057.海を探す
「おねーさまおそーい」
キュウちゃんが頬を膨らませぶりっ子振るのを無視して、来たばかりの千夜さんは通路を挟んだ僕達の横のテーブルを選び腰掛けた。
「私だって忙しいから遅れる時もある」
早速備えつけの灰皿を用意し、煙草を取り出す。今日も相変わらず中央で分けた横跳ねの黒髪と、お揃いの黒づくめの上下が良く似合っている。少し機嫌が悪いみたいだけど、ここしばらくは最悪の時期みたいな触れば爆発するような張り詰めた緊張感は薄れていた。
「11時から?後一時間、か」
遠くのドリンクコーナーの壁際に見える時計を眺め千夜さんは溜め息をつく。朝が早いから疲れているのかも知れない。僕の左隣に座る黄昏も眠そうな顔を見せていた。
「でもこーしてスタジオ入る前にどっかで話すってのも初めてだわな」
両腕を広げ斜め向かいのソファを占拠しているイッコーが店内を眺め回す。
「それを言うならこうしてみんなでファミレスに入るのも初めてだけどね」
周りの四人の顔を一人一人眺めながら僕はしみじみと言った。黄昏の反対側に愁ちゃんが座っていたけれど、今はお手洗いに行っていて空席。
「まーでもこんな朝っぱらからやる気しねーよなー実際」
大きなあくびを出すイッコーを横目で見た千夜さんが、呆れた顔で視線を反らす。
「俺も眠い。帰らせてくれ。寝る」
同じく眠気まなこの黄昏がだるそうにテーブルに体を預けた。
「ねーねーおねーさま、コッチ来ないの?ココ空いてるのに」
僕の真向かいに座るキュウちゃんが横のソファを叩いてみせる。8人分の席を5人で使っているからちょうど隣は空いていた。ソファが3、椅子が2。
「ここの方が落ち着く」
一瞥くれ、千夜さんは注文を取りに来た女性の店員さんにブラックコーヒーを頼んだ。お互いの関係は以前よりも緩和していても、馴れ合うつもりは無いみたい。
「あ〜ん冷たい〜。それならアタシがそっちに行っちゃお」
すかさずキュウちゃんが自分のドリンクを手にソファに座ったまま横移動し、千夜さんの真向かいに行く。言っても無駄と思ったのか、千夜さんは何も言わず無視していた。
「春だからかな。凄い眠い」
「おめーが眠いのは丸々一年中じゃねーか、くあ……」
掠れそうな小声で呟く黄昏にイッコーが皮肉を込めて言う。でも本人も凄く眠そう。
「でも今日は凄く暖かいよ。後10日もすれば桜が咲くんじゃないかな」
右横のガラス戸の向こうに立ち並ぶ枯れた街路樹は、緩やかな風に拭かれその細い枝を揺らしていた。確かこの通りは桜並木のはずだから、もう少しすれば見頃を迎える。
「これでよーやくきわどい春服が着れるってモンですよ、ええ」
キュウちゃんが自分のシャツの胸元を摘み、親父臭く言った。白いフォトプリントの入ったロングTシャツで、海外のファッション街が映る胸元の写真が胸の隆起で伸びている。肌に張り付いているので、下着のラインまで浮かび上がっていた。
春でこの調子なら、夏はどうなるんだろう。
「せーちゃん嬉しい?」
「えっ?え、えっと……あんまりきわどいのは、目が耐えられないから……」
僕の視線に気付いたのか突然こちらに振って来たので、当たり障りの無い部分で答えておいた。千夜さんの方に不穏な空気が漂っている気がする。確認はしたくない。
「で、今日はなにすんだっけ?」
酔いどれたサラリーマンみたいな姿勢でソファにもたれるイッコーが、面倒臭そうにオレンジの髪を掻きながら訊いて来た。イッコーも今はすっかり薄着になっている。
「録音でしょ、録音。ちゃんと言ってたじゃない、前の打ち上げの時」
「そーだっけ?酔っ払ってたからあんま覚えてねーや」
「もう……」
この面子にはどうしてこう、お酒の飲み方が変な人が多いんだろう?僕は自分のグラスを手に取り、溜め息を水と一緒に胃の中に流し込んだ。
「録ろうって決めたのはイッコーじゃない。ちゃんとレコーディングしようって言ったの」
「あー。あれはだな、ライヴの周りがうるさかったかんなー。音源作れ作れーって」
