045.アバレはっちゃく
みんな、それぞれ自分のパートに集中して演奏している。
絵面だけ見れば懸命に取り組んでいいグルーヴができ上がっているのかと思えるけれど、そうでもない。他人の演奏を聴いているようで聴いていないような、悪い方向にわがままを通していて曲の形が崩れてしまい、大きな雑音の塊にも聞こえる。
やればやるほど悪循環にはまって行くようで、出口が見つからない。僕は嫌な考えを振り払うように、ピックをに力を込め全力で間奏のリフを弾いた。
今日はクリスマスライヴ前の最後の練習。この3日後にライヴで、今年の活動が終了する。何だかんだでいろいろあり過ぎたこの1年、とても疲れた。前半はいい調子だったけれど、時間の経過と共に自分もバンドも失速していった感がある。
結局この1年、一つも前へ進んでいなかったのかな?ギターも作曲の技術も上がっているはずなのに、何も身になっていないのかもと誤解してしまいそうになる。
この前の件で千夜さんとの間もほぼ決裂したと思ったけれど、日を置いて電話を入れ謝ったら許してくれた。向こうも殴ったのは間違いだったと反省してくれていたので僕もすんなりと水に流した。
今はもう、練習に出て来てくれるようになっている。ただ、ほとんど口を訊いてくれなくなってしまった。殴られた原因になった曲のアレンジの件はひとまず保留にしてある。
多めに練習の時間を取りたかったのに、年末だからか二時間しかスタジオを取れなかった。でもライヴの出番は30分なので、演奏予定の6曲を反復すればいい。
なのに現実には大きくずれ込み、1時間経っても一周も出来ていなかった。
「貴様達、ちゃんと相手の音を聴け!!」
ようやく6曲目が終わると、一息つく間も無く千夜さんが立ち上がり怒鳴りつけた。
「それはてめーだろーが!おめーがおれに合わせろよ!!」
顔を垂れ落ちる汗を拭おうともせずに、イッコーが指差し大声で反論する。さっきから演奏の途中で中断したり曲が終わる度にこうして言い合っている。
僕が二人に言われる分には素直に謝るだけで場が収まるので構わなくても、一々二人で噛み付き合われてもこちらがたまらない。黄昏も邪魔臭くなっているのか、黙々と自分の仕事をこなしていた。
バンドが滅茶苦茶になっていても、黄昏のヴォーカルはいつもと変わり無い。むしろここ最近の中では最高とも言えるほど調子が良かった。尋ねてみてもいつもと同じだと笑って返されたけれど、心の中で何か吹っ切れたものがあったのかも知れない。風邪の抗体ができているのか体調もいいみたいで、本番当日には久し振りに絶好調で望めそう。
「おい青空、聞いてんのか?」
「え?ああ……ごめん」
上の空になっていたのか、イッコーに怒られてからようやく気付いた。気合づけに自分の両頬を叩き頭を振ってみると、目が回り後のアンプまでよろけてしまった。
「ったく、しっかりしてくれよなー。おめーがまとめてくれねーとこの調子だとステージの上じゃ話にもなりゃしねーわ」
「そうして他人任せにするから駄目と言う事くらい気付かないのか」
「あー!?自分勝手に舵を取ろーとしてるやつが言うんじゃねーっつーの」
「何だと!?」
どちらかが何か言う度に横槍を入れ、口喧嘩に発展する、その繰り返し。二人の甲高い声が頭に響き余計に頭痛が酷くなる。
「大丈夫か?」
これまで静かにしていた黄昏が近づいて来て、顔色の悪い僕を覗き込んで来た。
「うん……大丈夫だよ。今日が締めだからね、張り切らないと」
そう言って背筋を伸ばし元気な所を見せても、すぐに全身の力が抜け膝から崩れ落ちそうになる。異変に気付いた黄昏が僕の体を押さえ、みんなに言った。
「一回りしたから、少し休憩しよう。その後にもう一度頭からぶっ通し、それでいいだろ?」
「……ああ。おれ、ちょいとジュース買ってくるわ」
黄昏の意見に頷き、イッコーがベースをスタンドに立て掛け外へ出て行く。この場にいるとまた喧嘩になると思ったんだろう。千夜さんは呆れた顔で大きく息を吐き、ドラムに向かい合った。ハイハットの音がやけに耳障りに聞こえるので、僕も黄昏に連れられ外の休憩所へ退避した。今の黄昏の言葉もいつもは僕の台詞なのに。迷惑かけている。
「ごめん」
「いいって。どうせ季節の縫い目にまた風邪引いたんだろ?」
笑って言う黄昏に、口元を緩ませて頷いた。伊達に昔から付き合っている訳じゃない、黄昏は僕の体質のことも倒れるまで動き続ける性格も良く知っている。感謝の気持ちで胸を熱くしたまま、僕は休憩室のソファに倒れ込むように腰を下ろした。
