034.甘ったるい
裸になった千夜さんが僕の下で腰を振り悶えている。
「はあっ、は、あっ、は……!」
断続的な息遣いが千夜さんの口から零れ、横跳ねした艶のある黒髪を振り乱す。無駄肉の無い血の通った肌色の背中を伝うほのかに香り立つ汗の匂いが欲望を刺激し、僕の腰の動きを激しくさせる。
「くうっ……!!」
両の手で純白のシーツを握り締め、快楽の波に耐える千夜さん。歯軋りした口元から荒い息がはみ出て、動物の息遣いに聞こえる。
裸になった二人は悦楽と愛を貪るだけの獣。四つん這いで頬をシーツに押し付け呻き悶える千夜さんと、ただひたすらに荒々しく腰を打ちつける僕の姿は動物の交尾を思わせた。
「いい、いいよ千夜さん……」
シーツに押し潰された千夜さんの胸が擦れるのを横から眺めるだけで胸が一杯になる。
「あ……」
一度動きを止め、僕は千夜さんの腰から両手をずらしお尻を鷲掴みにする。甲高い声を千夜さんが上げたけれど、構わず程好く締まった臀部の肉を手の平で嬲り尽くす。柔らかい感触が指の先から脳髄に伝わって来て、ますます僕は興奮した。
十二分に千夜さんのお尻を堪能してから、もう一度腰を掴み直し出し入れする。横から聴こえて来る『days』の曲のリズムに合わせ、僕等は腰をぶつけ合った。
締め付けられる度に脳味噌まで蕩けてしまいそうな快感が全身を襲う。セックスがこんなに気持ちのいいものだったなんて、思いもしなかった。
特に千夜さんは僕より頭一つ分背が低いせいか、征服欲に駆られる。覆い被されば全部包み込んでしまえるそうなその小さな体躯が、僕を一層興奮させた。
じっとりとした汗の感覚も、触れる肌と肌のぬめりも気になる所か、僕と千夜さんはセックスしているんだと言う意識を強くさせて悦ばせてくれる。
「あっ、あっ、あっ、あ」
間奏の部分でストロークを大きく緩急をつけてやると、根元まで入る度に千夜さんが掠れた声を上げる。普段の千夜さんなら絶対に出さない声を聴けるのは僕だけなんだと思うと、音を立てて背筋を快感が駆け抜ける。
もう、たまらない。
千夜さんを全部僕のものだけにしたい。
「あっ……!!」
サビの部分に突入すると、僕は千夜さんの上に馬乗りに圧し掛かり激しく突きまくった。右の腕で体を支え、左の手で膨らんだ胸をまさぐる。指に触れたしこり立った乳首の感触が脳を直撃し、その揺れ動く乳房を強く揉みしだく。
「くあっ!!あ、あっ、は……や、やめ……!」
やめろと言われてもやり返したくなるほど、千夜さんの体はたまらなくいい。何度食べても飽きないような独特な魅力を持っていて、隅々まで残さず味わいたくなる。
悲鳴を上げて逃げようとする千夜さんの手の甲に僕の手の平を乗せ、僕はできる限りの早さで腰を叩きつけた。物凄い勢いで天に昇っているような感覚が脳髄を貫く。
「千夜さん、千夜さん、千夜さん、千夜さんッ……!!」
耳元で何度もその名前を呼ぶ。千夜さんも絶頂寸前なのか、言葉にならない声を上げ涙を流していた。乱れる息の音をすぐそばで聴きながら、全身の意識を一点に集中させて行く。真っ白に霞んで行く頭の中で、千夜さんを感じていた。
あれ?
どうして僕はセックスの気持ち良さを知ってるんだろう?
