→Rock'n Roll→  Aozora Tokunaga  top      第2巻

   051.君のため

「かんぱーい!!」
 キュウちゃんの音頭と共に、グラスを合わせる音が『龍風』の店内に鳴り響いた。
「あれ、キュウそれって」
「ん?ビールに決まってるじゃない」
「没収します」
 栗髪の女の子――愁ちゃんが、金髪の赤眼鏡の子――キュウちゃんのグラスを横取りする。
「コラ、ちょっと待ってってば愁」
「キュウにお酒飲ませたらすぐ酔いつぶれるもん。限度知らないから」
 横を向き突っ撥ねる愁ちゃんにどうにかして返して貰おうと、謝ったりお辞儀をしたり策を試みるキュウちゃん。イッコーの手料理の並んだ丸テーブルの向こうで繰り広げられる二人のやり取りを見ているだけで、十分にお酒の肴になる。かく言う僕は烏龍茶。
「まーまー、キュウのはしゃぎたい気持ちもわかるって。何しろ今日のライヴはサイッコーだったもんな。愁ちゃん、そのグラスおれにちょーだい」
 僕の横で早速お酒の入ったイッコーがグラス片手に能天気に笑っている。まだ高校生なのにお構い無しで、同じ未成年の黄昏も飲んでいる。咎めた所で反論されるのであえて放置。
「どーしてアタシだけ呼び捨てなの!?愁だって同い年なのにー」
「そりゃそーだろ、愁ちゃんは清純なジョシコーセーっしょ?おめーどっからどー見てもまるっきり遊びまくってる感じ全身から出しまくりじゃねーか」
「あー、まー……それは否定しませんが、イッコー様」
 イッコーに突っ込まれ尻すぼみになったキュウちゃん。派手な外見をしているし、明らかに隣の愁ちゃんとはタイプが違う。色黒じゃない分まだ控え目には見えても。
「キュウって、根っからの遊び人ですから。道連れにされるあたし、おかげで何回ひどい目にあったことか」
 愁ちゃんが頬を膨らませ僕達に説明する。最初はほとんど喋らなかったけれど、ライヴ後に楽屋で黄昏がちょっかいを出し、驚かせたことがきっかけで、ここに来るまでにも随分会話をしてくれるようになった。
 ちょうどイッコーが変なことを言い、千夜さんと乱闘を繰り広げていたのを仲裁しに回っていた時で、黄昏が彼女に何をしたのかは良く分からない。愁ちゃんも恥ずかしいのか何も言わないので、懸命な黄昏の言い訳にみんな全く聞く耳を持たなかった。
 来る途中にも結構そこを弄られていたので、今も黄昏はふて腐れた顔で椅子に座っている。
「今日だって、『いいバンドがいるから』って無理矢理……。来てよかったなって思いますけど、楽屋に隠れるのはホント反対だったんですから。ね、キュウ?」
 ジト目で愁ちゃんが睨むと、キュウちゃんは気まずい顔で黙ったまま新しく用意した烏龍茶に口をつけていた。
「まあまあ、結果的にスタッフに怒られずに済んだし、二人が来てくれたおかげでリラックスした気持ちでライヴに望めたんだから。本当にありがとうね。満足してるよ」
 僕は照れも無く『days』のピンチを救ってくれた二人に心からお礼を言った。
 何しろ、相手をいがみ合うこと無くステージに立てたのが一番大きい。いいライヴを見せよう、その意識に4人共向かっていたおかげで、集中力の度合いもこれまでとは比べ物にならなかった。半分ラッキーな面もあったクリスマスライヴと違い、明らかに手応えが違う。
 キュウちゃんが言っていた『やりっぱなしの演奏』じゃなく、しっかりとお客さん達に曲を届ける、多少のミスも全てひっくるめ今の自分達を見せようとしたおかげで、強固なグルーヴを奏でられた。風邪で掠れた黄昏の唄声も気にならないくらい出ていたし、滅多にやらないアンコールの後に起こった歓声と拍手の数は今まで以上に凄く、震えた。
 だからこうして、二人を『days』の打ち上げに招待した訳。夜も遅いので断られるかと思ったけれど、喜んでついて来てくれた。愁ちゃんは半ば無理矢理に引っ張られてたけど。
「そ、そんな大したコトじゃないわよ。ね、愁?」
「うまく行ったからいいけど、あたしホントに恐かったんだからね」
「だから知らなかったんだってば、みんな仲悪かったんだなってコト」
『…………』
「お?」
 僕達が四者四様に黙り込んだのを見て、キュウちゃんは目を丸くした。
