→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第1巻

   008.熱く行こうぜ人生は

「あ、お客さん今はまだ……」
 『準備中』の立て札をかけた龍風(ロンフー)のドアを開けると、聞き慣れた店員の声が奥から飛んでくる。料理帽を被った若い店員が調理場からやって来ると、向こうは俺だと気付いて目を丸くした。
「まーだ生きてたんか、たそ」
 イッコー(本名は一光(かずみつ)って言うけど、みんなニックネームで呼ぶ)が笑いながら減らず口を叩く。しばらく顔を見てなかった人間と再会しての第一声がこれなのも、らしいといえばイッコーらしい。
「ビフィズス菌だけどな」
「相変わらずワケわかんねーことばっか言ってるな、おめーは」
 仕込みの途中だったのか、店内にスープの匂いが充満してる。
 この店はイッコーの家が経営してる中華料理屋で、さっき行ったコンビニ近くの商店街の中にある。今の昼間の時間帯は準備で誰一人いないけど、正午や夜には毎日人で混み合うほど人気のある店だ(ちなみに定休日は月曜)。ライヴの打ち上げも、いつもここでする。
「で、何にする?あいにくレパートリーは少ないけどよ」
 青空とカウンターにつくと、開店準備で手を動かしながらイッコーが訊いて来る。手のかからない唐揚定食を二人共頼むと、イッコーは大声でメニューを繰り返して早速調理し始めた。調理帽を被った後姿がやけに似合う。
 嫌というほど耳にしてる曲が流れる店内に、フライパンの上で油の跳ねる音が勢いよく響く。
「何もここまでテープかけることないだろ……」
「人より物覚え悪いから、しばらく聴いてないと忘れちまうんよ」
「身体で覚えろ……」
 カウンターに肘をついてうんざりしてる俺の背中を青空がさすって慰める。テープを通してただでさえ好きじゃない自分の声を聴くと、虫唾が走るのは治ってないようだった。
「会ってない間、何してた?」
 手首を返してフライパンを回しながら、イッコーが尋ねてくる。
「腐乱死体になってた」
「まーた愁ちゃんに迷惑かけてるんか」
「俺にばかり手かけてくるから……」
「愁ちゃんが最近来ねーのも、ぜーんぶおめーのせいか」
 カウンターに突っ伏す俺を横目に、笑いながらは唐揚を作るイッコー。
 真面目な話や暗い話題の時でも、イッコーは笑いながら話す。もう癖になっていて、どうしても譲れない部分なんだそうだ。
 俺が毎日家でごろごろしてるのも、愁がそんな俺にかまってるのも、イッコーだけじゃなくバンドに関わってる奴らはもちろん全員知ってる。
「やれやれ、愁ちゃんも大変なやつに惚れちゃったねー」
 イッコーの呟きに無言で頷く青空の首を締めてやろうかと思ったけど、やめる。
「家でずっとくたばってんならデートにでも連れてってやればいいん」
 イッコーができあがった定食を順に目の前に並べていく。立ち上る湯気と香ばしい匂いに、俺の腹の虫が鳴った。
「デートって言ったって、どこ行けばいいんだ」
 早速唐揚にかじりついて、愚痴をこぼす。ここの唐揚定食より美味い店を俺は知らない。
「あーもー!なしてこいつは自分から動こうとせんかなぁ!」
 大げさに目に手を当ててまいってみせるイッコー。2ヶ月ほど会ってなかったけど、相変わらずリアクションが大きい。背も高いし、まるで外国人と話してるみたいだ。
「それ以前にさ……好きなのかもよくわからない相手とデートしてさ、いいのかな?」
 俺の言葉にぴた、とイッコーの動きが止まった。その姿がシルエットがかって、どこからともなく地響きのような音が聞こえてくるのは俺の気のせいだろうか。
「お〜ま〜え〜」
 猛烈に嫌な予感がした。