言い訳するように答えるイッコー。その姿を見ていると、また溜め息が込み上げて来る。
「でも実際、この前のは予想以上に手応えがあったけどね」
「他のバンドみーんな食べちゃってたもん。メインでもなかったのに。スゴくない?」
キュウちゃんが目を輝かせみんなに訊いてみるけれど、興味が無いのか誰からも特に反応も返って来なかった。口を尖らせるその姿につい苦笑してしまう。
「演奏はあんまり良くなかったけどね。まだ慣れてない所がみんなあったから」
「まーでもいーんじゃね?勢いでガーッ!!っつっていけたんでおれ、気持ちよかったわ」
イッコーが笑い、空になったグラスの氷を眠気覚ましに口の中で音を立て噛み砕く。喉を鳴らして一気に呑み込むと、小さくゲップを出した。寝添べった黄昏が顔をしかめる。
「初期衝動が戻ったっつーかんじ?もっかいバンド始まったみてーだよな、なんか」
僕も同じ気持ちを感じていた。『days』を始めた頃みたいな、荒削りだけどスリリングなプレイができて頭の芯まで昂揚した。
これまで自分達で作ってしまっていた殻からようやく抜け出せた感じがする。羊水を浴びたまま、びしょ濡れの体でいる産まれたての子供のような気分。
「しばらくは同じ方向で一つずつ曲を固めるのがいいかもね。それより今日のことだけど」
しかし浮かれてばかりはいられない。せっかく軌道に乗ったんだから、地に足をつけ基盤を固めていこう。今度は後々のことも考え、同じ過ちを繰り返さないように。
僕は手を伸ばしメニュー横の呼出ボタンを押し、店員さんを呼ぶ。
「ねーねーCDにするの?売るの?くーっ、待ったかいがあったわ〜!」
「あほ。そんな金どこにあるってんだ」
握り拳を震わせるキュウちゃんを一刀両断し、イッコーはドリンクバーをおかわりしに行った。すれ違いに店員さんがやって来て、僕はおすすめのスパゲティを頼む。
「あ、アタシも同じの一つおねがいしまーす♪」
キュウちゃんも僕のメニューを見て手を上げた。下がって行く店員さんと入れ替わりに愁ちゃんが戻って来て、その後ろをイッコーが大股でグラス片手に戻って来る。
「お腹空いてたの、キュウちゃん?朝ご飯食べた?」
「まだよー。でもレコーディングって時間かかりそうじゃない?コンビニのパンですますのなんてヤだから、今のウチにおなか膨らましておくの。そーゆーせーちゃんは?」
「僕は昨日、夜疲れて何も食べてなかったから……休みの前はいつもこんな感じだよ」
「ヘーッ。じゃあさ、アタシが手料理作ってあげよっか?」
「自分でお弁当一つ作れないくせしてなに言ってんの、キュウ」
テーブルに両手をついて身を乗り出す所を、横から愁ちゃんが手痛い一発。
「前にお弁当アタシの分も作ってきてって言われた時、ホントどうしようかと思ったもん」
「だって愁ってアタシの家政婦じゃない?家政婦は黙って言うコトを聞くモノよ」
「あのね……。その日キュウ、4時間目まで来なかったっしょ?学校休んだら絶対怒ってやろうと思ってたんだから。無駄にならなくてすんだけどさ」
「朝帰りだったのよ。そのままベッドに潜りこんで、気づいたらもうすっかり遅刻だもの」
「遅刻する時間あるんならお弁当ぐらい作ってよ。二人分作るのって大変なんだよ?」
「だってアタシ料理作るのニガテなんだもーん」
それなのに僕に言い出したのか……。愁ちゃんもさすがに呆れ、肩で溜め息をつく。
「今度新しく見つけたお気にの店教えてあげるわよ。オイシーんだこれがまた」
「探し回る暇があるなら手料理の一つでも覚えてよー、もう……」
「だって不器用だものアタシ。アッチ方面は得意だけど」
そう言って右手を掴む指の形でいやらしげに上下に動かしてみせる。隣の愁ちゃんは顔を真っ赤にして俯いていた。今日も朝っぱらから暴走しています。男よりタチが悪い……。
千夜さんに目を向けると、僕達を完全に無視し運ばれて来たコーヒーに口をつけ、今日録音する曲目のパートを記入した紙に視線を落としていた。付き合い切れないんだろう。
