるようになった。
 それは僕にも予測がつかない。言いたいことはたくさんあるのに、それを押し付けようとしている訳でも無い。何かを感じて欲しいと思う気持ちがあるからこそステージの上で曲を届けようとするんだろうけれど、それで相手の気持ちを代弁出来たとして、僕は満足なんだろうか?聴いている人間も満足なんだろうか?
「あ……」
 考えていて今気付いた。
 僕は多分、何も届けようとしていないんじゃないのかな?
 曲と言う媒体を通し、それをきっかけに自分自身を見つめて欲しいと心のどこかで考えているんだと思う。その人の傷跡に塩を塗るような、治りかけのかさぶたを引き剥がすような――乱暴な言い方だけど、僕達のやっている音楽はそう言うもの。
 ずっと生きて来て感じて来たもの、体験したもの経験したもの、それらをまとめれば自然にそう言う歌詞が生まれるし、黄昏の唄声に宿っている想いもまさにそれ。他の二人だって形は違えど楽器から鳴らされる音に強い意志が込められている。
 僕はこうして生きているから、君達はそれを見て自分の道を考えてくれ――
 僕の言いたいことはきっとそれだけなんだ。
 自分の表現する意味が明確に見えた気がして、胸がすうっとした。後はもう、演奏が終わるまで千夜さんのドラムに聞き惚れていた。
「黄昏〜っ。あれ?たそがれ〜っ」
 3バンド目が大歓声の内に終わり、ようやく折り返し地点。まだ来てから2時間しか経っていないけれど、普通のライヴならここで終わっている。おそらく黄昏もへばっているんだろうな、なんて思いながら明るくなった客席を探していると、ドリンクバー付近でぐったりしている黄昏を発見した。
「酸素薄い」
「辛いんだったら外で休んでいればいいのに」
「外に出たら曲聴けないだろ」
「折り合いを考えて楽しまないと終いに本当に倒れるよ」
 僕の言葉に黄昏はむっとした顔を見せたけれど、納得したのか出口の扉に向かって行った。後をついて行ってフロアを出て、ロビーの壁に一緒になってもたれる。すると疲れが一気に押し寄せて来て、隣の黄昏と同じタイミングで盛大な溜め息をついた。
「イッコーの出番まであと2時間もあるのか……」
 うんざりした顔で黄昏が肩を落とした。これからの僕達のライヴのこともあるし、もっとスタミナをつけさせないといけないかも。
「僕も何だかお腹空いて来たし……一回外に出て何か食べる?」
「それでいい。でもちょっと疲れすぎたからもうちょっと待って」
 黄昏は床に腰を落とし、三角座りで体力回復に努め始めた。顔を伏せると完全に女の人に見える。特に綺麗なうなじ。こんな時に思う「黄昏が女の子だったらなあ」なんてやましくもありえない妄想をしている自分を、もういい加減嫌に思わなくなっていた。
 僕達と同じようにインターバルを利用して外に出る人や入って来る人でロビーはあっと言う間にごった返しになる。どこにいたって騒がしいのは変わりないけれど、みんないい顔を見せているのをここから眺めているだけで今日来た価値はあるように思えた。
 ここで休んでいれば知っている人が通るかも知れない。次のバンドは見なくていいかな、なんて考えながら行き交う人達を眺めていると、非常口の方から見慣れた顔がやって来た。
「千夜さん!」
 僕が大声で呼ぶと、向こうもこちらに気付いた。けれどと言うか予想通りと言うか、一瞥しただけで僕達の横を通り過ぎて行く。手にはスティックケースを抱えていた。
「もう帰るの?」
 諦めまいと背中に声をかけると、明らかにうんざりした顔で振り返った。
「これ以上いても意味無いから」
「でも、イッコーがまだ残ってるよ?」
 素朴な疑問を口にしたら、千夜さんが眉を吊り上げ強い口調で言い放つ。
「なら私は掛け持ちしているバンド全員のライヴを見ないといけないのか?」
「うっ」
 言葉に詰まる僕を見て軽く鼻を鳴らし、千夜さんは一枚の紙切れを僕に手渡した。
「来年頭の私のスケジュール。変更があったら連絡入れる。それじゃ」
 端的に用件だけ伝えてすぐに立ち去ろうとする。と、足を止めて僕に向き直った。