そんな疑問が一瞬脳裏をよぎると、次の瞬間敷布団のシーツが目の前に広がっていた。
「…………。」
――どうやら、夢だったみたい。
「はぁ〜〜〜〜〜っ」
残念な気持ちで一杯になり、全身でどっと疲れた溜め息を吐いた。
それもそう。セックスなんて実際に体験したことなんてないのに。ましてや千夜さんとなんて、有り得る訳がない。
この前黄昏の家で言われたことが脳裏にこびりついていたのかな。だからあんな夢を見てしまったんだと思う。全く、千夜さんに申し訳ない。
――でも、気持ち良かったな。
千夜さんの中を貫いていた感覚だけは、鮮明に残っていた。汗ばんだ素肌やお尻とか胸の感触が全く残っていないのが、改めて今のは夢だったと教えてくれる。
「…………」
気になって布団の中を覗き込んでみる。思った通り、はちきれんばかりになっていた。
今日は練習も入れていない休日なので、時間を気にせず存分に布団の中にいられる。昨日はバイトから疲れて帰って来てすぐ寝たから、まだ外は白みかかる手前みたい。
後ろめたい気持ちを感じながら、準備をして夢の続きを妄想し始める。今まで千夜さんでは勿論一度も無かったのに、あんな夢を見てしまったらタガが外れてしまう。
それくらい、千夜さんの中は気持ち良かった。
「っ……!」
既に気持ちは出来上がっていたから、すぐに達する。それでも興奮は収まらなくて、すぐさま夢を最初からなぞり始める。千夜さんの喘ぎ声が耳元にこびりついていて、いてもたってもいられなくなる。
その後も普段なら絶対にしない下着の種類や日常生活の夜を想像力限界まで使い妄想したりして、5回も果ててしまった。一度してしまうともうどうでもよくなるもので、止まらなかった。気分はまだまだ昂ぶっていたけれど、体がついて来ない。後始末をしてから窓の外を見ると、すっかり太陽が昇っていた。
「はあ……」
さすがに罪悪感はある。そもそも僕は身近な人でこんなことをしたことがないから。
目の前にいる女の人を頭の中で脱がすなんて真似は生まれてこの方一度もしたことが無い。前の打ち上げの時に打ち明けたらイッコーに変な目で見られたけれど、事実だから仕方無い。
僕は大体グラビアだったり、引っ越しの際に親から借りていたのをそのまま頂いた古いパソコンでネットに繋ぎ時々そうした画像を拾ったり、僕の住んでいる世界とは全く違う手の届かない女の人でしか性欲を発散させていなかった。多分、昔はよくゲームをしていたせいだと思う。と言っても二次元にしか興味が無いなんてことはなく、むしろ逆。
しかしまさか千夜さんでしてしまうなんて。
幻滅しながらも、容易に千夜さんのあられもない姿を想像できる自分がいて驚いた。おそらく知らず知らず目で追いかけていた仕草が頭の中に蓄積されているんだと思う。
スティックを優しく握る手、全身でドラムのリズムを取る姿、時折後の髪をかき上げる時に見えるうなじ、憂いのある表情。思い返すだけで僕の心を奮わせるには十分過ぎた。
新しく性欲を発散できる対象を見つけ喜んでいる自分と、これからどんな顔で会えばいいのか激しく後悔している自分がいる。それでもまた性欲の炎が灯れば千夜さんを使うのは間違いないだろうし、妄想が更にエスカレートして行くのは目に見えていた。
男って、悲しい生き物だなあ。
ぐったりしたまま、僕は朝風呂を沸かしに行った。
「ふー」
のんびりと入浴剤の入った少し熱めのお湯に浸かりながら考える。
ライヴ後の一週間はなるべく練習を入れないようにしている。休養の意味もあるけれど、この間に僕は曲を書き溜めたり、イッコーが曲をアレンジしたりする。黄昏は黄昏で家で『days』の曲を日常茶飯事に唄っているから、問題は無い。
黄昏だけはもう最初から完成していると言うか、隙が見当たらない。横から口出しする必要が無いと言うのも、ヴォーカルを昔やっていたイッコーも僕も同意見。それにステージに立つ度にますます成長しているのが解る。
自分なりに最適の唄い方を考え、違うと思ったらすぐに次の手段を試す。でもそれはほとんど無意識の内にしているみたいで、本人に尋ねると怪訝な顔をされ逆に訊かれる。今でも暗闇と戦っている黄昏が、対抗するために自然に身に付けたものだと思う。
ライヴでも最初の頃は後半の曲になるにつれ疲労で声が揺れたり掠れたりすることが多かったけれど、今は随分解消された。自分の持っているものを100%伝えるためにはちゃんと声が出ないといけないと思っているのか、一度最後の曲がまともに唄えなかった時に泣きそうな顔でステージを下りたことがある。
歌に取り組む姿勢だとか、そこまでおそらく考えていない。何であろうが本能のままに唄い続けている黄昏の姿を見ると、羨ましくなると同時に身を引き締められる思いがする。勿論嫉妬もついて来るけれど、一々嘆いていたら何も出来やしない。
僕も、1年前と比べて強くなっているのかな?
