053.チェインギャング
「あ、また止まった」
僕が小声を漏らすと、黄昏が恨めしい視線を向けて来た。何も言わずに手元のギターに視線を落とし、フレーズの頭からストロークを弾き直す。心の中で胸を撫で下ろし、僕は白いシーツの敷いたベッドの上に座り練習を続ける黄昏を、床に腰を下ろし見つめていた。
キュウちゃんに勧められたのをきっかけに、バンドにもう一本ギターを増やす方向で黄昏に教えてもう3週間。進むべき道がしっかり見えたおかげで、停滞していたバンドもまた流れ始めた。と言ってもその流れは大きく違う。
「なあ青空」
『夜明けの鼓動』のコードを何とか最後まで弾き終わると、黄昏が僕の顔を見た。
「ん、何?」
「いや……何か、全然違ったなと思って」
肩を竦め溜め息をつくと、膝に構えていたエレキギターをベッドの上に置いた。
「そうだね。あの二人と出会ってから随分バンドの雰囲気も変わったもんね」
「いや、そうじゃなくて」
てっきりキュウちゃん達のことかと思ったら、否定された。
「青空、おまえ」
「――かな」
前にも言われた気がする。実際、クリスマスライヴ前の大爆発をきっかけに何かが吹っ切れた感はある。でも時間も経っているので自分自身を顧みることはあまりしなくなった。それよりもバンドを転がす方が大切と思っているから。
毎日毎日自分がどうなのかを確かめた所で、一週間後には違う自分になっている。それだけの密度の濃さがここ最近にはある。だから自分が間違った道を進んでいないと思える限り、勢いに任せて突っ走った方がいいと思うようになったもの。
その点が言われれば確かに変わっているのかも。
「だって、あんなに女とペラペラ話せるなんて思いもしなかったからな」
「あー……」
と思ったら、そっちの方みたい。上手い言葉が思いつかず、すぐ言い返せなかった。
そこだけはあまり突っ込んで欲しくなかったと言うか何と言えばいいのか……。
「でっでも、実際『days』には欠かせない存在じゃない?あの二人」
ファンと言う垣根を飛び越え、僕達に大きな転機をもたらしてくれた。このままずっとそばにいるのかどうかは全然解らないし考えもできないけれど、キュウちゃんは確実にバンドを良い方向へ転がしてくれている。
「愁ちゃんだって、黄昏を鎮めるには欠かせないと思うしね」
「どう言う意味だよそれ」
僕の言葉に少し腹に来た顔を見せる。
こんな風に怒った時に、隣に愁ちゃんがいればすぐ不安そうな顔を見せるから黄昏も怒るに怒れない。千夜さんから腹の立つことを言われても、爆発することは無くなった。その分こうして二人で会う時に、腹に据え兼ねていた恨みを僕にぶつけて来るんだけど。
「あの子がいるおかげでバンドの雰囲気も随分良くなったじゃない。喧嘩もしなくなったしね。練習中はキュウちゃんの横でじっと観ているだけだけど、結構ムードメーカーだよ」
ここ3回の練習には全部顔を出してくれている。最初はキュウちゃんに無理矢理連れられ僕達のライヴを観に来た彼女も、今やすっかり気に入ってくれた。
「でも本当に気に入ったのは黄昏だけどね」
「何が?俺がか?よしてくれ、めんどくさい」
僕が付け足すように言ったら、つまらなさそうに言い放ち背中をベッドに預けた。
「いつ泣くかわからなくて大変なんだ。おかげでこっちのペース狂いっぱなしだ」
「あれ、違うの?てっきり興味あるのかと思ってたのに」
「俺じゃない。あるのは向こうの方だろ、多分」
邪魔臭そうに言うと、ベッドの上に置いていた毛布を頭の上に被せる。
「何だ、解ってるじゃない」
鈍感かと思ったけれどそうでもなさそう。愁ちゃんの目は本当にいつでも黄昏に向いているから、周りの人間は否応無しに気付いてしまう。本人に告げ口する真似は誰もしていないけれど、唄っている時の黄昏に向ける熱い視線と言ったらない。
「頼むから、俺のこの生活を壊さないでくれ……」
