085.カーテンコール
「お前はアホか」
これまでのスタジオで録音してきた自分の歌声を録り直したいとマスターに進言したら、返す刀で一刀両断された。
「真面目に言ってるんだけどな……」
上目遣いに視線を送ると、マスターが鋭い目つきで俺を睨み返してくる。
「ただでさえ押してるのに、今から全曲歌い直すのにどれだけ時間がかかると思ってんだ。スタジオ代だってタダじゃねーんだぞ」
正論を吐かれて返す言葉がなかった。
溢歌が戻って来てから初めてのスタジオ入りの時、真っ先に俺は青空達に提案した。もちろん全員複雑な表情を浮かべたのは言うまでもない。今のマスターの言葉も一理あるし、何より俺の喉の負担を考えると、そこまでするのは明らかに時間がかかりすぎる。俺が喉の手術を受けて全開するまで待つなら、それこそいつ再開できるのかも想像つかない。
何にしろ、俺達だけで決められる問題じゃないから、次にマスターに会った時に直接言ってみろとイッコーに諭されて、実際に言ってみたらこれだ。
「だから言ったじゃない。絶対ムリだって」
ラバーズまで一緒について来たキュウが俺の後で呆れた口調で言う。だけど今の俺は、ネガティブな気持ちで歌ってたこの二ヶ月の自分の声を肯定する気にはなれなかった。
「これまではただ、ノルマを消化するだけで歌ってたような気がするんだ。歌入れの時、ずっと迷ってた。振り返れば、ぶれてる自分がいたことが今ならよくわかるんだ」
青空達に話したのと同じ説得の仕方をマスターにもする。俺の真剣な訴えをマスターは冷静な目で眺めて、耳の穴をほじくった小指の垢を軽く吹いてみせた。
「確かに、黄昏の言い分はわかる」
「だったら――」
「でもな、音源を聴く側は一体どんな事を考えながらそのミュージシャンが歌ってたかなんて、知る由もない。判るのはいいテイクを録ったって事だけだ。これまで黄昏が喉の負担を抱えながら歌ってきたのはこれまで録った歌声を聞いてるとわかる。所々不安定な部分もあるからな。だけど、いい部分もある。ギリギリの緊張感と、鬼気迫る迫力がな。だからまとめて全部ゴミ箱にポイだなんて、もったいない真似できるかってんだ」
マスターの言い分がどれだけ正しいかなんて、俺には理解できない。当事者なんだから自分のこれまでの歌声を客観的に判断なんてできるはずもない。だけどこれまで数え切れないほどのバンドを見てきたマスターが言うんだから、おそらく間違いはないんだろう。
「アタシもマスターの言う通りだと思うわよ」
後で聞いてたキュウが腕を組んで大きく頷いてる。俺も素直に引き下がるしかなかった。
「んー、でもどうしようもねえテイクもそこそこあるからな。そこだけはしっかり歌い直してくれ。まだ録音できてないフレーズの箇所もセットで頼むわ。黄昏の喉が許す限り、俺もスタジオを借りれるように支援しとく」
「ありがとう、マスター」
物分かりのいいマスターでよかった。こんなにも俺達に肩入れしてくれるなんて。その気持ちに応えるためにも、俺も泣き言を言わずに限界まで歌い続けるしかない。
そんな決意を持って次の収録日にスタジオ入りすると、思いがけない出来事があった。
「黄昏のために、一曲書いて来たんだ」
「マジで!?俺も書いてきたんだわ」
青空とイッコーが顔を見合わせる。どうやら、俺が歌声を録り直しできないのを納得させるための代替案として、まだ何も手をつけてない新曲を用意したらしい。
「おねーさまは?」
キュウが期待して千夜に尋ねると、黙って首を横に振ったので落胆してた。無理もない。さすがに病み上がりの千夜にそれを求めるのは酷だ。いつかは千夜が作った曲も聴いてみたいけど、そもそも作曲なんてできるのかは謎だ。
「と言っても、アルバムには入れられないような気もする……」
困った顔で青空が言う通り、既にアルバムの構成と収録する楽曲を決めてるので、崩しようがない。それに急遽二人が持って来た曲は、時間が無かったからか両方とも可能性は感じるものの原石の印象で、歌詞も付け焼き刃でつけてるだけの荒い出来だった。
