→Rock'n Roll→  Aozora Tokunaga  top      第2巻

   042.見てないようで見てる

 家路につく人の群れに巻き込まれるのが嫌なので、僕とイッコーは電車を使わず肩を並べ水海への夜道を歩いている。二人の手には通りがけのコンビニで買ったレモンの缶チューハイ。酔いどれ街道まっしぐら。
 それほど僕はお酒に強い訳では無く、呑み過ぎたら体の節々が何故か痛くなり危険を知らせてくれるので、吐くまでは行かない。隣を歩くイッコーは一回り大きい缶を買い、失敗したのか苦い顔をしていた。
「そもそもイッコーはたそのことどんな目で見てるの?」
 僕達はふらふら歩きながら、ラーメン屋からディープな話を延々と繰り広げていた。
「あんなやつはいねー」
 酷い言い草だけどおそらく褒めている。
「なんか、マンガに出てくるやつみたいな感じだなー。話聞いてっとさ、もう笑えるくれー真っすぐなんよ。つっても純粋ってわけじゃねーからおもしれーんだこれが。ひねくれたガキがそのままでっかくなったみてーだよなー。あれで無邪気でイノセントなやつだったら、気味悪くておれ近寄ってねーけど」
 もしそうなら僕も手を焼いていただろう。面倒臭がりで手をかまってやらないとすぐにだらけてしまう黄昏だけど、とても人間味に溢れているから一緒にいたくなる。
「黄昏って結構独自の視点で世の中を見てる所があるからね」
「だなー。まー引きこもりだから」
「でもその自覚もないんでしょ?」
「そーそー」
 僕が付け足すように言うと、イッコーは嬉しそうに相槌を打つ。こうやって大声で笑い合っていると、不安な気持ちも吹き飛んで行く。
「とことんマイペースぶりを発揮してるしなー。もーちょっとファンサービスとかしてくれると嬉しーんだけど、まー黄昏にそんなこと頼んだって無理に決まってんだわなー」
「いいんじゃない?あれはあれで一つのキャラとして立っているし。僕達が営業担当になれば問題無いよ」
「それならMCでの口の滑りもーちょっとよくしてくれな」
「苦手なんだもの、みんなの視線の集中する前で喋るっていうの」
「それでよくステージに立つ気になったなー」
「ギターなら脇役だしね。別に自分からそうしているつもりはないけれど、みんなが個性あり過ぎて埋もれちゃうもの」
「バッカだなー、そんなら弾きながら立ち回りでもすりゃいーじゃねーか」
「僕のキャラじゃないよ、それ」
「同感」
 二人して納得。
「まーまとめ役でいいんじゃねー、おめーは。そーゆーやつがバンドの中にいねーとすぐバラバラになっちまうっしょ?特におれたちみてーな個性派揃いの集団ってのは」
 僕がバンドを組もうと言い出したから自然にリーダーになっているけれど、でも別に僕が先導を取らなくてもいいんじゃないかと最近思い始めてきている。
 『days』を始めたのには理由がたくさんある。日頃自分が見て思って考えて感じていることをみんなに届けようと曲を創っているのもその一つ。
 それが結実しているのかどうかはさておき、1年続けて来たおかげでフロアも徐々に賑わって来た。柊さんみたいに応援してくれる固定客も確実にいる。と言っても僕達だけの力じゃなく、一緒に対バンしているバンド仲間も同じように力を付けているからと言うのもある。
 ただ、ずっと自分一人の詞世界を曲にしていると物足りなくなって来る。同じバンドの仲間がどう考えて生きているのかを言葉の形で知り、新しい刺激を得たい気持ちもある。
 曲を書けなくなって来たのも、身の周りの状況に慣れてしまったせいもあると思う。どうやら僕は一杯一杯になるくらいの方が動ける人間みたい。
 それもあり、千夜さんに曲創りを協力して貰っているものの、まだ手始めの段階なので中々上手く行かない。音楽を始めた最初の頃、出来ないことが多過ぎて、すぐに逃げ出したくなったのを思い出す。
 その時と似たような気持ちを最近感じることが多くなった。
 強くなったつもりでいても、環境が変われば弱気な僕に逆戻りする。それまで培って来たものを支えに立ち向かえるけれど、バンド内の人間関係の輪が悲鳴を上げ始めているのが気になりますます僕の気持ちを削ぐ。そしてそれがまた曲創りに影響して、と悪循環。
 現実に立ち向かえるほど成長しても、悩みの種は尽きること無く僕を襲い続けて来る。
 せめてこの円を描いた連鎖から逃れられなくても、もう少し不安を感じなくなれたらいいのに。感じる心を無くさずに、簡単に怒りや悲しみに屈しない力が欲しい。
 みんなはどうやって、負の感情を振り払っているんだろう?