うんざりした声を上げ、黄昏は体を横に向け縮こまった。
「この生活って言ったって、愛着があるの?今みたいに暗闇に唄い続けるのが」
そう言って僕は部屋の白い壁を見た。殺風景な部屋なので壁は随分見えていて、僕が見た所で何の変哲も無いただの壁。でも黄昏には壁の中に暗闇が棲んでいて、ずっと自分を手招いているように見える。
例え自分が創り出した幻としても、『そこにいる』事実は変わり無い。
「隣に誰かいた方が、それも見ないで済むんじゃない?」
練習をさぼるようになっていたとしても、今も黄昏は唄に依存している。でも、もし誰かそばで見守ってくれる人がいたなら痛みも和らぐかも知れないし、新しい喜びを見つけられるんじゃないかな、と他人事みたいなことを考えてみたりする。
「……かな?俺には、よくわからないや」
力無い声黄昏が投げ出すと、体まで毛布を被せ包まった。
相変わらず出不精だし、面倒臭がりで誰かに言われないかしなければならなくなるまで洗濯も掃除もしない。料理だって教えてもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり。
唄がなかったら黄昏は真性の駄目人間と幼馴染みの僕でさえ思う。
「少しずつ僕達とも打ち解けてくれてるでしょ?敬語も出なくなったし」
「あれは俺が怒鳴ったからだろ」
確かに。
『丁寧語ばかり使われると、気分悪い。そんな目で俺達を見るな』
2回目の練習の時、演奏の感想を訊いていた時に黄昏が愁ちゃんに突っ撥ねて言った。目尻に涙を浮かべたので、周りから非道い目で見られ黄昏は仕方無く謝っていたっけ。
「でも意外と話し易いよ、いい子だし。黄昏ももっと話せばいいのに」
「おまえ等が無理矢理ミーティングに引っ張っていくんだろうが、俺を」
すっかりふて腐れている。ちょっとおせっかいが過ぎたかな?
でも僕としては、二人がくっついてくれるといいなと思っていたりする。さすがに今の僕と黄昏の関係が延々続くなんて有り得ないから、やっぱり親心に自立して欲しい。
「もうこれからは前までみたいにすぐ帰らせないからね。今は大切な時期なんだから」
「勘弁してくれ、マジで」
毛布の下から苦虫を噛み潰した声で喚く。でも今は好き勝手にさせる訳にはいかない。だからこうして黄昏の家にも昔みたいに遠慮無く足を運ぶようになったし、自分の練習時間を割いてまでギターも一から教える。下手だけど。
「そんなに俺じゃないとダメか?」
「うん」
即答する僕。
「そこまでしてバンドやらないとダメか?俺」
「うん」
間髪入れず頷く僕。
「ちょっと俺、くたばってたい」
「駄目だってば〜」
毛布を引き剥がそうとすると、黄昏に強く掴まれ抵抗された。
「浮き沈みが激しくて疲れるんだ。バンドの調子が上がって来たのは嬉しいけど……」
小声のその言葉に僕が気を取られた隙に、毛布を勢い良く引っ張りロールケーキみたいに体に巻きつける。僕は肩を竦め、座布団の上に座り直した。
「それは僕も否定はしないけどね」
疲れを感じないくらい毎日動き回ると、ふと気を抜けば夢の中へ引きずり込まれそうになる。しかしその感覚が妙に心地良い。
「でもみんながいがみ合ってた頃に比べたら、何ともないよ。楽しいもの」
この時を待ち焦がれ、どんなに辛く苦しくても投げ出さずにやり通したんだ。長かったトンネルの時期だって、僕の中では早くもいい想い出に変わっている。
次またいつ歯車が噛み合わなくなるか分からない。それならできる内にコマを進めておこう。同じ失敗を繰り返さないように新しい武器を身につけよう。
そして新しい曲を届けていきたい。大切な人達へ。
「唄わなくてベッドの上で転がっていたら、きっと後悔するよ。何もしないって言うのは本当につまらないから。楽だけど、嬉しいことも辛いこともないし。できることがあるって言うのは思ってる以上に幸せなことだよ?」