「な、何?」
「他人の心配をする余裕があるならギターの一つくらい上手くなれば」
 厳しい。
「ご、ごめん」
 来るのが解っていても、実際にきつい言葉が来ると心が痛む。とは言え、バンドの仲間なんだからコミュニケーションは図りたい。
「あ、そうだ。一昨日ギター買ったんだ。いい音が出るから期待に応えられると思うよ」
「宝の持ち腐れにだけはならないでくれる?」
 胸を刺す台詞を残し、千夜さんは出口に向かって行った。
「ねえ、千夜さん、一緒にご飯……!」
 せっかくだから誘おうと思って大声で呼ぼうとしたら、ズボンの裾を後ろから座っている黄昏に引っ張られた。顔を見合わせ、千夜さんの背中を見送る。
「悪い」
「いいよ。多分向こうも気付いてなかったしね、黄昏のこと」
 またここでバンドの仲をこじれされるとややこしくなるだけだから、今日の所は諦めた。一応謝ることは出来たから、良しとしよう。
「多分上の店も人が多そうだから駅前に出て何か食べる?」
「それでもいい、全部青空に任せた」
 そう言って黄昏は腰を上げ、うんと背伸びをした。いつもと同じ調子で黄昏は何でも僕任せにする。僕も嫌がらないからちっとも直らない。
 次のバンドを見るのは諦め、僕達はひとまずライヴハウスから外に出た。6時を回った所だけれどすっかり太陽は沈んでいて、空は真っ暗。雲の切れ端から一等星が見える。
 僕もこの辺の食事する場所について詳しくないので、駅前に出て適当なファーストフードにでも入った。クリスマスだろうが人は多い。黄昏はあまり食欲が無いらしいので安くつくポテトとアイスティーをおごってあげた。しばらく時間を潰し、ラバーズに戻る。
 フロアに戻って来ると、ちょうど5番目の打ち込みを使ったバンドがステージに立った所。規則正しいドラムンベースに合わせ生のギターとドラムが絡む、テクノに近い手法を取ったダンスミュージックを奏でるバンドで、ハイトーンの男女二人の声がトラックに乗って、サイケデリックな空間を生み出していた。
 体を直接揺さぶるビートに揺られ気分良く音を味わっている僕の横で、黄昏も同じように目を閉じ音の洪水に身を委ねていた。その顔は幸せに満ち溢れている。
 他の人の曲を批評するどころか全く興味を見せない黄昏だけど、いい音には敏感に反応する。黄昏をこうしてライヴに連れて来るのも、あの暗い部屋では味わえなかったものをここでたくさん感じて欲しいと言う僕の願いがあった。功を奏しているみたいで嬉しい。
 そのままビートに揺られる事一時間。好評でアンコールもあったために他のバンドよりも若干長かった。拍手喝采を浴びながらバンドがステージを後にすると、僕は音に酔いしれぼんやりしている黄昏をそこに置き、なるべくステージに近い場所へ行こうと人混みを割り前へと向かって行った。次はイッコーが出て来るから、できるだけ前に行きたい。
 だけど予想以上に人が多く、フロアの半分より先は人だかりが凄くてそれ以上進めなかった。これでラストだから会場の人数も半端じゃない。腕を上げるのさえ大変なほど人が密集していて、人垣でステージの上はほとんど見えない状況にあった。
 引き返すのもそれだけで大変だから、今の場所で仕方無くバンドの登場を待った。
「レディース・アンド・ジェントルマン!!」
 息苦しい中しばらく待っていると、思いっ切りカタカナでアンプからイッコーの声が響いたと同時に客電が落ちた。スポットライトに当てられサンタの格好をしたメンバーが一人ずつステージに出てくる。全員いろんなバンドの有名所で、その度に客席が沸く。最後にイッコーがヴォーカルの位置に現れると、客席のボルテージは最高潮に達した。
「世間はクリスマスらしいけどー、昨日のうちのメシは中華料理だったー」
 淡々と話すイッコーのMCに、フロアからどっと笑いが起こる。
「んまーでも、これが終わったらマスターがたらふく七面鳥食わしてくれるから、がんばろーと思います。おみやげにケーキ持って帰ります」