「あれだけカワイコちゃんにかまってもらえてその想いを無下にするたぁふてぇ度胸だ!そこに直れ!おれがその腐り切った性根をメッタメタに叩きのめしてやるっ!」
 カウンター越しにイッコーが身を乗り出して怒鳴り出した。飛んでくる唾がかからないように慌てて皿をかくまう。ふと隣を見ると、青空はいつの間にか席一つ分避難して、のうのうと飯を食ってた。
 後で路地裏な(決定)。
「あんなに性格良くて気の遣ってくれる女の子なんてそうそういるもんじゃねーぞ!?くう
ーっ!おれがもしおめーなら喜んで付き合ってやるってゆーのによーっ……!」
「じゃあおまえがつき合えよ」
「いや、おれにはもう想い人がいるんで」
「あっそ」
 俺の提案を冷静に却下するイッコー。それまでの拳を握り締めた涙の絶叫は何だったんだと訊きたい。
「お水」
 声のした方をイッコーと二人で振り向くと、青空が口をもぐもぐさせながら空のグラスを差し出してた。
「…………」
 しばらく沈黙が続き、その間やけに店内に流れる俺の歌声が大きく聞こえた。
(二人で路地裏な)
 イッコーと横目で完璧なアイコンタクトを交わす。青空は何も気付かずに唐揚定食を口に運び続けていた。
「それに……俺、あいつの家も知らないんだぜ?それでつき合ってるなんて言うのもおかしくないか?」
 唐揚定食をほとんど平らげてから、改めて店の準備を続けてるイッコーに訊いてみた。青空はもうとっくに食い終わって、水を飲みながらこっちの話に耳を傾けている。
「勝手にあいつが俺の事かまってるだけで、こっちから頼んだわけじゃない。向こうは俺が好きなのかもしれないけど、俺があいつを好きかなんてそんなの……正直俺にもわからないんだから」
 胸の中にこの二ヶ月間ずっと抱えていた考えをようやく吐き出せて、少し楽になれた。
 俺が二ヶ月前にバンドに顔を出さなくなってから、まともに話をしてる相手は愁しかいなかった。そう考えると、こいつらとたまに会うのもいいかもしれないなって思う。
 作業してる手を止めてしばらく腕を組んで考えこんでたイッコーが、突然切り出してきた。
「でももう寝たんだろ?」
「ぶっ」
 隣で水を飲んでた青空がいきなり吹き出した。むせてる青空を横目に俺は答える。
「あんまりいいシチュエーションじゃなかったけどな」
「ははーん……愁ちゃんが来ないのもそーゆーわけか」
「そんなとこかな……でも、わかるどころか、余計こんがらがってきた」
 肌を重ねるだけで自分の気持ちに気付くなんて陳腐なドラマを昔観たような気もするけど、あれは所詮作り話だなって痛感した。
 もしあの時感じた黒い欲望が『好き』の形だとすれば、俺はこれからもっともっと愁を困らせるだけだし、そんな歪んでる自分を認めたくもない。
 それに、かまってくれてる感謝とうざったさはずっと感じてるけど、それが恋愛感情とは全く別物だってのはわかり切ってたし、これからそんなふうに発展していくとも思えなかった。
「形は一緒だけど、はまらない……ってやつかな」
 今までずっと黙ってた青空が口を開いた。イッコーが首を傾げる。
「何が?」
「ほら、あの絵本」
 どうやらさっき読んでた絵本の事を言ってるらしい。青空がバンドの奴に全員回し読みさせてるから、イッコーも何を言ってるのかはすぐに気ついた。
「あの1ピース欠けたピザみたいな主役を愁ちゃんとすれば、黄昏は欠片の方で……でも、その欠片は自己主張が強いから、自分から動く以外は絶対に他の人にはまろうとしない……そんな感じだよね」
『絵本と現実をごっちゃにすんな、この童貞っ!』
 青空目がけて俺達二人同時にハモった。バンド最年長の青空が未だ童貞なのは、俺達3人だけの秘密だったりする。
「そんなにクソ単純に割り切れるかってんだ、現実なんてのはよお!」