いつもとすっかり立場が逆転してしまい、可笑しさが込み上げて来る。黄昏は自分のことしか考えていないように見え、周りの人が困っていれば手を差し伸べる。余裕は無くても、多分そこに苦しんでいる自分の姿を重ね合わせているんだと僕は思う。
ここ数日でまた寒くなり、季節は本格的に冬を迎えた。締め切った縦長の窓の向こうに見える街路樹もすっかり丸裸にされ、見ているだけで寒くなる。それでもまだ例年より温かいらしく、雪もまだまだ先のことで今年はホワイトクリスマスを迎えられそうにない。
ライヴを控えていることもあっていつも以上に意気込んでいたせいか、無理をし過ぎて体調を崩してしまい、そこに風邪が重なり僕の体はボロボロになっていた。
今は新曲を一つも作っていないし、曲のアレンジも全く変えていない、以前のまま。千夜さんに僕の提案を断られたこともあったせいか、すっかり曲を弄くる気力が失せてしまっていた。それにライヴまで時間も無いので、ここでわざわざ新曲を作るよりは今までのレパートリーで攻める方が確実だと思い、ギターを弾く日々に明け暮れていた。
エレキギターで寝る間も惜しんで夜も朝の仕事前も、時には一人でスタジオに入り練習をしていた。おかげさまで両腕の腱が痛い。腱鞘炎になるほど酷くも無いので大丈夫とは思うものの、ライヴが終わればしばらく腕を休養させようと思う。
結局千夜さんが曲創りに協力してくれるようになってから三ヶ月近く経っても、『ciggerate』以外新曲は生まれていない。スランプには違いないのにゆったりと構えていられるのは、目の前のライヴのことで頭が一杯になっているからだろう。
今日は叔父さんのスタジオは予約で満杯だったので、いつもの家沿いの路線で40分以上かかる隣の県庁所在地までわざわざ足を運んだ。
千夜さんが紹介してくれた場所だけれど、なかなかいい。真向かいの部屋と休憩所が共用で、受付も同一の縦長の部屋なのでいつもと感じが違うから不思議な感じがする。でもこの忙しい時でも料金が安いのは有り難い。千夜さんはこうした穴場のスタジオを良く知っている。おそらく一人で練習する為にいろいろ探し回っているんだろう。
「うわっちち」
呆然とスタジオの天井を眺めていると、頬に熱いものを押し付けられソファから崩れ落ちてしまった。見上げると、イッコーが黒い缶コーヒーを手に笑っている。
「どーよ、元気出た?」
「うん……何とか。休んでいたら随分楽になったよ」
心配かけまいと首を回してから笑ってみせると、休憩して張り詰めた神経が緩んだ分余計に辛く感じた。咳は出ていなくても、全身に熱を帯びているのは自分でも解る。
「ま、無理すんな。根詰めて倒れたら元も子もねーしな」
「うん……ありがと……」
頭が回っていないので、間延びした応対になる。不安そうな顔でイッコーも僕を見ていて、熱い缶コーヒーを一気に飲み干すと一足先にスタジオの中へ戻って行った。僕も黄昏がトイレから戻って来るのを待ってから、後に続く。
無理するなと言われても、せっかくシークレットゲストで招待されたんだから与えられた役目はしっかりと果たしたい。ここで不甲斐無い演奏なんてしたら次いつお呼びがかかるか分からないし、僕が僕自身を許せない。
『days』を引っ張っているのは僕なんだから、今ここでしっかりしなくちゃどうする。
気合をつけようと全身に力を込め荒い鼻息を吹き出してから、自分の立ち位置に戻る。場の険悪な雰囲気は少しも抜けていないけれど、構っている余裕なんて無かった。
「それじゃ、もう一度頭から行くよ。誰かがトチっても、中断したり合間に言い合いなんてしないようにね。時間が無くなるから。分かった、三人共?」
「わーってるって。おれだってやる時はちゃんとやるっての」
面倒臭そうに答えるイッコー、頷くだけで何も言わない千夜さん、厄介事に関わりたくないのか無視している黄昏。その三者三様を見て、僕は諦めに近い溜め息をついた。
ずっと描いていたバンドの理想形とは程遠い目の前の光景。でも嘆いている暇は無い。
僕がみんなを一つにしないと。僕がリーダーなんだから。その為に僕がいるんだ。
苦境に立ち向かう闘志を胸に、千夜さんのカウント後にギターを掻き鳴らす。僕が今できることの全てを、海の色を持つこの深い青のギターに託し曲を弾いた。
最近は辛くなると柊さんの顔を思い出すように心掛けていた。待ってくれている人がいると思うと、それだけで底から力が絞り出て来る。
しかし気合と情熱と意地だけで何もかも塗り変わるのなら、そんなに楽な話は無い。