「……そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
黄昏には解らないと思うけれど、僕は痛いほど経験しているから。
『mine』を創り終わった後、黄昏と出会うまでの半年間。高校卒業と言う人生の中では大切な節目であったはずなのに、あの頃は本当にもぬけの殻になっていた。
自分の力で初めて得たもの。それはこれからの人生だったはずなのに、僕は何をすればいいのか分からず、ただ途方に暮れていた。
同じように部屋に篭もっていても、唄うことで喜怒哀楽を感じ続けた黄昏と、ただ怠惰に時間を貪っていただけの僕とじゃ得て来たものの多さが遥かに違う。
黄昏と再び出会い、新しい目的を見つけるまでに長い時間かかった。そのきっかけをくれた黄昏に心から感謝している。
「僕と同じ目に遭って欲しくないんだ、黄昏にはね」
「…………」
結局の所、それに尽きる。新しい出会いもある中で、せっかく何かが変わり始めようと言う時に自分から放棄するのは勿体無さ過ぎる。たった2回しか会って話をしていない柊さんだって、僕にとってはとても大きな支えになっているんだから。
「もっともっと、他人を頼っていいと思うよ。頼ると言うのか……依存するって言えばいいのかな。自分一人の足だけで立とうとしてるでしょ、黄昏って」
「そんな気は――ない、けど。どうなんだろ」
おそらくと言うかやはり、黄昏はそんなことを考えたことすら無い。でも無理もない。両親はいないし、育ててくれた叔母さんにだっていつも迷惑をかけたくないと思っている。
頼れる者が誰一人いなかったからこそ、たった一人で唄い続けたんだろう。それに全ての望みを賭けて。だからこそ黄昏の唄声は力強く、聴く人の胸に突き刺さる。
「でも今はちゃんと言うようにしてるぞ。おまえに心配かけたくないから」
「うん……それは有り難いけど」
何気ない台詞が心に染みる。その言葉を噛み締めながら、反論した。
「僕やみんな、バンドを頼ろうと言う気持ちは全然無いでしょ?」
黄昏は強い。すぐへこたれる僕とは違い、一人で立っていられる力がある。
でもその為に誰かに寄り添うことを知らないんじゃないかって、思うんだ。
「……かも。そうかもな。俺にはわからないけど」
肯定も否定もせず、質問の答えを返した。
僕達の演奏に後押しされ、ステージの上で目の前の人達に向けて堂々と唄う。それで黄昏自身も救われて来た。再会した頃と比べると一目瞭然で、随分顔色が楽になっている。
けれどその目の輝きは、最初から強い生への執着心で満ち溢れていたんだ。
「黄昏」
「わっこら、乗っかるなっ」
僕は横になっている黄昏の体をこちらに向け、毛布をどかして顔を出させた。逃げられないように馬乗りに跨って、顔を近づける。
「わーこら何だおまえ、やめろやめろやめろやめろ」
逃げ出そうと懸命に手足を動かそうとしても、包まった毛布が仇になり身動きが取れない。頬を引きつらせ、僕の顔を見ていた。
「黄昏――」
「……な、ナニ?」
泣き笑いの顔で上ずった声を出す黄昏。観念したのか身を強張らせている。僕は構わず黄昏の頭の後ろに両手を回し、顔を近づけた。
「目を見せて」
「――めめ目?」
「閉じてちゃ判らないよ。ほら」
「あ、ああ……」
僕に襲われると勘違いしていたのか、黄昏はどっと疲れた顔を見せた。いくら僕でも男らしくなった黄昏を襲う真似はしない。女の子らしかった昔の頃なら――と考えてみようにも、女の子になった黄昏なんて想像もつかない。特に性格が。
『…………。』
至近距離で黄昏の目を見せて貰う。こちらの目を見て反らさないようにして貰っても、照れのせいかどこか焦点が合っていない。
「はいOK」
しばらくそのまま見つめ合った後、僕は黄昏の上から退くと座布団の上に戻った。本気で襲われるとでも思っていたのか、後ろで盛大な溜め息が聞こえる。少し心外。