 啖呵を切るイッコーに、すごむ青空。
「相手にどう受け入れてもらえる人間になるかってのを必死に考えて自分を変えてく努力をすんのが恋愛ってもんだろがっ!そう簡単にぴったりな相手が見つかるなんて思ったら大間違いだってんだ!」
「や……別にそんなこと言ってな……」
「生まれた時からぴったりの相手が決まってるなんて、んなワケあるかあ!そんじゃ愁ち
ゃんの努力は全部水の泡ってワケか、ええっどうなんだあ!?」
「ご、ごめん……」
 迫力に押されて青空が謝ってるのに、イッコーはますますヒートアップする。
「それなら最初っから形の違う人間同士が結ばれるのは無理ってワケか!?そんなの……そ
んなの絶対俺は認めねえぞおっ!!」
 あまりに過熱しすぎたイッコーが、強く握りしめた両拳を流し台に叩きつけた。呆然としてる青空と一緒に、感情がこみ上げて真っ赤な顔で肩を上下させたまま準備に戻るイッコーの姿を眺めていた。
 前に言ってたような気もするけど、こいつもこいつでいろいろあるらしい。
「あ……そうだった。用件忘れてた」
 我に返った青空が、真面目な表情で俺に向き直る。
「バンドに戻る気はないからな」
 青空が尋ねてくるよりも早く答えを返して、すっかり冷めた定食の残りに箸をつけた。
「どうしても?」
 念を押して訊いて来る青空。イッコーも泣くのを止めて、こっちを見ている。
「だってさ……今はもうステージの上で唄う気持ちもないし、気まぐれで何度も練習さぼったりライヴ休んだりするんだぞ?そんな人間が戻ったところで、また繰り返すだけだ」
 誤解を招くのを承知で言い切った。何も全部事細かく自分の気持ちを説明したところで、相手からすればそう見られていて当然だろう。
 ステージで唄うのをしばらく休みたいって言い出したのは俺だった。青空達はすんなり俺の言葉を受け入れてくれたけど、戻るかどうかは自分でも半信半疑だった。
 最初は戻ろうって何度思った。でもベッドの上でずっとくたばってると、正直どうでもよくなってきたのが本音だ。
「でも、他で唄うつもりもないんだろ?」
 業を切らしたイッコーの問いかけに、俺は黙って頷く。前々から他のバンドにたくさん誘われてたけど全部断ってたし、知らない他人と組むつもりなんて毛頭ない。
 それに、そこまでして俺は歌にしがみつこうなんて思ってない。
 昔と違って、今の俺はそんな歌を必要としなくても生きていけるんだから。
「唄うのが嫌いになった?」
 顔を伏せて尋ねる青空の言葉を、頭を振って否定する。
「そんな事はない……けど……ただ、人前で歌う事に意義を感じなくなったって言えばいいのかな……時間が経ってから気付いた事が一つあったんだ」
 食べるのを止めて、二人の顔を交互に見てから気持ちを口にしていく。
「前にやったワンマンライヴで、それこそくたくたになるまで力を出し切って……胸一杯になるくらい、満足した」
 最後に俺がステージに立ったその光景は、目を閉じるとすぐに浮かんでくる。
「でも、その時どれだけ満たされても戻る場所はいつも同じで……得たもの全部、繰り返される毎日に吐き出されてしまう。客も入るようになって、バンドの状況は変わってきてるけど……俺の中は、昔とたいして変わってないんだ」
 自分を変えられるかもしれない。そう思って青空達とバンドを始めたはずなのに、俺は何も変わらなかった。少しは前に進んだような気もするけど、性根はちっとも変わってない。だから今もこうして迷惑かけてるし、あの部屋にずっと閉じ篭もってる。
「後に見えるものが振り払えるかと思ったら、全然離れてくれない」
 そう言うと俺は心の底からため息をついた。考えるだけで気が滅入ってくる。
 あいつは今でも俺を後から見つめてる。
 『死』?『闇』?