「じゃあ、ボーナストラックにしない?アルバムに入らないなら、別にテープでもいいし」
キュウが提案するものの、これも俺達だけじゃ決められない。
「何なら、一曲にまとめればいい」
「それよ!」
思いがけない千夜の提案に、キュウの鶴の一声が飛んだ。かくして俺達4人で話し合いながら、フレーズや展開をまとめていくことになった。もちろんこの曲のためにずっと時間を割く余裕もないので、俺が残ってる歌を収録してる合間に、先に手の空いたイッコーと青空がまとめて行く形になった。千夜もドラムの収録の合間に作業に加わる。
千夜は俺が喉を休めてる間にドラムを録って、俺が歌ってる間に新曲の作業を続ける。肉体的にも精神的にも相当大変そうに見えるけれど、俺がどんなに苦しくなっても泣き言を言わなくなったからか、千夜も弱音を吐く回数が減っていった。それに事件後、学校をずっと休学してるので時間的には余裕があるらしく、朝から晩までドラムを収録してた日もあった。そのおかげか二人に遅れた部分はかなり挽回できて、オケが完全に固まってる部分は俺も普段ステージで歌う時と同じ感覚で声を録ることができるようになった。
それでも一朝一夕で痛めた喉が回復することはない。なかなか思うように歌声を出せずに、唇を噛みしめることが変わらず何度もあった。溢歌と一緒に過ごす時間も、極力歌に集中するために交わす言葉の数は随分と少なくなってる。それでも同じ空間に一緒にいるだけで、身体の芯から温まるようなほっこりした気持ちになれた。それだけで嬉しい。自分が一人の力だけで歌ってるんじゃないってことを、痛感させてくれる。
「PVを録りたいんだが」
録音もようやく終わりが見え始めてきた頃に、マスターが電話で突然提案してきた。
「いらないだろ、そんなもの。別にプロじゃないんだし」
「今の時代はインディーズでもプロモ映像を作るのは普通よ」
「第一どこで流すんだ……さっぱりわからん」
俺には理解できない話だけど、どうやらローカル局のインディーズ専門の音楽番組やら、ケーブルテレビの音楽専門チャンネルなんかで流したりするそうだ。そこまで『Days』が人気あるのか、実際のところよくわからないが。
「大体そんなの撮ってる余裕なんてない。ただでさえ音源が押してるのに」
「完成してからでいいんじゃない?アテはもうあるんだし」
「アテ?」
得意げに鼻を鳴らすキュウに問いかけると、やれやれと肩をすくめた。
「お忘れ?山崎チャンがいるじゃない」
「やまさき……?ああ、あの背のちっこいパンクっぽい格好した女の人か」
去年の文化祭のライヴ後に、色々と俺達のステージを隠し撮りしてた映像を見せてもらった覚えがある。セルフにしてはよく録れてて、なかなか臨場感があった。
「あの人の録った動画と、アテ振りを組み合わせればそれっぽくなるんじゃない?別にたそは何もこだわってないんでしょ?」
「んあ?まあな、どうでもいいよ。かっこよさとかよくわからんし」
俺には専門外過ぎて何とも言いようがない。イッコーや青空に任せることにしよう。
「しかし大丈夫なのか?その……頼むの」
恐る恐るキュウに訊いてみる。俺とみょーの仲が険悪になってることもあって、みょーと同じ部活に所属してる仲間に依頼していいものなのかと首を傾げてしまう。
「ダイジョーブじゃない?アタシ達のファンなんだしみょーちんなんて気にするこたーないわよ。あー、でもジャケット頼まなきゃいけないんだっけ?」
さりげないキュウの一言に不意に心臓が高鳴る。そうだった。
「ジャケットは……別に何でもいいよ。山崎さんの撮った映像から抜き出したものでも」
俺は話題を反らすように答える。心の中で考えまいとしてたことを口に出されたせいだ。
以前作ったテープはみょーにジャケットの絵を頼んだんだった。9つの色違いの鎖が絡まった絵。そう言えばあの絵は青空がもらったとか言ってたっけ。今回はどうしたいとか青空も言ってないけど。
「俺よりも青空に訊いてくれ。あいつの決めたことなら、それでいい」