「何だ何だいきなりっ」
「何って、相変わらず綺麗な目をしてるなーって」
「そんなの普通に話しててもわかるだろっ」
「そうなんだけど」
でも、奥の目の輝きまできちんと確かめてみたかったから。
「あー喰われるかと思った……」
口で大きく息をしながら、黄昏は体を起こすと肩を落とし隣のリビングへ歩いて行った。閉め切っていた扉を開けると、隣で練習していたイッコーのベース音が飛び込んで来る。今日は明日の練習に備え、黄昏の家に泊まり込みで3人揃って音合わせをしていた。
「どー調子は?うまく行ってっか?」
「俺寝たい。眠い。集中するから神経擦り減る。疲れる。襲われる」
最後のは余計です。
隣でイッコーと2,3話した後、黄昏が口元を濡らし戻って来た。台所へ喉を潤しに行ったんだろう。扉を閉め、またベッドの上に横になった。
「何の話してたっけ」
「――何だったっけ?」
僕も忘れてしまった。後で思い出したらその時話の続きをしよう。
「くあ。マジ眠い。死ぬ」
黄昏はうつ伏せで全身の力を抜き、死体みたいに転がっている。部屋の角に備え付けてある小さなTVの上のデジタル時計は、午前1:59を指していた。と思うとちょうど表示が変わり、時刻が2時になる。僕もバイトの後にそのまま来たからとても眠い。
「何時に寝たの?」
「知らん」
きっぱりと言われてしまった。日時を確認するのは相変わらず嫌いみたいで、自分から知ろうとしない。緑文字のデジタル時計を選んだのも秒針の音がしないかららしく、僕達が家に来た時は必ず時計が見えないように後向きに置かれている。
「時間に生かされてる気がして嫌いなんだよ。好き勝手にさせてくれ」
と言うことらしい。
「でも体内時計まで狂っちゃってるじゃない。1日何時間寝てるの?」
「さあ……?眠い時に寝るから」
睡眠時間を削ってまで曲創りや練習に励んでいるこちらが馬鹿らしくなります、ええ。
「ギターしんどい。よくそんなの弾けるな」
シーツに埋めた顔を横に向け、黄昏は床に置いたエレキギターの方を眺めた。
「僕だって弾けるなんて思ってなかったよ?それに才能なら黄昏の方が上じゃない?」
「んなわけない。絶対ない」
「でも僕達が横にいない時って全然弾いてないでしょ?」
「もち」
ちょっとばかり悔しくなったので、黄昏を布団に見立て、枕を掴み何度も叩いた。
「んな事言ってもイッコーが毎日教えに来てるだろうがっ」
僕の手からすかさず枕を引っ手繰り、頭の部分に持って来て顔を埋める。
「でも楽に押さえられてるじゃない。Fだって簡単に弾けたし」
大抵の人は人差し指で全ての弦を押さえるFコードが鳴らせなくてギターを挫折する。幸い僕の場合はきっちりと隙間無く押さえる癖があるせいか、さほど苦労はしなかった。
「単に指に肉ついてないんだよ。骨で押さえてるだけだ」
「そうなの?」
うつ伏せのまま横たわっている黄昏の左手を取り、指を確かめる。僕みたいにエラの部分が大きい蛙みたいな手と違い、指が長くて皺も少なく、女性みたいな手付きをしている。
同じ人間でもこうも違うものなのかと思うと、何だか泣けてきた。
「でもこのままいけば次のライヴには間に合うんじゃない?いけそうだよ、見てると」
「恥かいても知らないからな」
他人事みたいに言ってのけると、僕の掴んでいる手を払った。
でも、本当に僕よりも才能があると思う。ノートに自分専用の楽譜を創っていたくらいだから、リズム感はあるし音階の違いをちゃんと理解出来ている。本人にやる気は無くても集中してやれば、あっと言う間に僕に追いつくと思う。
僕なんて今でも音階を掴むのは一苦労するのに。
「いけると思ったら他の曲も試してみるよ。今の所は次のライヴで演る曲だけね」
「ひー」
「それに上手くなれば少しずつ細かい指示も出して行くからね」
「あーもーそれ以上言うな。気が滅入る」