一曲目二曲目は少し失敗しながらも何とか乗り切れたけれど、空回りし過ぎて三曲目の『チェイン・レッド・ドーベル』で僕が一番の二度目のサビをすっ飛ばしてしまった。気が動転してしまい、慌ててストロークを戻そうとしてもリズムが崩れてしまう。
イッコーのベースを頼りに挽回しようと思ったら、風邪のせいか頭が真っ白になってしまい以降の楽譜を全部忘れてしまう。そのままギター抜きで曲は進み、何も解らなくなった僕は呆然とその場に立ち尽くしていた。
やる気が失せたのか、最後のサビの前でイッコーが演奏を辞める。ドラムだけになりながらも、千夜さんは構わずに最後の小節まで叩き続けた。そして終わると開口一発、
「何してる、貴様!!」
僕目掛け今日一番の怒声が飛んで来た。
「ごめん、曲の構成頭から全部抜け落ちちゃって……」
すまない気持ちで謝りながら、痛みの残る自分の右手を振ってみせる。創った曲は全部自分の体に染み込んでいると思っていたのに、風邪ごときであっさり駄目になるなんて。言い出しっぺが真っ先に沈むなんて、こんなに情けないことはない。
「気を抜いているからそんな事になる。ライヴはすぐそこだろう!!しっかり意識を持て!それともまともに演奏出来ない曲を人前でやるつもり!?」
僕は黙り込み、千夜さんの罵声を聞いていた。悔しくて涙が出そうになる。
「待てよ、そんなに青空責めて楽しいのか?」
見ていられなくなったのか、黄昏が落ち込んでいる僕を庇った。
「体調が悪いのくらい顔色見てわからないのか?ケアレスミスぐらいするのはしょうがないだろ。したくてしたんじゃないんだって事ぐらい気付けよ。ウダウダ言わなくたって、もう一度合わせりゃいいだけじゃないか」
「時間が無いんだろう!?それに自己管理ぐらいきちんとしろ!!それくらい出来なくてどうする!!」
「しょうがないだろ!季節の変わり目はいつも風邪引くんだ、青空は。本番でちゃんとできれば文句ないだろ!!」
「そんな甘い考えだからいつまで経っても良くならない。貴様も自分の唄に陶酔なんてしていないで、きちんと楽器の音を聴け!!一人で突っ走った所でどうにもならないだろう!!」
「誰がいつ陶酔なんてしたー!!」
ああもう、やかましくて二人の怒鳴り声が頭に響いてたまらない。
「ともかく、調子いーからってあんまリズム変えねーでくれな。こっちまで狂っちまう」
「それなら俺の声に合わせりゃいいだろ。唄が一番大切なんだから」
「あのな、それ言うんならちゃんとおれのベース聴いてからにしてくんねー?バックがちゃんとしてれば何も好き勝手にやっていーってわけじゃねーんだかんよー」
今度はイッコーまで入って来た。
「勝手にやっているのは貴様だろう。前までの音に戻してから言え、そう言う事は」
「んだとー!!こっちのほうがいーから変えてんじゃねーか!!それくれーわかれっつーの、このヒステリー女!」
「〜〜〜、音が違い過ぎてこっちのペースが狂い過ぎる。はっきり言う、元に戻せ」
「るせー!!おめーだってたそに言ってっけど、でしゃばり過ぎなんだわ!!第一リズム取るためだけのドラムが前に出てきてどーすんだ!」
「なら貴様だって同じだろう!!最後まで演奏しない奴が言える事か!」
またまた千夜さんとイッコーが全身で怒りを表しながら言い合っている。
「青空がさっさと止めちまったから悪いんだわ!!マジメにやってられっかーっつーの!」
「だから調子悪いって言ってるだろ!人に八つ当たりする前におまえがちゃんとしろ」
「唄いたくねーからってライヴさぼったやつがエラソーな口きくなっての!!」
「俺だってダメな時ぐらいあるって。できない時は何やってもしょうがないだろ」
「そんな考えだからくだらない演奏ばかりになる!!本気でやっているのか貴様は!!」
「他人に口応えする前に自分の欠点先に直せ!!おまえ自分がいつも完璧にできてると思ってるんだろうけど、ムラあり過ぎでこっちがやりにくいんだ!!」
「私がそんなに自惚れた人間だと思ってるのか!!自惚れてるのは貴様だろう!?」
「ま、どっちもどっちだわな。我が強過ぎてぶつかりまくってんだから、しゃーねーって」
「おまえだってベースの音元に戻せよ!!青空の曲の良さが殺されてるだろ!」
「どの曲もさしていいとは思わないけれど」
「てめえ、ふざけんな!!」
次々と飛び火し、三人がお互いを激しい口調で罵り合っている。
見ていられない。いっそのことどこかへ消えてしまいたい気分になる。どうしてこんなことにならなきゃいけないの?僕の夢は理想でしかなかったの?