今の状態で俺があいつにジャケット描いてくれなんて頼めるはずもないし、向こうだって受けるはずもない。文化祭の時にもらった絵は家にあるけど、無断で使うのもそれはそれで問題だ。この件に関しては俺がしゃしゃり出る必要はないと思った。
「そーね。マスターが担当しなきゃいいわけだものね」
またけったいなポスターでも作られたら敵わないので、その辺の担当はキュウに任せよう……。
そんなこんなで、俺はひたすら歌入れに集中するようにした。溢歌が戻って来てからと言うもの、想像以上に声が出るようになった自分に驚く。喉の調子が治ってるとは言い難いけど、モチベーションが違うだけで辛くても耐えられるようになってた。あれだけ一人で悩んでたのがバカらしく感じるほどだ。
「溢歌は来ないのか?」
家でゆっくりしてる時に一度はスタジオに顔を出してみてもいいんじゃないかと声をかけると、やんわりと首を横に振った。
「行ったところで青空クン達を引っかき回すだけよ。私はいいわ」
「そうか……俺がいない間、何やってるんだ?」
「何も?好き勝手に生きているわ。もしかすると、またお呼ばれしたりするのかもね」
溢歌は俺の質問に微笑んで返す。
「その時はちゃんと俺に言うんだぞ。おまえはいつもふらっといなくなるからな」
「はーい」
まったく、どこまで俺に気を揉ませたら気が済むのかこの少女は。でも、また突然いなくなっても必ず戻って来ると言う安心感が前以上に生まれたのはありがたいことだ。
そうやって少しずつ日々を重ねて行くうちに、アルバムの音源もほぼ完成した。千里の山を一歩ずつ登ってる実感はあるけど、振り返ってみるとあっと言う間にここまで来たように思える。ボロボロの状態から録り始めたところから、よくここまで来られたもんだ。
録音中の合間に山崎さんがやって来て、PV用の演奏場面をわざわざ収録したりした。当て振りでよかったのにわざわざ律儀に歌ってしまうのが自分らしい。手を抜けない性格のようで、後で青空達に喉を酷使するなと叱られた。
ジャケットの件に関しても、青空がちゃんと手配してるようだ。キュウはできあがりを楽しみにしといてって言って秘密にしてたけど、自分で音源を聴き返すこともあまりないだろうから、そこまで重要な箇所でもない。
「これが終わったら、打ち上げでもしたいわね」
自分の出番が終わって休憩室で休んでる時に、ソファに座るキュウが提案してきた。
「ああ……すっかり忘れてた」
昨年のクリスマスライヴ後は物凄く大変なだったので、打ち上げにちょっとトラウマができてるところだ。時間があればやろう。溢歌は誘っても来ないだろうけど。
「そういや……ライヴが終わった後はどうするんだ?今後のことを考えるって言ってたよな。本当に休むのか?」
俺自身ようやく前へ進む意志を固められたのに、ここでつまづくと今後どうすればいいのかわからなくなる。ミックスダウン中の青空の背中に声をかけると、ヘッドホンを外してたイッコーが反応した。
「ああ、そんなこと言ってたな〜。青空、どうするん?」
指で肩を突かれて尋ねられた青空がヘッドホンを外して、椅子ごとこっちに向き直る。
「どうする――と言われると、」
青空は言葉に詰まって、ブース内にいる千夜のほうを横目で見た。今は千夜が最後の曲のドラムを録ってるところだ。青空がちょっと待ってと俺達に声をかけてから、ブースの扉を開けて中へ入って行く。千夜は青空一人だけなら、狭いスタジオの中に一緒にいても大丈夫なようだ。それだけ信頼してるってことだろう。ちなみに俺やイッコーが入る時にはキュウが一緒について来るように、暗黙の了解でなってる。
しばらくガラスの向こうでやり取りした後、二人が休憩室に戻ってきた。連日ドラムを叩きっぱなしのせいか顔に疲労の色は見られるけど、復帰してきた頃よりは幾分表情に余裕ができてる。それはドラムの演奏にも同じことが言えた。
全員揃ったところで、青空が咳を一つついて口を開く。
「今後のバンドの事だけど――」
思わず背筋に緊張が走る。
「しばらく、活動は止める事になるよ。それも、どれだけ止まるかは分からない」