 得体の知れない恐怖がつきまとう。それから逃げ出したくて、俺は唄い続けてたんだ。
「でも、昔みたいに気が狂うほど切羽詰まってもないんだ、今は」
 唐揚げを一つつまむと、頭の中のものを振り切るように言った。
「飼い慣らしてるとでもいうのかな……見て見ぬふりをしとけば、向こうから飛びかかってくる事はないから」
 青空に誘われる前までは、それこそ狂ったみたいに歌で後ろを見ないようにしてた。けど今はもう、脅える事もなくなった。ステージで歌う事が投薬だとするなら、バンドのおかげで俺はここまで持ち治る事ができた。
「それを覚えたから……無理にステージに立つ必要もない気がするんだ。どんなにそこで喜んだって一時のもので、気付いたらすぐ目の前から消えてなくなってしまってるんだもんな。それって結構、辛い」
 一人でいた時はずっと感情を押さえこんで、息を殺してた。でないと俺は本当に、身を投げ出してしまいそうだったから。
 けどバンドを初めてから、そんな自分が馬鹿らしくなるほど何度も素晴らしい瞬間を知った。そんな初めての経験にとても興奮したけど……、全て終わって一人になった時、孤独の寂しさと誰もいない安心感の入り混じる中、思った。
 結局はまた同じところに戻ってきてしまうんだって。 
「バンドが始まった頃って、とにかく苦しい毎日から抜け出したくて、もっと素晴らしい
明日に出会いたくて唄ってた気がするんだよな。でも今は、そんなもの本当にあるのかな
って思う。思い描いてたものが実は幻で、毎日はどこまでも変わらず淡々と続いていくの
かもしれない。そう考えるとさ、唄う事がそれほど必要ないっていうのか……唄わなくて
も生きてけるんだ、今はな」
「サボるのに……慣れた?」
「みたいだ」
 あっさり肯定する俺を見て、青空は苦笑した。生来面倒臭がりの俺の性格を知ってるから、こうなると手のつけようがない事をこいつはわかってる。
 青空の気持ちは嬉しい。こんなどうしようもない俺をステージの一番前で唄わせてくれる。でも、あそこは俺にとって大変すぎるんだと思う。
 感じる事が多すぎて、耐えられなくなってしまう。そんな心が芯までなくなるくらい擦り減らして変わらなくたって、もう俺は今のままでいいから。
 胸の中にある諦めに似た思いが、俺をステージに上げるのを止めていた。
「いい加減、俺の代わりに新しい奴でも入れたらどう?ずっとベース弾きながら唄ってるんだろ、イッコー?」
 俺がいない間、穴の抜けたメンバーをこいつらは埋めようとしないで、コーラスを兼ねてたベースのイッコーが代わりに唄ってる。俺と唄い方も声の性質も全然違うけど、素直に心に届いてくるこいつの唄声は大好きだ。
「でも、おめーの曲は3人のライヴじゃやってないぜ。全部おれの曲」
「そうなんだ。別に義理立てしなくてもいいと思うけどな」
 てっきり俺の曲も唄っているもんだと思ってたから、意外だった。
「おめーを心待ちにしてるファンもいるんだって。今はおれのレパートリーを増やしてやってっけど、あくまでメインはおめーだかんな」
 そう期待されても困る。苦い顔のまま、俺は定食の残りに口をつけた。
 昔は俺一人だったけど、今年の春からはイッコーもヴォーカルを取るようになった。俺がいない間、イッコーは自分の曲を書きためてライヴで唄ってたらしい。
 それで観に来てくれる客が満足してるのかは知らないけど、愁から特に悪い噂を聞いてないので頑張ってるんだろう。でなきゃ週一で2ヶ月連続ライヴなんてできるわけない。
 まったく、足引っ張ってるのは俺一人だけか。
「……なら一旦解散して、3人でやればいいんじゃないか?」
 うっかり口が滑る。二人がいつにない強烈な視線を浴びせかけてきて、後悔した。
「まともにバンドに出てない人間がそう言う事言わないようにね」
「悪かった」