その答えが自分の曲に宿ればいいな、なんて思いながら湯船で疲れを落とした。
昨日は疲れで食欲が無かったけれどお風呂から上がったらお腹が空いたので、早速釜めしの素を入れご飯を炊き始める。出来上がるまで時間があるのでそれまでレンタルのCDでも聴きながら音楽雑誌のバックナンバーでも読み返し、のんびりすることにした。
無駄な時間を過ごしているように思える今の瞬間も、かけがえのないものだと思う。何も根詰めて動いている時だけが自分にとってのプラスだとは思わない。心の中にアンテナを立てていなくても、感じるもの全てから何かを得ているものだと僕は考えている。
そうやって自分の行動を正当化しているのは解っている。でも、何もかも自分を信じる所から全てが始まる気がするんだ。だからご飯が炊き上がる頃を見計らい唐揚を作ったりしている時間も、僕にとって決して無駄ではない……はず。
かと言って唐揚を油で揚げているのが歌詞に結び付くかと言えば、そうでもないかも。気分転換だと思えばいいかも知れない。
最後に白菜の漬物と即席のお味噌汁を用意し、料理が全て出来上がったら一つずつ自室のテーブルの上に運ぶ。この時の為に以前に買っておいたお盆は、一々取り出すのが面倒臭く結局使わずじまい。
丸1日外に出る用事の無い時は、こうして少し豪勢な料理を作る。食費を節約している僕はどうしても安いものに走りがちで、すぐ飽きてしまう。バイト先でも料理は食べれるけれど自分で作らなきゃいけない上に食費は自腹なので、ついコンビニに行ってしまう。
時々母親が休みの日に僕の様子を見に来てくれるけれど、料理はしてくれない。実家は近くだから食べに戻ればいいのは解っていても、一人暮らしを始めてからは思ったより帰らなくなった。
小言を聞かされるのも嫌と言うのもあるけれど、もう少し立派になってから顔を見せたい気持ちがある。やっぱり僕はまだ、両親に胸を張って誇れるような人間じゃないから。
もう季節は秋に掛かってしまった。日に日に涼しい風が吹くことが少しずつ多くなっている気がする。後一月もすれば街路樹の色も変わり始めるに違いない。
結局去年は黄昏と再会して『days』を始めてから、受験勉強をさっぱり辞めてしまった。なので大学を受験もしないで、今年度も音楽を続けている。相変わらず今も勉強は全くしていないので、受験生のレールからは完全に外れてしまった。今からやり始めた所でもう覚えた勉強の中身なんて全部忘れてしまっているので、どうしようもならない。
高卒で就職もせずに音楽にのめり込んでいる、なんてドロップアウトもいい所。でも両親はそんな僕を見て嘆くどころか逆に応援してくれている。だから引っ越しの時も費用を肩代わりしてくれた。いつか返すってあの時に言ったものの、どれだけ先のことやら。
また家族を不安がらせることもあると思うけれど、いつか逆に二人を支えられる側になれるといいな。まだまだ先の不透明な僕ですが、受けた恩は必ず返そうと思っています。
これからは廃倉庫にロープを取りに行き自殺しようなんて考えないから。
その声援がプレッシャーにならない程度に、これからも頑張って行こう。
僕がこれだけ周りを落ち着いて見渡せるようになったのも、『days』を始めてからだと思う。自分ではようやく人並になれたと思っていても、実際はどうなんだろう?