 でも、聞いて実践した所で多分僕の生き方には通用しない。だから僕は僕自身で自分に負けない力を手に入れるしかない。
 解っている、解っているけれど――やっぱり疲れるよ、この日常は。
 遠くに離れてしまった柊さんのことが無性に愛しく思えて仕方無い。
「ねえ、代わりにリーダーやってみる?『days』でイッコーが作った曲をやってみたりすれば、新しい発見があるかも知れないじゃない」
「バッカだな―。そんなんだったらおれ、自分専用のバンド作ってやるっての」
「それもそうだよね……」
 いいアイデアだと思ったのに、一笑に伏されてしまった。
 僕や黄昏のメロディや感性とは被る所はあっても、音楽的にもパンク寄りだから、イッコーの持っているものは。死ぬまで悩むことなんて無さそうだし。
「前に立つんは好きだけどなー、まとめ役やんのって嫌なんだよなー。昔っからクラスのやつにウケがいいから学級委員によく選ばれてんだけど、さぼりまくってんもんね。そんでもって体育祭とかじゃ他の部活やってるやつらより活躍してんだわ。だからもーセンコーに嫌われるったりゃありゃしねー。扱いにくいやつって思ってんだろーな」
 笑って言うと、残った缶の中身を最後まで一気に飲み干す。空になった缶を道端に投げ捨てようとしたのを僕が止めると、ジト目でこちらを見てから少し先の自動販売機の缶カゴに入れた。ポイ捨てはいけません。
「だから千夜とたそのいざこざは全部おめーに任すわ。おれもう見てらんねー」
 心底疲れた顔をイッコーが僕に向けて来る。
「でも、イッコー喧嘩止めるの得意じゃない」
「ガタイがでかいからだって。おれだってケンカを見んのは好きじゃねーもん」
 それもそうか。
「あと、あんま千夜のことよく思ってねーかんなーおれ。どっちかってーと嫌いな部類」
「嫌いな部類なんだ?」
 意外な発言が飛び出て、オウム返しに訊き返すと思い切り頷かれてしまった。
「怒りっぽいとかそーゆーんは許せるん。完璧主義者なんはいーけど、それを相手にも押しつけてくっからなー。マジメにやってくれんのは嬉しーけど、度が過ぎんぜ」
 僕も千夜さんのその性格にはほとほと困り果てている。悪い部分を的確に指摘してくれるのはありがたいけれど、褒めることは一つもしないから。
「言われる方の気持ちくれー考えろっての。おれそーゆーやつ大嫌いなん」
 まるで自分のことを言われているようで、胸に深く突き刺さる。
「だから友達にはぜってーなりたくねータイプだな、ありゃ。ドラムの腕と感性は認めてっから一緒にやってるけど、そーでなけりゃつるまねーわ」
 酷い言われ様だけど、弁解のしようもない。
「仲良くしている人っているのかな、千夜さん?」
「いねーんじゃねーの、周りにゃ?マスターとかスタッフにはすげー律儀で丁寧だけど」
 怒りの矛先が全て一緒にバンドを組んでいる人間に向けられていて、こちらとすればたまったものじゃない。僕も共作を始めここ2ヶ月足らずでかなり打ちのめされた。
「みんな仲良くやって貰いたいけどな、僕は……」
 俯き加減で呟く僕を見て、イッコーは手の平を掲げ肩を竦めた。
「まー、仲よしこよしで集まってるわけじゃねーかんなーおれらは。それよりどっかトイレねえ?おれクソしてー」
 突然言われても困る。公園なんて都合良くあるはずも無いし、住宅街のど真ん中。
「次の駅の近くに商店街があると思うから。僕もお酒ばかり飲んでるから近くなってるし」
「ちくしょー」
 文句を言うイッコーの顔が少し歪んでいる。小走りに先を急ぐと、五分足らずで住宅街を抜けてお目当ての場所に出た。お腹は膨れているので手頃なコーヒーショップに入る。
 イッコーが先にトイレに行っている間に持ち帰りのカプチーノとココアを頼んでおいた。代わりばんこに僕も用を済ませ、外に出る。日が回ってそうだけど、まだ10時半位。
「そう言えば、イッコーが『days』にこだわる理由って何?」
 歩きながら舌が火傷しそうなほど熱いカプチーノをすすり、訊いてみた。
「こだわる理由なー……」
 考え込もうとイッコーが俯くとシューズの紐がほどけていたので、僕を呼び止め結び直した。その間、立ち止まりココアを預かる。
「サンキュ。前に言ったかもわかんねーけど、おれ『staygold』じゃ好き勝手にやりたい放題だったから、実際んとこ深く関わってないんよ。ギター弾いて唄えてりゃそんだけでOKだったん。だからまともにバンドの一員として動くんって、『days』が初めてなんだわ」