「はっきり言う、まだ足りなさ過ぎる。曲よりも、バンドの力量が」
「冷めた面して他人事みたく言うな!!おまえのその態度が一々気に食わないんだ!!」
「実力が足りねえのはてめーだって同じだろーが!!いちいち指図すんな!!」
「だからこうして練習している!!弱い奴等が自分の事を棚に上げるな!!」
「るせー女のクセに!!弱えーかどーか証明してやるわ!!」
「今、何て言った!!女だからって甘く見るな!!吠えまくる犬か貴様達!!」
「何だと!?少なくてもおまえより強いって事、教えてやろうか!?」
「はん。貴様のような弱い人間に誰が負けると思う?」
「このっ……!!」
「あーっ、もう!!」
我慢の限界を超え、僕は腹の底からありったけの力で叫んだ。
「いいよもう!!解散しよう!!」
取っ組み合いを始めようとした三人が動きを止め、目を丸くして堪忍袋の緒が切れた僕を見ている。
「僕はこんなものが見たくてバンド作った訳じゃない!!」
ありったけの想いを込め、喉が掠れるほどの大声で叫ぶ。何もこんな、大好きな人同士が憎み合う姿なんて見たかった訳じゃない。バンドを続けて嫌なものばかり見るのなら、これ以上やらない方がマシ。
「今年最後のクリスマスライヴ!!そこで全部終わりにしよう!!それでいいでしょ!?」
三人を睨んできっぱりと言い放った。自分でも大変なことを言っているのは理解しているけれど、もう止められない。風邪で頭痛が酷いせいもあってか、これまで腹の中に溜まっていた鬱憤が大爆発してしまった。
――ごめん柊さん。君に音を届けられそうにない、もう。
「お、おい」
「何ムキになってんの、青空ちゃん」
僕の様子がおかしいからか、三人共腰が引けている。千夜さんでさえも怯んだ顔で、豹変した僕を見ていた。
「嫌なんだ、もう!!そんな仲間を嫌いになってまでバンドなんて続けていたくないよ僕は!!バンドの音楽ばかり追及する!?それもありだと思うけど、それで人間関係がぐしゃぐしゃになるのなら解散した方がましだよ!!どうせみんなも中途半端な気持ちでやりたくないんでしょ!?だからぶつかってるのは分かるけど、それで空中分解するんならもう潔くさっさと解散させようよ!!仲良しこよしでバンドが先に進まないのも嫌なんでしょ!?それでやってたって何にもならないのは僕も一緒だよ!?レベルアップしようとしても、今のまま留まっててもどの道結局解散しかないんだったら、もうこれ以上やる必要なんて無いよ!」
みんな、自分のことを考え過ぎて、好き放題やっている。僕はもう、手のつけられなくなった3人の面倒なんて見る気力なんて無い。そんなにわがままでいるのなら、解散するから好きにやって下さい。僕はすんなり諦めます、待ってくれる人を裏切ってもいいです。
胸の中に抱えていた気持ちをありのまま吐き出しても、少しも楽にならない。さっきまで怒っていた3人もすっかりしぼみ、大噴火した僕を別人のような目で見ていた。
波が引いたように室内が静かになる。怒りの収まらない僕は構わずぶちまけた。
「千夜さんも、他人の気持ち考え無さ過ぎ」
鋭い目を向けると、車のライトを向けられた猫みたいに体を震わせる。
「自分だけ良ければいいと思ってるんだったらバンドなんかやらなきゃいいんだから。僕は自分勝手な人間とずっと付き合っていけるほど器の大きい人間じゃないよ。どれだけ千夜さんのドラムが良かったって、たとえ『days』に必要だとしても、人間的に駄目な人とは一緒にやる気にはなれないから」
「なっ……!?」
あまりに包み隠さず喋る僕の言葉に、動きを止めていた千夜さんも怒り出す。でも僕は怒りに任せ堂々とした口調で続けた。
「いいよ別に嫌ってくれても。でも僕は人間として成長したくてこのバンドを始めたつもりだから。それなら隣にいるのは一緒に自分自身を高め合っていける人間がいい」