「おれが料理教えてやろーか?中華しかできねーけど」
「イッコーに教えてもらったら男クサいモノしかできなさそ〜」
「しゃーねーだろ、男なんだしよー」
ふて腐れるイッコーを見てキュウちゃんがにやけている。その合間に挟まる愁ちゃんが困った顔で笑みを浮かべていた。
出会った当初と比べ、愁ちゃんは随分固さが抜けた。まだ僕達に対しては若干物腰が固くても、キュウちゃんとやり取りする時は無防備な顔を見せてくれる。
「ほら、寝てちゃだめだよ。起きないと話できないよ〜。起きて〜、起きてってば〜」
それと、黄昏に接する時は。
「ちゃんと起きてる。聞いてるから問題ない」
「それじゃみんなが困るのさ〜。ほらほら〜」
テーブルに突っ伏す黄昏の肩を揺する。そんな二人の姿を見ていると微笑ましくなる。
「わかったわかった。だから揺するな、気分悪くなる」
黄昏は不機嫌そうな顔を浮かべて体を起こすと、白いYシャツの襟を直した。ステージ以外でも普段から衣服は無地の物を愛用している。そう言えば僕達全員、普段着のままいつもステージに立っているんだっけ。なのに凄い個性が出ている。
僕は自分の着ている服に視線を落とした。まんま大学生。柊さんに言われてからは着る物に気を遣うように心掛けているとは言え、貧乏だから新しい服は簡単に買えない。ライヴの売上とかでお金ができるとどうしても機材や楽器の消耗品に回してしまうから……。
愁ちゃんの衣服は可愛い系の女性ファッション誌みたいな格好で、シンプルだけどカラフルに着こなしている。今日はターコイズブルーのパーカーに、赤のスウェット。深緑のスカートはデニムのミニスカートのキュウちゃんと違い、膝が隠れるほど長い。
「どーしたん?しみじみとした顔しちまって」
「うん……違う色の人ばかりが集まっているテーブルって、結構凄いなって思って……」
姿格好だけじゃ無く、性格まで全然違う。例外はあるけれど、それを結び付けている『days』と言うバンドが改めて凄いなと思うと同時に、不思議に感じた。
人と人との出会いって、そう言うものなのかも。
「それじゃ、始めようか。このまま話してるとそれだけで終わっちゃいそうだから」
「同感」
イッコーが強く頷いている。僕は鞄の中から歌詞の紙を用意し、テーブルに広げた。
今日叔父さんのスタジオで録音するのは、前のライヴで披露した6曲。
「まー、できあがってる曲からやるのがふつーだろーなー。聴くほうもわかりやすいし」
新曲3曲、既存の曲3曲。テープにしておよそ25分程。正確な秒数までは判らない。
「2時間で録れるモノなの?レコーディングってスゴく時間かかる印象あるけど、アタシ」
何ぶん部屋を借りれた時間も少ないから、一発録音が基本になる。
「今は丁寧にまとめるよりも、音源を残す方が重要だからね。一つずつ楽器を重ねて行く方法でやるより、普段のライヴみたいに一斉に合わせる方がやり易いよ」
スタジオ代も馬鹿にならないので、手早く安上がりに仕上げたい。
「間に合わないなら『N.O』に行けば、多分開いている。今日は私、時間があるから」
千夜さんもそう言ってくれているし、残った曲は後で移動して録ろう。
「こういうのって、やっぱり一気に録るのがいいんですか?」
「その方がいいと思うよ、こうした録音の仕方なら。勢いがあって」
「次また出てくるの、めんどくさい」
黄昏みたいな意見もあるので、出来るだけ1日で終わらせる方向で。
「失敗したら?頭からやり直しか?それって凄く大変だと思うけどな、俺は」
「なーに心配してんのよ。よっぽどダメじゃない限りいいんじゃない?いつも通りやればいいのよ、ドーンと。練習と変わりないんだから」
「俺、まだギター始めて一ヶ月なんだぞ……」
頭を抱えている人もいるけれど、ちゃんと楽器毎にマイクを立てるだけで普段練習用に録音している時とやることは変わらない。