「どういうことだ?」
半分覚悟はしてたので衝撃は思ってたよりもなかったけど、青空の物言いが引っかかった。問い質す俺の顔色を窺って、青空は千夜と目配せをする。
「私が――しばらくいなくなるから」
神妙な面持ちで千夜が口を開く。
「しばらくって……大学に行くんじゃなかったのか?」
みんなの顔を見回して質問すると、キュウは事前に聞かされてるのか目線を下に落としたまま黙ってる。千夜はキュウを一度横目で見てから、俺のほうを向いた。
「大学は、行かない」
「行かない?そういやこないだの受験の結果って出たのか?」
「結果はまだだよ。でも、もう決めたって」
青空が間に割って入ってくる。もうすでに話し合った結果のようだ。
「行かねー理由は……聞かねーほうがいいか」
イッコーが俺の隣で難しそうな顔をしてオレンジ頭を掻いてる。年末の事件が影響してるのは間違いないから。
「でも、いなくなるってどこへ行くつもりだ?引っ越すのか?それならこっちに一人で残ればいいのに。部屋ぐらいならアテがあるぞ」
俺の家が、と内心で付け加える。そんな俺のフォローも耳にしないで、千夜は再び首を横に振った。
「父親の所へ行く。しばらく、そこで音楽の勉強をしようと思って」
「留学か?海外で活躍してる音楽家なんだよな、おまえの父親って」
以前千夜の父親に関しては本人が語ったことがある。
「そこはまだ決めてない。こっちと違って、大学が始まるのは秋だから。受験するかも知れないし、しないで父親のツテでどこかの楽団に入るかも知れない。流動的だけど、行く事は向こうに伝えた」
あまりに突然過ぎて、思わず口を開けてしまう。そしてだんだん怒りがこみ上げてきた。
「ちょっと待て。どうして俺達にそう言うことは先に相談しないんだ?」
「どうしてって……言われても」
俺が真剣な表情で問いつめたからか、千夜は肩を震わせて脅えた顔を見せる。襲われる以前は見せなかった女性らしい態度で、俺は慌てて警戒を解こうと深呼吸をした。
「そーよそーよ、おねーさま、どーしてそんな大事なコト一人で決めちゃうのよ?」
千夜の隣にいるキュウが今にも泣きそうに目を潤ませて詰め寄る。その喧噪に困惑した表情を見せて、青空に目線で助けを求めてる。
「相談は――されたよ。でも僕が口止めしたんだ。自分の決断に、僕達の存在が重荷になっちゃいけないからね。今みたいに絶対に止めると思ったし」
この場を落ち着かせようと、青空が千夜の代わりに説明する。
「そりゃそーだけどよ……。や、千夜が自分で決めたんなら納得はするぜ?でもさすがにそんな大事なことくれーは先に言ってほしかったってのはあるわな〜」
前々からこうなることを覚悟してたのか、物分かりのいいイッコーは素直に受け入れてるものの、内心怒ってるようだ。こういう言い回しをする時はイッコーは皮肉めいた口ぶりになることは、長年のつき合いで理解してる。
「……ごめんなさい」
千夜が頭を下げて丁寧に謝ったので、思わず目を丸くしてイッコーと顔を見合わせた。
「どーするの、ホントにおねーさま海外に行っちゃうの?そしたらバンドも解散しちゃうじゃない」
涙目で訴えるキュウを見てると、俺も泣きそうになってきた。千夜の存在がバンドを支えてるのは確かだ。メンバーが一人でも欠けてしまうと『Days』は機能しない。
「私は――私は、逃げる為にこの選択をした訳じゃない」
辛そうな顔を浮かべる千夜は強い口調で言った。
「必ず戻って来るつもり。もう一度だけ、自分の可能性に賭けてみたいから」
これまで千夜は二度、外的要因で心と体に大きな傷を負った。だからこそ、仕切り直して自分の人生をやり直したいんだろう。その気持ちは俺もよくわかった。
「だったら――」
バンドを続けながら、俺達と一緒にいたままでできないか?俺が千夜にそう目線で訴えるものの、困惑した顔ではにかむ。
「私がドラムを叩くようになったのは、自分を変える為」
涙顔で擦り寄るキュウの頭を撫でながら、千夜が呟く。