 昔を思い返し話すイッコーの横顔を、僕は何とも言えない気持ちで見ていた。
「それまでやってたギターでもヴォーカルでもなくて、ベースだけど。そんでも全力で悔いのねーよーにやりてーんだ。これがうまく行くのか失敗すんのかはおれもまったくわかんねーけど。まー、どっちにしろいい経験にはなると思うわ」
 今だけに終わらず、先に繋げることも考えている。理由は他にもあるだろうけれど、刹那的な僕達をベースと言う曲の芯になる部分でしっかり支えてくれるのも、そうした心構えで取り組んでいるからと思う。
「でも、もーそろそろリミッターを外すわ」
「えっ?」
 イッコーが足を止め、ケースをかけていない方の肩を大きく回しながら呟いた。 
「もう1年もやってきたんだ、遠慮する必要はねーだろ」
「遠慮……してたの?」
 意外な言葉が出て来て、戸惑う。そんな素振りは今まで全然見られなかったのに。
「つったらちょっと意味が違うか。おれの持ち味も出してかねーとなーって思って」
「今でも十分過ぎるくらい出てると思うけど……」
 僕の感想に、イッコーは解っていないと言う顔で首を横に振ってみせた。
「ベースのフレーズ一つに音一つにしても、なるべくおめーが持ってくるメロディに合わせてたかんな。その方が耳触りがいーんじゃねーかなーって。気付いてなかっただろ」
「……うん……」
 わざわざ気を遣ってくれていたのさえ今ここで言われるまで知らなかった。
「じゃっ、じゃあ、手加減してたの?」
「だって初心者だかんなー。あとやっぱ最初は客ウケも考えてやんなきゃなーって」
 焦る気持ちを抑えて尋ねると、あまりにさくっと返されてしまった。お酒がまだ大分残っているのか、容赦無く僕をメッタ斬りにしてくる。
 イッコーの言う通りなら、僕はずっと甘やかされた環境でバンドをやっていたことになる。でもよくよく考えたら、音楽の『お』の字も知らない僕がいきなりみんなに受け入れられる曲を作れる訳がない。
「まーおれも一人で曲作ったりはしてたけど、ベースラインだけつけるってのも初めてだったから、でしゃばらなかったんだわずっと。でもそーゆーサポートに回るんはもー飽きちまった。おめーも少しずついい曲作ってくよーになったかんな。『ciggerate』とか」
「あ、あれは……」
 言おうかどうか迷ったけれど、誤解されたままだと嫌なので打ち明けることにした。
「あれは……千夜さんと作ったものだよ。僕一人だけの力じゃない」
「ふーん……やっぱそーか」
 冷ややかでも軽蔑している目でもない分、余計にイッコーの視線が痛かった。
「まーそんなとこだろーと思ってたわ。でもいーんじゃねー?どー考えても青空一人でやってたら無理出てくるって」
 立ち止まり目を伏せる僕を置き、イッコーは人通りの無い夜道の先を行く。
 そんなの自分でも解ってるんだ。でもその事実を認めるのは、とても辛い。
 僕にも才能があるって思いたかったんだ。
 一人だけ取り残されるのは嫌なんだ。同じ土俵でみんなと競い合えるようになりたい。
「ごめん……」
 呟いた僕の言葉は、小さ過ぎて先を進むイッコーに届かなかった。
「おれは別に体裁なんて気にする必要ねーと思ってっけどな。どんなことやってでもいい曲作るってのは間違ってねーもん。つっても、パクるんはダメだけどなー」
 慌てて後に追いつくと、落ち込んでいる僕を気遣ってくれる。でも、音楽の才能が無いと宣告されているようで泣きそうなほど心苦しい。
「なあなあでやりたくねーんだ、おれ」
 イッコーは真顔でそう言い、ココアを啜ると白い息を吐いた。
「だから間違ってもいーから、自分の思ったことは全部やんねーと。だからこれからはもっとガツガツ行くぜ。じゃなきゃ客にも愛想つかされちまう」
「それで最近ベースの音を変えたりしてるの?」
 僕の問いに目を丸くしていたけれど、すぐ落ちついた顔で頷いた。
「でも、せっかく僕達の音ができ上がって来たと思ったのに」
 イッコーは言いたい言葉を呑み込み、黙って僕の話を聞いている。
「この1年で、随分形にして来たつもりだよ?イッコーに音を変えられると、培って来たグルーヴが台無しになっちゃうと思う。弾き方も色々試してるけれど、曲に合ったアレンジもエフェクトもあるしさ。特にベースって必要不可欠だから、好き勝手に弄られると周りのメンバーが困るよ」
「まー、そーゆー考えもあるわな」