釜めしも唐揚も芯までほくほくしていて、食べていると生き返った気分になる。3合分炊いた釜めしも一度に全部平らげたくなるけれど、動けなくなってそのまままた寝てしまうのが目に見えているので止めておく。前にそれで半日丸々無駄にした。
唐揚粉はイッコーの店から譲って貰ったのを使っているから、同じ味がする。安物の肉だから食感は全然違うのが悲しい。
イッコーには料理から音楽から人付き合いまで教えて貰うことが多い。僕より一つ年下だけどあえて先輩と呼ばせて貰おう。
中でも曲作りのいろはは随分学ばせて貰った。
「ごちそうさま」
きちんと食後の作法をしてから食器を片付け始める。これもイッコーの影響。
ちょうど時間も通勤時間の終わる頃合になったので、僕は冷蔵庫で冷やしておいた烏龍茶を一杯飲んでから早速ギターを取り出した。食後で頭の回転が鈍くなっているのでまずはエレキギターで反復練習。
ミニアンプにシールドを突き刺し、ヘッドホンを頭に装着し部屋の中央で椅子に座る。曲の展開を書き込んだ楽譜もどきのノートを譜面台の上に開いて置き、準備万端。椅子は必ずベランダの方角に向ける。外に向かって弾いているような気分になるから。
次のライヴでやる予定の数曲、間奏のギターソロを弾いてみる。譜面台を用意しているけれど、体で覚えてしまっているのでほとんど意味はない。たまにアレンジして上手く行ったものがあれば、すぐに書き込めるように置いているだけ。
カラオケでも歌詞を見ずに唄えない僕が、曲一つ丸々覚えるなんて無理とばかりギターを始めた当初は思っていたけれど、意外とそうでもない。『イントロAメロBメロサビ間奏』みたいに展開と、『1番2番での流れの違い』みたいに展開の変わる部分さえ覚えてしまえば大体弾ける。
最初から最後までリフレインの一度も無い曲も世の中にはあるらしいけれど、『days』の曲構成はスタンダードなもの多い。けれど僕がひねくれ者なのか、同じ展開をただ繰り返すのは物足りなく思えてしまうので小節を増やしたりだとか、歌詞の言葉数を増減したりしている。その辺は主に黄昏と相談しながら。
でも基本的に僕が曲を作る時はメロディをまず先に作る。
エフェクターのセッティングを変え、『雪の空』のメロディ部分を演奏してみる。冬の空にこだましそうな音色が目の前に広がり、雪の上に立っているような気持ちになる。
僕が本当に伝えたいのは詞世界だけど、音楽として曲を創る上で一番大切なのはメロディだと考えているから、まず最初はメロディをひたすら追及して行こうと決めた。
メロディくらいならコード進行の解らない僕でも何とかなる。
楽器で足を引っ張るのならせめて何か一つでも音楽の中で抜きん出た所がないと、周りの3人に追いて行かれてしまう。そうした切迫した考えも当然のようにあった。
『雪の空』で心掛けたことは、とにかく胸に染みるメロディ。僕は情緒的な曲を創るのは性格上得意なのかミドルテンポのバラードを自然に創ってしまう傾向がある。でもこれは大切な曲にしたかったので、手癖は全く使わずにじっくりと考え込んだ。
音楽に関してズブの素人な僕は、普段から結構黄昏のノートからメロディを拝借して貰っている。間違いなく本人も気付いていると思うけれど、何も言って来ない。むしろ唄い易いのか喜んでくれる。当然と言えば当然でもある。
毎日毎日徹底してメロディばかり創っていたせいか、ギターのリフ創りにも飛び火し、僕は他のバンドのギタリストとは全然違うリフを弾くようになってしまった。イッコーもギターの握っている奴が考えるものと根本的に違うと前に言っている。