 青空の言う通りだ。こいつらにはそれぞれバンドを続ける理由があるんだろう。それを何も知らずに迷惑ばかりかけてる俺が言っていい言葉じゃなかった。
「まあ、昔みたいに唄わなきゃ息ができないような、そんな感じがまとわりついてきたら戻るよ」
 はたしてそんな感覚がこれからの俺にまた戻ってくるのか?そんなのわかるはずが――
 そこまで考えてから、脳裏にあの少女の姿が浮かんだ。
 そうだ。そうに違いない。
 ある確信が、俺の胸中に湧き起こる。
「わかった、じゃあ今回は……」
「次のライヴっていつだ?」
 青空が諦めて話を締め括ろうとした時、俺は餌に食いつく魚のように飛びついた。二人の俺を見る目が丸くなる。
「え、いつ……って……来週だけど」
「その次の保証はできないけど、俺、唄っていいかな?」
『え?』
 二人共、言葉を失ったまま俺を見てる。ほんの一分前まで絶対やらないって言ってた強情な男が急に心変わりしたんだから無理もない。
「いいのっ!?」
 沈んだ表情を見せてた青空の顔が突然明るくなった。
「って、おめーもう一週間もないんだぜ、大丈夫なんか?」
 いくら何でも無茶だろって顔で、イッコーが訊いて来る。
「今まで寝てたぶん、変な癖とかついてないから逆にいけるんじゃないかな」
「まーた自分勝手な考えで……」
 イッコーが笑って肩をすくめる。でも、こんなふうに俺が進んで前に出た時は、全幅の信頼を置いてくれるのでそのままやる気に繋がる。
「でも、千夜(ちよ)はどうするの?」
『う……』
 浮かれてる俺達に、青空が釘を刺してくる。一番重要な問題をすっかり忘れていた。
 俺達のバンド『Days』(デイズ)。
 4人編成で俺がヴォーカル、青空がギター、イッコーがベースを受け持っていて、イッコーの曲の時には手持ち無沙汰になるので俺はコードギターを弾く。普段も弾いているけれど、経験も少なく下手なので自分が唄う時はリズム感を掴む程度にしか鳴らしていない。
 そしてあと一人――ドラムの千夜がいるんだけど、これがまた俺以上の問題児で、正直俺もできるだけ会いたくない人間の一人だった。
「いきなりは絶対許さないと思うけど」
「俺もそう思う……」
 何しろ俺が勝手に休んでる時に一番文句を言ったのが千夜で、俺は前にも何度かバンドをさぼった事があるけど、そのたびに激怒してスティックやドラムをブン投げてきた。一度スタジオで見境いのなくなった千夜が暴れて、備えつけの機材が破壊された事もある。もちろん俺にも責任はあるけど、普段から千夜はひどいかんしゃく持ちで激しい性格をしてる。口と一緒に手が出るなんてしょっちゅうだった。
 どうして俺や千夜みたいな人間がいるバンドが続いてるのか、ひどく疑問に思う時もある。俺をバンドに誘ったのは幼少からつき合いがある青空だけど、その青空も昔は小説を書いてたのに、どうして突然ギターなんて弾き出したのか俺には疑問だった。
「とりあえず、明日みんなでミーティングするしかないわなあ」
 明日の事は明日考えようと、イッコーが笑って答える。
「今話してても仕方無いしね。じゃあ、千夜に連絡だけは入れておくよ、ごちそうさま」
「勘定は次回でいいぜ」
「了解」
 青空が話をまとめて席を立つ。壁時計を見れば、あと30分ほどで開店の時刻だった。 
どうやらかなり邪魔してたようだ。
「じゃ、そろそろ帰る。ごちそうさん」
 膨れた腹をさすって、俺も席を立つ。
「あ、たそ」
 一足先にドアを開けて店を出て行こうとすると、イッコーが呼び止める。
「金は次の時だろ?」
「ちげーよ。なあ、なして急にやる気になったん?」
 少し考えてから、こう答えて店を出た。
「ジャケット返してもらいたいからかな?」


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