 素直に頷かれちょっと拍子抜けしてしまう。
 しかし次の瞬間、イッコーはいつに無く鋭い目を僕に向けて来た。
「けどやっぱおめー、経験足りなさ過ぎ」
 きっぱりと言われ、たじろぐ僕に詰め寄って来る。
「アレンジなんて正解一つしかねーって思ってんだろーけど、他の楽器で全然変わってくんぜ。そーやって曲のイメージを固定してしまう方がやべーだろ。今までずっと裏方に回っておめーらを後押しするようにしてたけど、ヴォーカルもギターの音も食っちまうくれーガツンとやんねーとな、聴いてるやつに届かねーだろーし。第一音とか演奏変えるだけで崩れる曲っつーのは、骨格ができてねーってことじゃねーの?」
 最後は嘲るように言われ、さすがにカチンと来てしまった。それでもイッコーは鬱憤をぶちまけるように手痛い言葉を次々吐き続ける。
「そもそも千夜が入ってアレンジ変えてんだから、おれも変えたっていーじゃねーか。今までみたいにやってたらいつまで経ってもうまくいかねーんだって。音変えるだけじゃなくって、曲の展開も調整した方がいーぜ。無駄なリフレインとか削ったりできるんもあるし。結構『days』って持ち曲多いっしょ?一つ作ってはい終わり、はい次―っってやりたくなる気持ちはわかっけど、完璧じゃねー曲ならサイコーのもんになるまで練り直したっていーじゃねーか、ちゃんとした音源なんて録ってねーんだしよー。作って吐き出してばっかじゃそりゃスランプにもなるわ。一度全部の曲、もっかいやり直してみてもいーだろ別に?聴かせるよーに作ってるつもりでも、結構自己陶酔してんだわ、おめーのは」
「ごめん、ちょっと待って……」
 あまりに一度に言われ、立ち直れそうにない。手に持っているカプチーノを落としたくなるほど落ち込んだけれど、何とか踏ん張った。
「それってもう、僕が全否定されてるような気がするんだけど」
 一縷の望みに託して訊くと、ツボにはまったのか大笑いされた。
「歌詞だけは文句言ってねーっしょ」
 音楽は全然駄目だってことじゃない。
 本当にどうして僕はバンドをやっているんだろう?そんな疑問さえ脳裏によぎる。
「まーこれを機に全部一度作ってきたのをぶっ壊してみ?まだ今ならやり直せっから」
「いやだからそれって僕が才能無いって言ってるのと同じ……」
 自分が情けなさ過ぎて涙が浮かんで来る。
「それで上手く行かなかったらどーするの?責任取ってくれるの?」
 ここの所スランプとは言え、僕がこれまでやってきたことに間違いはないと思っている。だからイッコーが言うようにしたら、積み上げて来たものが全て無駄になってしまう。
 今まで僕は自分をそのまま作品として形にして来たつもりだから、それを弄くると創ったその時に閉じ篭めた気持ちや自分の時を消してしまう気がしてならない。
「そんなふられた女みてーなことゆーな」
「ごめん……」
 自分でも言った後にそう思った。
「んー、まーその時は才能なかったってことじゃねーの?気にしない気にしない」
 その言葉が一番酷いよ……。
「まーやってみなきゃわかんねーって」
「すいませんー」
「イッコーは簡単そうに言うけど……ん?」
 会話の途中でどこからともなく男性の間延びした声が聞こえ、僕達は辺りを見回した。
「すいませーん」
 声のした方を見ると、数m先の左斜めに伸びた歩道の車止めのそばに40代位の男の人が地べたに座り、僕達に助けを求めていた。
「ん、どーしたん?」
 何のためらいも無くイッコーがそばに近寄って行く。僕はこうした状況に遭遇するのは初めてなのでかなり警戒してしまっている。
「足が、足、あし」
 酔っているのか呂律の回らない口調で繰り返し自分の右脛を指す。どうやら足を怪我して歩けなくなったみたいだけど、血は出ていないように見える。
「折れてんのかな。おっさん、自力で歩けねー?」
「無理。救急車、救急車呼んで」
 そう言い、踏ん張って腰を上げてみようとすると、苦痛で顔を歪め崩れるように横に倒れ込んだ。本当に痛めているみたいで、さっきまでの会話が頭から飛んでしまうほど焦る。
「きゅ、救急車って119だっけ?」
「たりめーだろ」
 イッコーに呆れられてしまった。
「ま、おれが電話するわ。ちょっと待ってなおっさん、今から呼ぶから」
 Gパンのお尻の右ポケットから携帯電話を取り出し、住所の分かるものを探し始めるイッコー。やけにてきぱきしていて、経験でもあるのかな?