僕のギターは唄っているように聞こえると、何人かが言ってくれたことがある。
褒め言葉かどうかは別として、音楽でも自分自身の武器が持てたようで嬉しかった。
しかしカッコ良いメロディやリフは苦手なので、そう言うのはイッコーに頼む。黄昏はメロディの良し悪しはつけてもそれをジャンルで括らない人間だから頼みようがない。
1時間程かけ、次回のセットリストを頭から曲順通りに弾いてみる。一人で正確なリズムを計り続けるなんて無理だから、イッコーから安く譲って貰ったお古のドラムマシンに合わせて。
途中でしくじってもやり直さずに突っ走る。間を入れずに続けて演奏することで、ライヴを仮想してみる。最初は椅子に座っていても、体でリズムを取っていると自然に立ち上がって弾いてしまう。外から見れば格好悪いかも知れないけれど、あえてカーテンは全快。ベランダのすぐ外を電車が通り過ぎても、恥ずかしさに打ち勝つための練習と思い込む。
最後まで終わると一旦休憩を挟み、間違えた所を重点的にやり直し、完璧と思った所で一曲を頭から。それを繰り返す内に時計の針はあっと言う間に正午を回ってしまった。
「いたたた」
ずっと弾きっぱなしでいると腕が痛くなって来たので、しばし休憩。お腹も減ってしまったのでTVのバラエティ番組でもつけながら、もう一度唐揚を揚げて昼食。1時間位休憩してから、腕の痛みも引いた所で今度はアコースティックギターを用意した。
いいメロディが出て来るまで、思いつくままに、適当に鳴らしてみる。しかしどうもこれまでのものと似たり寄ったりのものばかりで上手く行かない。
10分程そのまま続けた後、今度は意識してメロディを生み出そうと努力してみた。
「うーん」
けれど奇をてらい過ぎたのか、妙なメロディしか出て来ない。少し悩んでしまった。
どうもここの所スランプなのか、調子が悪い。バンドが以前より停滞していることもあってか精神的に急ぎ足になっていて、それが作曲にも影響している。いい曲を一つ書ければそれで全てが上手く転がり出すのを期待しているからだろう。
このまま続けてもいまいちのものしか出て来ない気がしたので、単音を弾くのを止めコードストロークに切り替えてみた。
これまでずっとメロディを先に書いていたけれど、煮詰まり始めて来たのでコードから先に作ってみようかと思うようになった。歌詞を先にまとめてしまうのは僕にはまだ早い気がしている。まずは自分の音楽と言うものを固めないと。
いつもは僕がメロディを持って行き、イッコーが大まかなコードをつける。それから3人で話し合いアレンジをほぼ固めた所で今度はスタジオで千夜さんのドラムを入れ、曲を仕上げる。勿論その間で駄目と思えば没になる。
と言っても黄昏はコード進行なんてさっぱり解らないので大まかなニュアンスで『こんな感じがいい』と言うだけ。大部分は僕とイッコーの二人で創り上げている。でも黄昏の言うことは結構な確率で上手い方へ転ぶので、きちんと取り入れていた。
でもさすがに同じ創り方ばかりしていると壁にぶち当たる。幸い僕もコードを覚えて来たのでこうして新しい創り方にも挑戦しているんだけど……。
まいった。
全然駄目なので一度ギターを置き、カーペットの床に寝転がった。背中がひんやりとして気持ち良い。このまま眠ってしまわないようにいろいろ頭を巡らせてみる。