 いくらライヴが上手く行ったとは言え、後ろめたさは付き纏う。幸い上手く行ったけれど、今日の日が後々繋がって行くとは限らない。過去に何度かぬか喜びした覚えもあるので、みんなの心の中に猜疑心が生まれている。
 沈黙に耐えられなくなったイッコーが、オレンジの頭を掻いて面倒臭そうに座り直した。
「……まー、そんなんはどーでもいーわもう。全部過去のことなんだしよ」
「そうだね。わだかまっていたものが全部今回のライヴで溶けた感じはあるよ」
「――気楽でいいな、貴様達は」
「俺だってこの娘達が来てくれてなかったら、きっとあそこで帰ってた」
 笑って言う僕とイッコーに千夜さんと黄昏が飽きれた風に言う。珍しく気が合ったのが癪に障ったのか二人睨み合うと、そっぽを向いた。上手く行った所で、この二人の仲は一向に悪いままみたい。それでも昔のバンドの雰囲気が戻って来た気がして、僕は嬉しかった。
「ビール以外にない?」
 苛立った感じで千夜さんがイッコーに振る。食事を前にしているので煙草を吸えないせいか、鬱憤のはけ口が無いみたい。
「んー、焼酎ならあっけど……飲むか?」
「お願い」
 無愛想に頷くと、イッコーは溜め息をつき備え付けの保冷庫へ向かった。そう言えばクリスマスライヴの打ち上げでも千夜さんは食べずに飲んでばかりいたっけ。
「って二人共、明日学校でしょ?酔い潰れたらどうするの」
 千夜さんもそろそろ学年末テストなはず。忙しい合間を縫い、わざわざライヴに出て貰っているんだからこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。
 しかし僕の言葉を無視し、運ばれてきた焼酎を黙々と飲み始めた。煙草を常日頃から吸っているせいか、お酒も普通にたしなんでいる。僕より年下とは相変わらず思えないな。
「話が終わればすぐに帰る。どうして私が……」
 付き合わなければならない、とでも言いたかったと思う。打ち上げに出るのを拒んでいたけれど、キュウちゃんの必死の説得で泣く泣く折れた。クリスマスライヴの打ち上げの時にも『龍風』には来ているので、今回で2度目。随分僕達のバンドに馴染んだ気がする。
「おれはもう卒業だけだかんなー。別にさぼったとこでまだ出席日数足りてっし」
 戻って来たイッコーが逆立てた髪をつねりながら答える。度胸があると言うか何と言うか。
「そういえば、二人は高校生なのか?」
 好物の唐揚定食に運ぶ箸を止めて黄昏が訊いてみた。黄昏の方から知ったばかりの人に物を訊くのはとても珍しい。僕が柊さんに気を許したのと同じで、ファンの人と触れ合うことに喜びを感じているんだろう。
 それでまたやる気が戻ってくれればいいのにね。
「そ、青葉山(あおばやま)高校1年7組16歳。花の女子高生を満喫してまっす♪」
「満喫しすぎでキュウは進級危ないけど……」
 手を大きく上に挙げてはしゃぐキュウちゃんの横で、小声で愁ちゃんが呟く。
「だからノート見せてもらってるじゃない。これで留年したら愁のせいだからね」
「どうしてよー!!悪いのは全部キュウじゃないのさ!遊んでばっかりなんだから!」
 本気で怒っているみたいだけど何だかとても可愛い。黄昏も穏やかな顔で彼女を見ている。
「まーまーまー。そこはよーくわかる。毎年単位ギリギリで上がってるおれにはわかる」
 そんなに威張れることじゃないですイッコーさん。
 きっとこの場の誰もがそう思っているに違いない。本人以外。
「でしょでしょー!?遊びたい盛りじゃない?ピチピチの女子高生ライフってさー」
「ピチピチかどうかはともかく、次の学年に上がるのに一番重要なのはそー、出席日数だわ!テストの成績なんざ補習でどーとでもなっから、普段から出るよーに心がけとかなきゃなんねー。午後からさぼるとか、そんだけでも随分変わってくんぜ」
「ふんふん、それでそれで?」
 何だかすっかり二人で盛り上がっている。似た者同士なのかも知れない。付き合い切れないのか千夜さんは横を向き焼酎を傾けていた。黄昏はテーブルの上の料理を食べるのに全神経を集中させていて、その食べっぷりを横に座っている愁ちゃんが驚いた顔で眺めている。
 よくよく考えてみれば不思議な光景だと思う。見ず知らずの女の子二人と一緒に食事をするなんて言うのも、バンドをやっているからこそだろう。