「一度壊されてしまった自分を組み上げる為に、必死でドラムを叩き続けた。その間は余計な事を考えなくて済むから。そうやって私は新しい私を造り上げて来た。本当に必要だったものは、他人に嫌われない為の処世術だったのかも知れないけれど――周りの人間を信用出来ずに脅えて殻に閉じ籠もっていた私は、そうやって負けない自分を造って行くしか無かった。どこか間違ってるって、心の何処かでずっと思いながら、そうしてきた」
深い告白に、場に沈黙が走る。周りの誰も言葉をかけられないまま、重い空気が流れる。
「結局その思いは、また襲われてしまった事で正しいって証明されてしまった。当然の結果なの。相手の気持ちを思い遣る事が出来ないのは昔から何一つ変わっていなかったんだから。今もこうして、自分勝手な行動で周りに迷惑をかけている……」
話す言葉は徐々に涙声に変わって、千夜は両手で顔を覆った。
「ごめんなさい。どうして私は、貴方達にもっと心を開けなかったんだろう――」
肩を震わせて、ソファにうずくまって啜り泣く。その姿に胸を締め付けられて、俺は何も声をかけることができない。キュウは隣で千夜の背中を撫でながら、優しい言葉をかけ続けてる。千夜のそんな姿を見たくないのか、イッコーは背中を向けて眉をひそめてた。
「何も……千夜のせいじゃない。今からでも、遅くないよ」
青空が慰めの言葉をかけてやる。強く握りしめた拳には、千夜を襲った相手への憎悪の念がこめられてるんだろう。本当にどこまでも優しい奴だ。
だけど俺は自分勝手だから、納得してはいるもののどうしても腑に落ちないでいる。そして、自由にできた頃に何度も自分からステージの上で歌うことを放棄してしまった昔のことを今になって悔いた。
「ま、千夜なりのけじめなんだろうよ。ボロボロにされちまったのに、それでも逃げ出さねーでドラム叩いてくれるんだから。何事もなかったようにまた続けるなんてことができねーのも、俺達だって十分わかってるしな」
そんな俺の気持ちを察してか、イッコーが千夜の決断を立てる。現実問題他人の目があるので、千夜があんな目に遭った後で変わらずにバンドを続けて行くこと自体厳しい。時間が解決してくれるのかはわからないけれど、冷却期間が必要なのは俺だって理解してる。
でも、これは受け入れなきゃいけないことなんだろう。
慰めの言葉一つもかけてやれず、思い通りにいかない歯がゆさで唇を噛みしめる俺は相当に酷い人間だと心の中で自虐する。きっとバンドが元に戻るまで、俺はずっとこの気持ちを抱えて生きていくことになるだろう。
「で、いつ戻って来るんだ?」
ようやく泣き止んだ千夜に面と向かって尋ねる。千夜は涙で腫らした目尻を俺に向けて、申し訳なさそうに口を開く。
「分からない……。最低でも一年以上はいるつもり。私が何の為に音楽を続けたいのか、じっくりと時間を置いて考えたいから――」
そうなると、前の事件の公判とかはどうなるんだろうか。示談で済ますのか、しくみがわからない俺には少し気になったけど、訊いたところで傷口を抉るだけにしかならないので止めておいた。第一、俺がフォローできる領域じゃない。
「一年か……長いな」
一年と言えばキュウや愁と出会ってからそれぐらいになるだろうか。そう考えると途方もない長さに思えた。二人がバンドに関わるようになってから、過ごしてきた時間は更に濃くなったように感じる。
だけど今の俺なら待てそうな気がした。『Days』が止まってしまっても、何かができる。そう考えられる気がしたから。まだ漠然とした思いすら浮かんでこないけど。
「ま、準備期間と思えばいいさ。休みナシで2年半以上、ずーっとやってきたからな」
おちゃらけて言うイッコーはとても気楽そうに見えた。切り替えが早くて、俺なんかよりも遙かに大人だと思う。
「だからこそ、今の僕達にできる最大限の力でアルバムを作り上げよう」
青空の決意に、俺も強く頷いた。
今日の作業が終われば、後は残り一曲。
この曲に、俺達の想いを全てぶつけるんだ。
――そうして、暦が変わる頃、ついに俺達の想いは結実した。