勿論千夜さんが駄目な人間だとは少しも思っていない。多分、ライヴが近いからこの前僕の言ったことも無視して怒鳴っているとは思うけれど、常日頃から他人を罵倒してばかりの人間は許せない。僕が最近まで他人の気持ちを分かってやれない人間だったから、余計に同類の相手には怒りがつのる。
千夜さんも憤慨して拳を握り締めていながら、僕の凄みに負けているのか言い返して来ない。今なら何を言われても、言葉で捻じ伏せる自信があった。
「イッコーも、周りの人間のことをちっとも考えてない」
次はイッコーに恨みつらみをぶつける。この後に立ち上がれなくなるまで殴られるかも知れなくても、それも全て引き受け僕は自分の考えをはっきりと述べた。
「曲が良ければそれでいい、その気持ちは良く分かるよ。だからってそれを優先し過ぎて周りの人間と自分を合わせようなんて思ってないでしょ?千夜さんもそうだけど、自分の考えが最高とでも信じてるんじゃない?相手が自分に合わせてくれたらなんて考えてるみたいだけど、その前に自分から本当に寄っていると思う?僕は違うように見えるよ」
「んじゃおめーはどーすりゃいーんかがちゃんと見えてるっつーんか?」
言われたい放題でいるのに我慢できないのか、イッコーが嘲るように訊いて来た。その問いに僕は首を横に振り、答える。
「そんなのみんなが寄り添い話し合って、見つけて行くしかないじゃない。なのにみんな自分が一番だと思って引こうとしない。それを続けてたらバンドもギクシャクするのは当然だよ。技量があるから何をやっても大丈夫だなんて心のどこかで思ってるでしょう?幸か不幸か僕は才能も力もないからみんなに頼るしか方法がないけれど、それが間違ってると思ってない。変に意固地になるより、邪魔なプライドなんて捨ててしまえばいいんだ」
強く睨み返して言い切ると、イッコーは眉間に皺を寄せ難しい顔で黙り込んでしまった。僕の言葉に何か胸に引っ掛かるものがあったのかも知れない。
「黄昏」
「俺?」
自分にも振られ意外だったのか、黄昏が身構え上目遣いに僕を見る。
「そう。君も、自分だけが曲を演ってるだなんて思わないで」
「俺はそんな――」
「分かってるよ。でも無意識の内にそう思ってる所が絶対にある。言っても分からないと思うけどね、黄昏は自分一人がこの世界の全てだって思い込んでいる節があるから」
「…………」
あまりピンと来ていないみたいだけど、僕に怒られるのが久し振りだからか教壇に立たされた生徒のように唇を噛み締め立ち竦んでいた。
黄昏は自分一人で二年以上もの時を暗闇に脅えながら生きて来たこともあってか、心の中は自分のことで埋め尽くされている。隣に誰もいないのならそのままでも構わないと思う。でも、黄昏は自分の意志で僕の手を取った。それなら自分以外の人間のことも理解してやれるようにならないと。
その手伝いをするのも、いつでもそばにいる僕の役目だと思う。だから今この場で、怒りに乗せて口にしているんだ。
勿論すぐには解らないだろう。でも、いつか理解する時が必ず来ると信じて。
3人はその場で横目でお互いに探り合い、誰かが啖呵を切ってくれるのを待っている。普段バンドの緩衝材になっている僕が切れてしまったせいで、どうすればいいのか迷っているみたいに見える。
このまま待っていても埒が開かないので、全て言い尽くそうと腹を括った。
「僕だって今はスランプだよ?でも昔みたいに何もかもほっぽり出して逃げようなんて思わない。気弱で駄目で何の取り柄も無い自分を受け入れる覚悟がこの1年でできたから。みんなはまともにギターも弾けない、曲も創れない人間が何を言ってるんだって思ってるはずだけど、そんなの関係無い、そんなので僕のやる気は削がれないよ。みんながこれ以上言い合って仲違いするのはもう僕にはどうでもいいよ、好きにすれば?止めようとも思わないし、好きなだけ言い合って殴り合えばいいじゃない。僕はその間もギター弾いてるから。そんな他人に怒りを向けてる暇があるのならその怒りを自分に向けてよりいい曲の一つや二つでも創るから。僕はイッコーみたいに音楽が死ぬほど好きでも無いし、黄昏みたいに唄がなくちゃ絶対に生きていけないこともない。千夜さんみたいにどこまでもいい演奏を追及しようって言う意識も乏しいかも知れない」