「でも、どうして痛めたの?」
「うーん……駅前で飲んでて、それから……覚えてない」
 僕の問いに中年の男性は首を傾げる。黒いジャンパーを着ていて中も私服なので、仕事帰りではなさそう。風貌もサラリーマンぽくない。
 どこで怪我したのかは分からないけれど、駅から離れたここまで何とか歩いて来たみたい。でもこの通りは住宅街の合間なのか、人通りが全然見当たらない。困っている所にちょうど僕達が通りがかったんだろう。
 それと酔いが酷く、近くにいても匂って来る。これだと自力で救急車を呼べないのは仕方無い。安静にするように男性に話しかけていると、イッコーが向こうから訊いて来た。
「青空、ここどこー?」
「学校の隣みたいだけど……どこかな」
 この歩道に学校の敷地が面しているみたいだけど、夜なので確信を持って言えない。
「そっちの脇道に入ってみればー?」
 右側に折れ曲がる歩道を指差すと、言われるままにイッコーが走って行った。冷めたカプチーノを飲み干して待つと、2分程して頭の上で○を作って戻って来る。何とか連絡がついたみたい。
「だから動いちゃだめだってばー」
 さっきから足を痛めているのに、男の人は何度も立ち上がろうとして尻餅をついている。その度に僕が注意しても、一向に聞いてくれない。
「酔ってるとケガしたとこの痛みがわかんねーんだわ。折れてっかもしれねーし、ただの捻挫かもしんねー。まー、こーゆー時は素直に救急車呼ぶのが一番いいん」
 また一つ勉強になった。どうしていいから解らないし応急処置の仕方も知らないから、僕はただじっとしてろとしか言えなかった。
「多分、ひどいねんざか何かだろーな。おっさん、もーちょっと待ってな。しばらくしてりゃー救急車来っから」
「何分位で来るの?」
「ホントは緊急ってのはどっからでも5分以内に来れなきゃいけねー決まりになってんだけどなー。まー10分ありゃー来るだろー」
 呑気に答え、イッコーはパイプの車止めに腰を下ろした。そういやいつの間にか手元の紙カップが無い。僕が横にいない間にきっと道端にでも捨てたんだ、もう。
「あーだめだ、寒い寒い」
「だから助けてやったんだっての、凍死する前に」
 手を擦り合わせる男性にイッコーが突っ込む。いくら何でも凍死はしないだろう。でもここに一人置いていくのはさすがにばつが悪いので、僕達もこうして救急車が来るのを一緒に待っている。
「何だかすっかり酔いが覚めちゃったよ。イッコーに酷いこと言われたせいで」
「おっさん見つけたからじゃねーんか」
 それもあるけれど、もうさっきので僕のプライドがズタズタにされちゃったから。
「でもやけに手際いいよね、イッコー。前に似たようなこととかあったの?」
「まーガッコーのやつらと飲み行ってたら、ダチがアル中でぶっ倒れて呼んだりとか。でも未成年だってそこでバレるから後でめっちゃ怒られんだけどなー」
「あはは。僕なんて救急車呼んだことなんて一度も無いよ」
「おれは何度かあるんだわ。酔っ払いがウチの近所のドブ川に落ちた時とか」
 いつの間にか話題がすっかり日常会話に戻っている。ついさっきまで言い合っていたのに仲良く話しているんだから、そのギャップが疑問に思えてならない。
 救急車談義に二人で花を咲かせていると、男の人が僕達の方を見上げて訊いて来た。
「君達、音楽、バンドやってるの?」


トップページへ  前のページへ  次のページへ  第2巻