→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第2巻

   040.Pinky

 豆球の明かりの下で、愁の裸体が跳ねた。
 オレンジ色に包まれた部屋は、どこか夢のような虚ろな感じを俺に与える。
 愁の白い裸体に流れる汗と俺の欲望が、明かりを受けててらてらと鈍く光っている。その光に虜にされたように、俺は更に愁の身体を求めた。
 あられもない悲鳴を上げて、愁が俺の上で悶える。
「和美さんに聞こえたっていいの。だからたそも思いっきりやっちゃって」
 白く霞んだ頭で、ぼんやりと愁の言葉を思い出す。
 一際大きい悲鳴の後、愁が崩れるように俺の胸に身体を預けた。と同時に、その肩が小刻みに震える。そして俺の火照ってた心も、一旦落ち着きを取り戻す。
 そしてそんな愁の小さな身体が大きく肩で息をしてるのを見ると、俺の心をまた欲望の色が塗り潰していく。その繰り返しだった。
 最初の頃は何も知らなかった少女だった愁も、いつの間にか一人の女と化していた。目の前の愁に溢歌の不意に見せる大人びた姿が重なって、どきりとする。
「和美さんと兄貴がしてるところ、一度だけ見たことがあるんだ」
 意識を取り戻した愁が、その平べたい胸を俺の胸にこすりつけてくる。小さな乳房の感触が直に伝わってきて、また何も考えられなくなっていく。
 人間の本能とでも言うんだろうか。こうやって獣のようにただ相手の身体を貪るのが一番楽で気持ちいいSEXだと思う。ただ、そこに心の触れ合いはあるようで、ない。
 そしてそれは自分の心が相手に届いている、いないに関係なく、性感帯を刺激する。 
 お互いの心が相手の温もりで満たされる時は、痛みに捕われている時だけだ。悲しさだったり、寂しさだったり。
 本当はそばにいてくれるだけでいいのに、形のあるものをどうしても欲しがるのが人という生き物なんだろう。肌が触れ合うだけでも、気持ちはずいぶん楽になる。
 俺達の心は一人で生きてるだけでだんだん冷たくなっていって、放っておくと孤独に凍えてしまいそうになる。自分の体温だけじゃそれを止められないから、どうしても他人の温もりが必要になってくる。
 傷ついてでも傷つけてでも。
「こんな明かりの落ちた暗い部屋で、激しく絡み合ってた。アダルトビデオとかそういうの見たことないからわかんないけど、見てるこっちが疼いてくるような、そんな感じ」
 愁の唇はすでに俺の欲望を受け止めて汚れてるから、唇を触れ合う真似はしない。その代わり俺が上になって口を生開きにすると、愁はそこから垂れ落ちるよだれを愛しそうに喉音を立てて飲む。零れ落ちた分を自分の赤みがかった頬にしなやかな指で擦りつけると、嬉しそうに微笑んだ。
 こいつは心まで満たされてるんだろうか、こんな行為で?
 俺は襲ってくる寂しさを振り払うように、愁に腰を押しつけた。
「なんか悔しくって悔しくってさ……あたしにも彼氏ができたら、あの二人の前で同じように見せつけてやろうってずっと思ってたんだ。見てるだけで歯軋りするような」
 普段よりも大きな声を上げて、愁は悦びの表情を浮かべる。そのたびに和美さんが様子を見に来るんじゃないかと俺は内心びくびくしていた。これだけの声を上げて聞こえていないはずがない。ましてや通路を挟んだ反対側のみょーの部屋にいるのなら、それこそ二人の息遣いまで手に取るようにわかるだろう。
 でもそれが、愁の意図してる部分でもあるらしい。
「最初はね、やっぱりどこか心の中で和美さんを恨んでた」
 みょーの名前は口にしなかったけど、愁が何を言ってるのかはすぐに理解できた。
 愁の身体には二人分の汗と欲望がまとわりついてる。肌が触れるとさすがに不快感はあったけど、逆にそれが俺の欲望を促進させる。俺だけしか、愁の淫らな姿を知らない。たった一人俺だけがこいつを独占してるという事実が、胸を早鐘のように打ち鳴らす。
 今までこんなふうに、お互いにお互いの身体を求め合うSEXなんてした事がなかったから、いつもより一層激しいような気がする。溢歌がいたせいで間隔が開いてたのも激しくなる要因だった。
「とっくに今はもう一かけらも残ってないけどさ、そんな気持ち。でも、それとはまた別に見返してやりたいって気持ちはあったんだ。だからこれでようやくあの時からずっとずっと続いてたのが終わって、0になれるの」
 愁は本当に嬉しそうな顔をしてる。今まで心の奥にぶら下がってた和美さんへの気持ちが取れたせいでもあるんだろう。だから身も心も軽くなって、俺との行為に溺れてる。
 こんな単純な事で愁の心が解放されるなら、いくらでもSEXして構わない。俺も罪悪感なんて前と全然違って一切ないし、気分よく欲望に身を委ねられる。
 でも、俺は自分の背中に黒い影がこびりついてるのを見逃しはしなかった。
「ホントはね、もっと早く電話してもよかったの」
 服を脱いで生まれたままの姿を俺に曝した時、愁は薄笑いを見せた。
 その笑みに人間の黒い部分を見たような気がして、俺は吐き気がこみ上げてきた。今もその顔を必死に振り払おうと腰を振ってる。