 僕達のライヴでもそうだったけれど、イッコーはMCが上手い。客の沸かせ方も心得ているし、そのおかげでライヴの流れを上手い具合にコントロールできる。イッコーが他でステージに立つのを見るのは初めてだから、しっかりと目に焼き付けておこうと思った。
「んじゃさっそく一曲目行くぜぇ!!『staygold』で『revive』!!」
 大声でイッコーが曲名を紹介すると、場内から大歓声が沸き起こった。この曲は僕も知っている。イッコーが在籍していた『staygold』のインディーズアルバムの一曲目。
 ドラムの早いカウントに続いてギター2本とベースがアンプから鳴り響くと、客席は一段と盛り上がった。そして血管が切れた如くイッコーが目を引ん剥いて英詞で唄い出す。

 I revive any number of times(俺は何度でも生き返る)
 in order to meet you once again(もう一度君に会うために)
 in this also uglily beautiful world(この醜くも美しい世界に)
 this thought does not change even if the seasons changes
 (季節は移り変わったとしてもこの気持ちは変わる事がないから)
 I still remember the rainbow seen by two in that place
 (あの場所で二人で見た虹を今も覚えているんだ)

 I want you in a side forever(いつまでもそばにいたいんだ)
 I'm born again any number of times if you are not pleased in my thing
 (もし君が俺の事を気に入らないのなら俺は何度でも生まれ変わってみせる)
 close to me(だからそばにいてくれないか)
 hung on to this world until you stop being
 (君がいなくなるまで俺はこの世界にしがみついてやるから)
 move the time you and me(二人で時を動かしていこう)
 I'm still alive close to you(俺はまだ君のそばで生きているから)

 サビの部分に差し掛かった瞬間、全身に鳥肌が立ってしまった。これしかないと言うようなコード展開に、力強いイッコーの声が乗る。早いビートの鼓動が直接心臓に届いて来て、ふと涙腺が緩くなる。
 一番を唄い終わったイッコーの顔には、まばゆいばかりの生気に満ち溢れていた。
 疾走感溢れる曲が終わると、拍手と歓声の嵐が巻き起こっていた。早くも最高潮の客席を笑顔で見渡しながら、イッコーは嬉しそうに手を振り回して客を煽っていた。
「あーやっぱ気持ちいいわー。持ち曲をうたうのは気分いい」
 噛み締めるように呟き、4人のメンバーと目配せする。
「んじゃ、おれんたドリームチームの仲間を紹介すっぜー!」
 大声でそう叫んで、一人ずつメンバー紹介が始まった。適度に笑いを織り交ぜながら、みんなの心を掴んで行く。それを見ているとふと、小さく胸が締め付けられる思いがした。
 おそらくイッコーは、こうしてステージの中央に立つのが一番合っているんだろう。嫉妬のような申し訳ないようなもやもやした気持ちが、僕の胸の中に生まれ始めた。
 4人の紹介が終わり、最後に高らかにイッコーが自分の紹介をする。
「でもって、『days』代表ベーシスト日野一光、通称イッコー。今日はヴォーカルだぜ!!」
 ――その言葉を聞いた瞬間、そんな嫌な気持ちは跡形も無く消え失せた。
 ステージの5人は洋楽邦楽関係無しに、英詞のパンクの名曲をセレクトして演奏する。アップテンポのナンバーが多く、まるで場内はお祭り騒ぎになっていった。
 イッコーは本当に気持ち良さそうに曲を歌っていく。人の頭で上手く姿が見えなくたって、その気持ちは唄声に宿っているから解る。抜けのいいドラムに合わせ周りの人と一緒に体を動かしていると、何とも言えない気分になれた。