 わざわざ楽屋に忍び込んでまで会いに来てくれるなんて冥利に尽きる。
 黄昏が聞いた所によると、ライヴを生で観たことがない愁ちゃんを、『days』のファンであるキュウちゃんが無理矢理連れて来たらしい。、
 キュウちゃんの外見は客席にどことなく見覚えがあった。最近はグルーヴを懸命に出そうとステージ上の3人を見ることが多くなってしまったので、確証は無いけれど。
 幸い愁ちゃんも僕達のライヴを観て喜んでくれたようで、中でも黄昏に一目ホ惚れみたい。あまり喋らずに、さっきから横目でちらちらと黄昏ばかり見ている。でも見られている本人は食べることに夢中になって気付いていないみたい。
 いやらしい気持ちで打ち上げに呼んだ訳じゃなく、僕は素直にこの二人に感謝していた。
 店の時計に目をやると、夜中の10時半を過ぎていた。今日『龍風』は月曜でお休みだから僕達6人で貸し切りになっている。店の真ん中の一番大きなテーブル以外がらんどうと言うのは少し不気味ではある。
 でもこうして穏やかな気持ちで打ち上げをするのも久し振りな気がした。今日は帰ったらいい夢観れそう。女の子達の為にもなるべく早く切り上げよう、打ち上げは。
「でもホントにアタシなんかでいいの?『days』のマネージャー」
 大体みんながご飯を食べ終わりお腹も膨れた所で、キュウちゃんが改めて訊いてきた。
 マネージャーの件については、ライヴ後で二人を楽屋に呼んだ時に話が挙がった。『days』の活動についてファンからの視点でいろいろと行ってきたのがきっかけで、それならとイッコーが独断で決定したんだけど――
「いいんじゃないかな?」
 話を持ち出したイッコーに振ってみると、爪楊枝で歯の詰まり物を取る手を止め頷いた。
「ど〜せこのまま4人でやってったとこで結局元通りだと思うんだわなー、おれ。だったらおめーみてーなおれらのライヴをよく観てるやつが横にいりゃ、うまく舵取れんだろ」
「同感」
 その言葉に千夜さんも落ち着いた顔で同意する。
「この3人と一緒にいて毎回気苦労するよりは、間にクッションがあった方がいい」
 事実だけど酷い言われ様。
「そうしたら黄昏のサボり癖も治るかもね」
「サボり癖って言うな」
 僕の言葉に黄昏は眠気まなこで頬を膨らませていた。おそらく毎回毎回黄昏の中では激しい葛藤が繰り広げられているんだろうけれど、横からみればサボりと一括りするしかない。そこで甘やかしちゃいけないと思い毎回無理矢理引っ張って来ようとしていても、ここ最近は成果が上がらなかった。
 しかし女の子相手だと頭が上がらなくなって上手く行くかも。
「そん時は愁ちゃんにたそん家まで迎えに行ってもらえばいーん」
「どーしてアタシじゃないのよっ」
 イッコーの暴言にキュウちゃんが反論している横で、愁ちゃんは顔を赤らめ俯いていた。
「いいんじゃない?ねえ黄昏?そばにファンの子がいればやる気だって出るでしょ?」
「おまえらなあ、いい加減にしとけよ。困ってるだろその子も」
 話についていけなくなったのか、黄昏は参った顔で言うと席を立ちトイレに向かった。確かに困った顔をしている。少し調子に乗り過ぎたとイッコーと二人で反省した。
「まーまー。何なら愁も連れてくるわよ。ライヴの日じゃないと夜は出れないかもだけどね」
「か、勝手に決めないでよ。あたしだって都合あるんだからさ」
「どーせ部活も塾にも行ってないんでしょ?だったらいーじゃない」
「キュウみたいに男の人と夜遊びしたりしないもん。来年予備校行くかもしれないしさ」
「かーっ!!まーたこの子はイイコぶってばかり!!処女ぐらいとっとと捨てなさい!!」
 い、いきなり何を言うのか……。
「あ!あっ……、あのねぇ〜!!それならキュウだってやりたい放題じゃないのさ!!人のこと言えないじゃない!!」
「アタシみたくせーちゃんと接吻してから言いなさい、そういうことは!!」
「え、あ、いや、その……」
 突然振られ、どう対応していいやら困った。愁ちゃんも目を丸くしてこちらを見ている。助け船を求め千夜さんに視線を送ると、無視し黙々と食後の煙草を吸っていた。
「〜〜〜〜、わかったわよ、あたしもちゃんと来るから。それでいいっしょ!?」