僕の忠告がうんざりなのか、顔を埋めていた枕を後頭部に被せ耳を塞いだ。自分でもいろいろ深く突っ込み過ぎと思っても、これが僕の性格だから仕方無い。
「酒飲みたい……」
「駄目だよ、練習終わるまで。あんまり頼り過ぎない方がいいよ」
結構黄昏はお酒を飲む。大体1日500mm1缶くらい。酔いが回り何も考えられなくなる瞬間が好きみたいで、常日頃から考え過ぎな面があるから飲みたくもなるんだろう。
「他に意識ふっ飛ばしてくれるものってないかな……?」
「クスリは駄目だよ、絶対」
「後遺症があるんだろ?苦しいのは嫌だ。それに注射大嫌い。打たれるぐらいなら死を選ぶ」
……どうやら僕の心配は杞憂に終わったみたい。
「じゃあ女の子とでも仲良くなれば?気持ちいいんでしょ、女性の中って」
「SEXもした事ない童貞が言うな」
ごめんなさい。下ネタだらけのイッコーと一緒にいるから移ってしまったみたいです。
「これでも今は黄昏よりは女の子と話してるとは思うけど……」
ちょっとだけ負け惜しみ。柊さんがまだここにいてくれたらと、今でも未練たらしく思う。向こうに気があったのかただの憧れの人と見ていたのか、それは判らない。
「黄昏はあの子達のこと、どう思ってるの?」
話していて少し気になったので訊いてみることにした。
「どうって?」
「――やっぱりね、キュウちゃんのこと信じてないと練習にも身が入らないと思うし。どうしても音や唄にそれは出てくるしね」
途中で照れ臭くなったので話題をずらす。でもこの件も訊いておけば後々役立つだろう。
「キュウのことか?」
黄昏は訊き返し、体勢が辛くなったのかうつ伏せから仰向けに変える。
「好みじゃない」
天井を見上げながら、ぶっきらぼうに言い切った。少し、胸が締めつけられる。
「――それって、千夜さんと同じってこと?」
恐る恐る訊いてみる。またそこで何か問題が勃発するのは見たくない。
「いや。単に女として。あいつやかましいから。うるさい女は嫌い」
何だ。ほっと一安心。
「べとべと付きまとってくるしな。でも――いい奴だってのは俺にもわかるよ」
「――そう」
嬉しかった。キュウちゃんに対し一番否定的なのは黄昏だったから。
「悪い気はしない。あいつはあいつで、俺達の事を考えて言ってくれてるんだなってのがちゃんと伝わってくるから。的得過ぎて腹立つ時あるけどな」
僕も似たような気持ちを黄昏に味合わせていると思うので、それにはノーコメント。
全面的に信頼し過ぎるのはまだ早計だろうけれど、やっぱり何事も信じていないと始まらない。黄昏みたいに内面が前面に出る歌い手なら、特に大切なことだから。
「ただのミーハーなら蹴飛ばしてとっくに追い返してただろうけどな」
「蹴っちゃ駄目だよ、もう。前に千夜さんだってグーで殴ったでしょ。いけないよ」
こればかりはきつく咎める。女の子にだけは手を上げちゃいけないと子供の頃からずっと思って来たし、ガキ大将だったからそう言う相手を見るとすぐ仕返しをしていた。
「女だろうが嫌いな奴は嫌いなんだ」
「だけどモラルはちゃんと持たないといけないでしょ?」
「……わかったよ。なるべくそうする」
黄昏は言い返したかったみたいだけど、言葉を飲み込み体を横に倒した。でも千夜さん相手ならまた殴りに行きそう。あいつ女じゃないからとか言って。
「ねえ、愁ちゃんは?いい子だと思うよ」
「〜〜〜〜、言っただろ、興味ないって。いちいち茶化すな、おやすみ」
不機嫌そうに答えると、毛布で頭を包め強制的に話題を終わらせた。そのまま夢の中へ突入する。2時間程マンツーマンでみっちり教えていたし、その前にもイッコーとずっと合わせていたから今日はもういいだろう。そっと寝かせておこう。
僕は黄昏の使っていたイッコーのエレキギターやその他必要な荷物を持つと、台所へ移動した。部屋の電気を消す頃には、黄昏の規則正しい寝息が聞こえて来た。