僕はすうと息を吸い、力強く言う。
「でも、僕は物を創る情熱だけはどこの誰にも負けないと思っているから」
口にした後で、何度も心の中で反芻する。この想いだけは、何者にも消せやしない。
だからこそ、ギターを弾き、曲を創り続ける。それが僕の選んだ道だ。
「待ってくれている人がいる限り、僕は一人でもやり続けるよ」
強い眼差しで3人をしっかりと見据える。その目線に耐え切れなくなったイッコーはどこかを向いて口笛を吹く真似をし、黄昏は黒く済んだ瞳で真正面から受け止めている。千夜さんは自分が悪いと思っているのか、床に目を落とし奥歯を噛み締めていた。
「クリスマスライヴはやるけどね。もう決めちゃったんだから今更ボイコットなんて出来ないし、マスターも、僕達を観に来てくれるお客さんも裏切る訳にはいかないから。でもみんなの前じゃ何も言わないよ。普通に今までみたいにやる。それでステージから下りたら解散、それでいいでしょ?後は好きにやってくれればいいよ。僕もせいせいする」
『…………』
僕の剣幕が凄いのか、誰も言葉を発さない。さすがに言いたいことを全部言い切ったので、頂点まで達していた怒りも徐々に収まり冷静になって来た。
「――もし、みんながちゃんとできるのなら、続けてもいいと思うけどね」
付け足すように言い、咳を一つついた。解散は言い過ぎたと自分でも思うけれど、言葉にした気持ちは全部本当なので広げた風呂敷を閉じるつもりはない。
それぞれが自分の非を認め、努力してくれればそれに越したことは無い。このまま変わらないのならもう本気で辞めるつもりでいる。
「うん、だから……クリスマスライヴの出来を見て解散するかどうか決める、それでいいんじゃない?でもこの調子だと、答えは分かり切っているよね」
3人に背中を向け、わざと呆れたように言ってみせる。これで奮起してくれることを願い、みんな僕が信じてもいい人間なのかどうかを試してみる。何だか今ようやく初めて、自分がリーダーらしいことをしているように思えた。
「僕だって続けたい気持ちはあるよ。でもこのままいい頃の時みたいに戻る見込みがないのなら、いっそのこと綺麗さっぱり諦める方がいいかなって僕も思うから。その方がみんなも気持ちの切り替えが楽だと思うし……黄昏」
彼の方を向き直ると、僕は心の底から微笑みかけた。
「黄昏がいいのなら、次もまた君を誘うよ」
「…………」
何も言わなかったけれど、気持ちだけはその目で受け取ってくれたと思う。
「あーあ。何だか疲れちゃった。今日はもうお開きにしよう」
「おい、何をそんな勝手な――!!」
「あんまり時間残ってないしね。足りないと思うのなら3人だけでやってくれていいよ。僕、やっぱり頭痛が酷くてしんどいから、一足お先に帰って静養するね」
怒って僕を呼び止めようとする千夜さんに言うと、僕のあっけらかんとした態度に戸惑ったのかその手を下げた。てきぱきとギターを直し帰る準備を始める僕を、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で3人が見ている。
「それじゃ、クリスマスの日にラバーズで。黄昏、迷わないように帰ってね」
みんなに手を振り、笑顔で部屋を出て扉をそっと閉める。中に取り残された3人の顔が可笑しく、思い返すだけで吹き出してしまいそう。
受付の人に挨拶してから外へ出た。見上げると飛行機雲の浮かぶ赤焼けの空。西日が横から僕の頬を眩しく突き刺し、目を細める。その光は少しも暖かくなくて、12月の寒さが体に堪えた。
柊さんの顔が光の中でちらつく。――これで、いいんだよね?
寒さを凌げる場所を求め、足取り軽く帰り道を駆けて行く。黒猫のイーラがギターケースの横で揺れ、音を立てる。
今、僕の中で何かが変わった。そんな気がしたんだ。