 好き勝手言われ引き下がれなくなったのか、腹を括ってキュウちゃんに言い返した。
「そーそー♪最初からそーいえばいーのよこのおマセさーん?」
「う〜、なんだか手玉に取られてる気がするよぅ……」
 それは多分本当です、愁ちゃん。しばらくしてトイレから戻って来た黄昏は対照的な表情の二人を見て、何事かと首を傾げていた。
「イッコー、ご飯おかわり」
「まだ食う気かよ」
「ここ二日くらい何にも食ってなかったからな。あと味噌汁も」
「はいはい」
 ぶつくさ言わずにカウンター裏へ向かうイッコー。お店の手伝いが体に染みついているんだろう。結構ここにいる時と外では性格が変わる所があるので、一緒にいるとおもしろい。
「あ、そうだキュウちゃん。次のライヴの日程と、練習の時間教えるから」
「ほいきた」
 キュウちゃんは自分のブランド物のバッグからメモ帳を取り出し、僕の伝えるスケジュールを素早く記入し始めた。テーブルの上に広げているメモ帳の字はあまり上手くない。
「でもいいのキュウ?そんなに安請け合いしちゃってさ」
 愁ちゃんが心配そうに念を押して来る。確かに会っていきなり任せる僕達もどうかとは思うけれど、藁をもすがる思いでバンドをずっと続けて来たから、変革のきっかけが欲しい。
 もしやってみて不具合があるようなら素直に諦め、また別の道を探せばいい。でも今の状況を乗り切る為には外部の力を借りないといけないのは今日のライヴで痛いほど解ったので、ほんの少しの場繋ぎでもいいから二人には力になって欲しい、と正直に思う。
 これも何かの縁だと思うし、柊さんの時みたいに重要なターニングポイントになるかも。
「アタシもねー、みんなには借りがあるから」
『?』
 スケジュールを書き終えると、キュウちゃんは微笑んでメモ帳を閉じた。この場にいる全員が頭に疑問符を浮かべている。
「アタシがライヴハウスに来るように、『days』を観るようになったのってそことそこの人のせいなんだよね〜」
 テーブルに乗り出すように肘をつくと、僕とお椀を手に抱え戻って来たイッコーをしたり顔で指差した。突然のことで戸惑う。
「なんかしたか?おれら」
「う、ううん。ステージ上からフロアでお客のキュウちゃんを見かけたことはあると思うけど、それ以前は会ってないもの絶対」
 記憶の糸を辿ってみるけれど、彼女位目立つ外見をしていたら一目で覚える。イッコーも特に面識がある訳じゃないみたいで首を傾げている。
「そ、そんな!ひどい!ひどいわ〜」
 何のことか分からない僕等を置き、目を潤ませたキュウちゃんが泣きながら隣の愁ちゃんの膝に顔を埋めた。嘘泣きに聞こえても、さすがに動揺してしまう。
「あの時のコト、覚えてないなんて〜。初めてだったのに〜」
 痛い言葉が胸に突き刺さり、男二人撃沈した。
「お、おれはなんもしてねーぞ!!あれ以来女にゃ手―出してねーっつーの!」
「ぼ、僕だって……!」
 今日のがファーストキスだったんだから、なんて言える訳が無く、言葉が途切れる。それが怪しいと思ったのか、4人の視線が僕一点に集中した。
「最低」
「責任取れよ、青空」
「ファンの子に手を出すなんてひどいと思いますっ。泣いてるじゃないですか、キュウ」
「おめーのせいでおれまで疑われちまったじゃねーか、こんにゃろ〜」
 こちら側のはずのイッコーまで僕を攻撃して来る。泣きたいのはこっちです。
「……な〜んてね」
 追い詰められ言葉を失くしていると、突然キュウちゃんが泣くのを止め顔を上げた。涙なんてどこにもありはしない。
 大きく舌を出したその顔を見て、腰から全身の力が抜けて行った。
「お、おどかさないでよ〜〜」
 本当に知らない間に何かしでかしたんじゃないかと思い込んでしまった。煙を吹いてテーブルに顎を落としている僕を見て、キュウちゃんが大笑いしている。まんまと騙された。
「でも、ホントに覚えてないの?」
 ――訳じゃなさそう、どうやら。
「……覚えてない、よね?」
 念の為イッコーに振ってみると、僕と同じ顔で頷いている。
「あーあ、なんかガックリきちゃったなー。ま、しょーがないけどねー。昔のコトだもん」
 キュウちゃんは残念に呟くと、少し沈んだ表情で座り直した。悪いことをしてしまったみたいで心が痛む。でもどれだけキュウちゃんの顔を眺め回してみても、全然覚えが無かった。