メロディが揃わないことには曲が創れないし、コード進行の雰囲気で創るのはまだ慣れていないのか失敗ばかり。普段からどんな曲を創りたいのか大まかに考えて始めているけれど、それがいけないのかな?でもそうしないと曲の輪郭が見えて来ないし……。
延々寝転がっていても仕方無いので上体を起こし、エレキギターを握る。こんな時はギターソロの練習に限る。
今まで創った曲の間奏でソロの部分をそのまま弾いたりしたりアレンジしたり。ガッと上手くはまれば次のライヴで試してみるし、はまらない時は素直に反復する。今日は調子が悪く、何度も反復練習を試みた。
続けていると飽きて来るのでそのままリフ録りへ。と言ってもMTR(マルチトラックレコーダー。録音機材)なんて高価な代物は家に無いので、録音用に買っておいた安物のマイクを用意してコンポに繋いで録る。勿論音は悪いけれど、メロディさえきちんと解ればそれでいいので文句は無い。家できっちりしたデモテープを作ることも無いし。
カッコ良い、バッキバキの、泣けるような、上下のある。
いろんなニュアンスを思い浮かべ手癖や思い付きで弾いて行く。良い悪いは抜きにして録り貯めしておいて、創った曲の適材適所で使うのだ。と言っても没が大部分。
そんなこんなで夕暮れ時になるまでギターと触れ合っているとお腹一杯になるので、最後に一曲『トラウマ』を通しで弾いてから本日のギターは終了。幸いこの季節だと太陽の沈むのもまだ遅いから、長く弾いていられる。夜は近所迷惑になるので弾かない。
朝と昼にたくさん食べていたのでお腹もそれほど空いていない。とりあえず歌詞の断片を寝転びながらノートとにらめっこして考える。駄目な時ほどたくさん言葉が生まれるのは僕と言う人間を表しているようで何だか悲しくなった。
気付くとすっかり太陽も沈んで外も真っ暗になったので、カーテンを閉める。
と、テーブルの上に置いていた携帯が着信の光を出していたので手に取った。着信音はデフォルトのもので、音は最小。僕は機械音痴の気があり、着信音のダウンロードの仕方もよく解らないのでそのままにしてある。
ディスプレイを確認すると、心臓が一際大きく高鳴る。
通話のボタンを押し、冷静さを努めて電話に出た。
「千夜さん?」
思わず声が裏返ってしまい、慌てて咳き込む。少し間を置き、千夜さんが話して来た。
「青空?」
「うん、そうだけど。どうしたの?」
と尋ねるけれど、千夜さんは自分のスケジュールを伝えるためにしか電話して来ない。けれど正式加入の件はまだ保留になっているから、きっとそれだろう。
「明日『STUDIO A』に行くから、仕事後に話できない?」
「えっ」
そう言えば店のスケジュール表に、千夜さんの叩いているバンドが入っていた気がする。としてもあまりに突然なので、オロオロしてしまう。
「できないかと訊いている」
「あっ、でっ、できます」
少し怒った口調で訊かれ、つい敬語で応対してしまう。
「それだけ。じゃ」
「あ、待って、千夜さん……!」
手短に用件を伝えると、僕の返事が届く間も無く電話を切られてしまった。しばし呆然と手に握った携帯を見つめる。
この場であの時の返事が貰える気がしていたので、かなりがっかりしてしまった。でもいい返答が来そうな気がして嬉しくなる。根拠は全然無い。
寝起きの一件があったせいか、声を聴けただけで無性に気分が昂揚している。胸に手を当てると心臓の音が耳元で聞こえて来る気がした。
「〜〜〜〜〜〜〜」
頭の中に夢の内容が次々に浮かび上がり、その場でぐるぐる歩き回ってしまう。その後すぐ千夜さんの妄想に耽ると、精魂尽き果てるまで何度も果てた。