 これだけみんなの心を動かしてくれる人が、バンドのメンバーと言うだけでも十分嬉しかった。イッコーの居心地のいい場所、それは今みたいなステージの中央なのかも知れないけれど、あそこに『days』の名前を背負って立っている。だから何だって許せるし、こうして笑顔で踊れるんだから凄く嬉しい。
「うぉっしゃー!!だんだんあったまってきたぜー!!」
 何曲目かが終わった後に、イッコーは勢い良く羽織っているサンタの衣装を脱いで客席に放り投げた。バスケットマンかと思えるほど締まったいい筋肉のついた上体に伝う汗が照明を受けて輝いている。ボディビルダーのポーズを取る度に、笑いと歓声が沸き起こった。
 もう何が何だか分からない。だんだん酸欠になっていき、頭を通さずに身体が勝手に音に反応して動いている。乱痴気騒ぎになっている客席ではダイブとモッシュが起こり、人だかりの上で運動会の大玉転がしのように何人もの人が転がっていた。
「おおっと」
 あまりに激しいナンバーばかりやりすぎたせいで、ステージの上に観客が何人も上がってちょっとした混乱になる。スタッフに押し止められ全員が引きずり下ろされると、高まり過ぎていたボルテージが幾分下がり、場も平静を取り戻した。
 少しの休憩を挟み、イッコーがマイクを手にステージ中央に戻って来る。小さな拍手の後、場内はイッコーの次の言葉を待って静まり返っていた。
 そして一言。
「愛のかたちって知ってるかい?」
 いきなり何言い出すのイッコー……。
「わかんねーやつ、ちゃんと見とけよ!今からおれたちがそれを見せてやっから!!」
 そう言ってイッコーは、突然ズボンをずり下ろした。笑いと黄色い女の子の悲鳴がフロアを交錯する。ズボンと一緒に靴も脱いで投げる真似をするけれど、それはお気に入りなのかちゃんとマイクの横に揃えて並べた。そんな小技で笑いをしっかり取る。
 さすがに僕は見ていられなくなってトランクス一丁になっているイッコーから視線を背けた。こういう人だとは解っていたけれどいざやられると見ているこっちが恥ずかしい。
「うるぁ――っ!!」
 そしてイッコーの大絶叫が起こったと思うと、客席がどっと沸いた。何をしたのかはステージを見なくても簡単に想像がつく。僕は目を覆い苦笑するしかなかった。
 確かに愛のかたちと言えば形なのかも知れない……。
「おめーらみんな、大好きだぜ――っ!!」
 イッコーの言葉に応えるように、会場のみんなが拳を突き上げて歓声を返す。何度かステージとフロアで歓声のやり取りがあった後、また『staygold』時代の曲を一つ引っ張り出して来て、客席前方で大合唱が起こっていた。
 この調子で残りの曲も続けられたらさすがに酸欠でダウンしてしまうので、身の危険を感じて僕は客席後方に下がった。黄昏はどうしてるかな、なんて思いながら。
 すると、みんなが手を繋いだり腕を組んだりして人の輪がいくつも形成されていた。普通ならここは静かにステージを見つめる人が集まっているはずなのに、みんな楽しそうに曲に合わせ体を動かしたりステップを踏んでいる。その中に、戸惑った顔の黄昏の姿も見えた。嬉しさを素直に表せないようなもどかしい感じで、音に揺られている。
 近くの輪の中に僕も入り、みんなと一緒に踊った。こうなったら息切れで倒れるまで騒いでもいいかなんて開き直り、隣の知らない男の人と笑顔で肩を組む。相手も嫌がらないで僕の肩に腕を回して来てくれた。反対の女の子も手をさしのべて来たので、握る。汗ばんだその手の平から伝わる温もりがやけに心地良かった。
 そのままイッコー達はMCを挟まずに一気に最後の曲まで演奏する。曲が変わる度に僕は違う輪の中に飛び込み、知らない人達と一緒に騒いで踊り倒した。
 僕もイッコーみたいに、こんな風に強い気持ちで強い愛が叫べられたらいいのにな。 音の渦に飲まれながら、真っ白な頭でそんな事を考えた。
 素っ裸にはなりなくなかったけれど。


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