「僕達が――何かしたの?」
「それはヒミツでーす。このクイズは本人が思い出すまでとっときましょー♪」
 こちらから訊いてみると、元の気楽な調子で問題に蓋をされてしまった。完全に向こうにペースを握られている。イッコーも慣れないタイプなのか、やり難そうな顔をしていた。
「あ、でも千夜おねーさまになら教えてあげてもいっかっなー?」
「いらないから」
 キュウちゃんがにこやかな笑顔を千夜さんに向けると、間髪入れずに返された。
「あーん、イジワル〜っ」
 意地悪なのはどっちの方か。
「ベタベタされるのは嫌い。男でも女でも」
 『男』の部分で僕を睨んで来たのがとても痛いです、千夜さん。
「メンバーと慣れ親しみたいだけなら他のバンドを当たって。私達、本気でやっているから」
 キュウちゃんに向かい突き放すように言うと、冷めた顔で煙草の煙を吐いた。内に秘めたその気迫に押され、店内が静まる。
 ――ああ。
 千夜さんは諦めてなかったんだ。
 もしかすると、僕以上に『days』のことを想っているのかも知れない。まさか前の僕の言葉だけで本気になってくれたなんてことは無いと思う。
 この子達がいなくても、きっと最後の最後まで足掻き続けるだろう。でもどうしてそこまで本気になれるのかは、僕にも良く分からなかった。
「だ、大丈夫ですって!どーんと任せて、おねーさま!」
 場の空気に耐えられなくなったキュウちゃんが、背筋を伸ばし力強く自分の胸を叩く。
「だからその呼び方を止めろ」
 しかし茶化しても千夜さんには通用しなかった。僕達でも話にてこずるのに、そう簡単に見ず知らずのキュウちゃんに心を開いてくれる訳が無い。
「貴方のバンドへの視点を信用してマネージャーにするんだから、誤解しないで」
「なんの!任せてくださいっ!それよりアタシのことも『キュウ』って呼んでね♪」
「……『おねーさま』と呼ばないなら」
 あれ?僕の時と比べ、どうしてそんなに優しいんでしょう?
「ちぇーっ、おねーさまのイジワル」
 それでも不服なのか言ったそばから口を尖らせると、思い切り千夜さんに睨まれていた。
 とにかく実際の所、練習に出てみないと分からないことだらけ。まずは曲の構成や悪い部分良い部分を直に音合わせを見て指摘して貰い、本当に心を許せるのならいろんな面でも手伝って貰おう。
「アタシ千夜おねーさまに会いたくて忍び込んだんだからぁー。スキスキスー」
「だから寄るな!寄るな!寄るなと言っている!」
 ……でもちょっと、不安かも。
「青空」
 キュウちゃんを振り解いた千夜さんが、隣のテーブルに置いていた自分の手荷物を探ると僕に向かい何かを下投げで放り投げて来た。
「これは?」
 慌てて身を乗り出しキャッチすると、手の中には前と同じ銘柄の黒のカセットケース。
「貴様が前に渡した物を私なりにまとめてみた。参考にしろ」
「あ、ありがと……」
 バンドへの姿勢を見せる為だけに渡した物なのに、まさかレスポンスがあるなんて正直予想外で、思いがけないプレゼントについ感無量になった。
 あ、でも、みんながいる前でテープのやり取りはこれまでしなかったのに。
 ふと疑問に思ったけれど、きっともう周りに隠す必要が無いと千夜さんは思ったに違いない。僕も恥ずかしかったりイッコーを見返してやろうと思う気持ちでずっと内緒にしていたのも、もうどうでも良くなってしまった。
「何ソレ?新曲のテープ?」
「かな……、使うかどうかは聴いてみないと判らないけど……」
 キュウちゃんが僕のそばに来て覗き込んで来たので、はぐらかし答えておいた。イッコーも目線をこちらに向けただけで何も言わずにビールを飲み、黄昏も興味が無いのか言及して来なかった。思ったほど反応が無く嬉しいような、寂しいような。
「あっ、そうそう。忘れてた忘れてた」
 僕の隣でテープを眺めていると、突然キュウちゃんが何かを思い出した。みんなの視線が彼女に集中する中、嬉々とした顔で尋ねて来る。
「ねえねえ、せーちゃん達ってば、『days』の音源って作らないの?」


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