「いっちゃんといるととても楽しいし、まるで妹みたいで凄く可愛いんだ。でもね、たそのことになると話は別」
 愁も嬌声を上げて俺の背中に両足を回して、必死に俺を求める。愁の身体が懸命に求めてくる姿に興奮を、愁の心が懸命に俺を求めてくる姿に少しの恐怖を覚えながら、ぐしゃぐしゃになった気持ちを宙ぶらりんにしたまま今日数度目の欲望を放った。
「最初はたその家に遊びに行ってるんじゃないかって思って、いてもたってもいられなくなったの。でも、たそが絶対に二人で変なことするわけないって思った。だって、あたしたそを信じてるもの」
 そう言った時の愁の目は、まるで狂信者のように見えた。恋に盲目になる、というのはおそらく今の愁の状態を指すんだろう。今まで俺が幾度となく平気で愁の気持ちを裏切ってきた事も忘れて、心底俺を信じ切ってる。
 嬉しい反面、戸惑いもあった。それだけ俺の事を想ってくれる愁の気持ちに応えてやりたい意志もあれば、溢歌を絶対に手放したくない想いも心の中にある。
 そして、俺が溢歌と触れ合えば触れ合うほど、愁は傷つくんだ。
 自分で勝手に信じて勝手に裏切られるなんてバカな奴だと他の奴になら思うんだろうけど、愁は違う。みょーの代わりに俺を求めて、そしてまた自分の好きな相手を手放す事になったら、どんな気持ちになるんだろう?
 それを考えると、俺は恐ろしくて愁を裏切れなかった。みょーや和美さんがどう思うか
なんて関係ない。ただ、愁の気持ちを考えれば考えるほど俺ががんじがらめになっていく。
「たそには黙ってたけど、今週に入ってから何度かいっちゃんが夜になってから帰ってきてたんだ。あたしが訊いたら『友達の家に遊びに行ってた』って言うから、ああそうなんだなって思って。だから今日もそれか、たその家に遊びに行ってるのかなあって。でもたその家にはいないし。心配してたんだけど、泊りがけで遊びに行ってるんでしょ?だったら久しぶりにたそと二人でたっぷり時間を過ごせるチャンスじゃないのさ」
 そしてこうやって裸で絡み合ってるわけだ。
 愁の裸体は全身の隅から隅まで俺の欲望にまみれて、どろどろになっていた。でもそんな自分の身体を愁は恍惚の目で見つめて、仔猫のように笑う。そのギャップを生んだのが俺のせいだって思うと、大切なものを汚してしまった気がしてならなかった。
 いくら愁がこれを求めてたからって言っても、俺はすんなり頷けない。それは単純に俺が愁に対する理想像を押し付けてるだけに他ならないのはわかり切ってたけど。
 俺は別に大人の女性になった愁なんていらない。ずっと守ってやりたくなる仔猫のような姿に俺は好きになったんだ。
 じゃあもし、愁が今の姿でなくなったとしたら?
 そんな場面を想像しようとすると、頭の中が真っ白になって思考が停止する。
「たそはあたしのものだもん。たそといっちゃんがどういう関係かは詳しく知らないけど、浮気したら絶対承知しないんだから。どんなことがあっても許してあげないんだから、たそもいっちゃんも。いっちゃんだけじゃない、誰にも渡さない」
 そう言った時に見せた薄笑いに、岩場で見せた溢歌の魔性の微笑み以上に恐怖を覚えた。
 何かに取り憑かれたような光の無い瞳を、瞼の半分落ちた顔でじっと俺に向けていた。愁に取り憑いたのは恋の天使なのか、それとも妖艶な悪魔なのかは俺にはわからなかった。
「あたしはたそだけを見てるから、たそもあたしだけ見て」
 俺は最後のその言葉に声を返す事も頷く事もできずに、愁の身体に覆い被さった。
 何も考えていたくない。
 やっぱり俺にとってSEXはただの逃げでしかないんだろう。様々な思考が飛び交う頭の回転を止めるなら、性欲を発散させるのが一番手っ取り早い。
 おそらく今日のこの出来事をきっかけに、俺達はまたSEX漬けの生活に戻っていくんだろう。互いの傷を舐め合う行為から、ただの相手への気持ちの確認へと。
 ――そして、その先には何がある?
 結局俺はそれから数えられないくらい愁と交り合って、夜が白み始めた朝方に身体を洗いに一緒に風呂へ入った。そこでも何度もSEXして、発情した猿のような自分の姿を思うとおかしくておかしくてたまらなかった。
 軽くトーストで朝食を摂った後、俺達は寄り添うように愁のベッドの上で寝た。和美さんの姿はキッチンにもなくて、寝るまで顔を合わせずじまいだった。
 昼に目を覚ました後、また部屋に篭って愁と絡み合ってた。ひどく疲れてるのに、欲望は関係なく俺の身体を突き動かす。
 そのまま夜にバンドの練習で出かけるまで二人共ずっと裸でいたけど、みょーは帰って来なかった。この様子だと、どうやら最後の最後まで絵を描いてるらしい。別に帰って来たところで、俺達は構わずにSEXを続けてただろうけども。
 愁の家を出た時に和美さんの姿はなかった。昼起きた時にもいなかったから、大学へ行ってるんだろう。書置きの一つもないのに愁は首を傾げてたけど、何となく俺はわかる。
 溢歌は今日になっても帰って来なかった。それに関してはもう深く考えないようにした。


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