「レコーディングの仕方って、わかる人いるんですか?」
「だいじょーぶだって愁ちゃん。おれができっから。スタジオのスタッフ呼んだらマジ金かかるんだわ。今回ちゃんとしたやつじゃねーから俺の知識くれーで十分よ」
「凄いな、あたしには全然わかんないや……」
得意気に鼻を高くしているので、細かい部分は全てイッコーに任せよう。千夜さんも別のバンドで何度もレコーディングはしているから、分かる部分もあると思う。
「もう少し演奏が固まってからの方がいいと思うけれど」
「この一ヶ月、十分練習して来たからいける気はするけど……。どうせ売り物でもない身内や周りの人に聴かせる為の物だし、今日は実験的な意味合いも含めてね」
「……何も無いよりはマシ。そう言う事」
千夜さんが自分に向け小声で納得する。記念碑としても一応でもいいからまともな音源を残しておきたい気持ちはあるし、いい意味でも悪い意味でもこれからの為にも。
てきぱきと本日の方針を話し合いで固めて行く。メンバー以外の女の子がいるおかげで新たな視線が入り、意見に事欠かない。黄昏は相変わらず眠そうな顔をしていたけれど、時折鋭い指摘を入れて来るので話が締まっていい方向に向かう。
こうして面と向かい合い意見の言い合える状況が、とても幸せに感じる。今僕は、人生の中で一番充実した季節を迎えているように思えてならなかった。
「そーだおめー、ギター買えば?おれんばっか使ってねーで」
「まだ続けるって決まってないだろ。安い物でもあるまいし」
「え、ギターって、そんなに高いの?てっきり5万円くらいだと……」
「まーピンキリだな。高けーのは7ケタ行ったりすっけど」
「はーっ、すごいんだ……全然想像つかないな……」
「でもおめー全然ライヴの稼ぎ分使ってねーだろ?それ回せばよくねー?」
「待て待て待て。何でそこまでおまえに決められなけりゃならないんだ」
「こないだのライヴメチャ客入ってたじゃねーか。余裕で買えんだろ」
「本気で思っているの?馬鹿な奴」
「だーもーおめー横から入ってくんじゃねー!!」
僕とキュウちゃんは運ばれて来たスパゲティを食しているので黙って周りのやり取りを眺めている。そう言えばここ最近、千夜さんの言葉遣いが以前よりも女性らしくなっているのに気付いた。二人が入って来たおかげで警戒心が解けているのかな?
「ねえねえせーちゃん。そっちのと交換しよ」
暴れているイッコーをよそに、キュウちゃんが顔を伸ばし頼んで来た。
「交換?でも、それって……」
言葉が詰まったのは、恥ずかしさだけのせいじゃない。差し出して来た手の中のお皿にあるのは、僕と同じメニューのスープスパゲティだから。
「ダメ?」
赤縁の眼鏡越しに潤んだ目でおねだりして来る。僕はゆでダコみたいに耳まで真っ赤になって、動けなくなってしまった。か、可愛い……。
「あーっまたやってるーっ。キュウ、ダメだってばー!」
イッコー達に気を取られていた愁ちゃんがこちらに気付き、横から慌てて割って入った。
「ちょっと愁、ジャマしないでよ」
「ホント見境いないんだからー。相手は男の人だよ!?困るに決まってるじゃないのさ」
「なによー。だから余計にいいんじゃない。好きなんだからこーするの」
「ダメダメダメダメ、絶対ダメーっ!少しくらい分別わきまえてよーっ」
テーブルの向かい側で言い争いが始まってしまい、僕はフォークを手に固まっているしか無かった。4人の視線が二人に注がれている。
「チェーッ。ケチなんだから愁は。いーじゃないベツに……フーンだ」
結局押し込められる形で、泣く泣くキュウちゃんが引き下がった。拗ねた顔で口に運んだスパゲティを噛み締めている。
「ホントごめんなさい。後でちゃんと叱っておきますから」
愁ちゃんが何度も僕に頭を下げて来る。謝るように小声で言うのをキュウちゃんは無視し、お皿の中身を食べ続けていた。
「あ……いいよ。僕もどうしたらいいのか、判らなかったから……」
周りに誰もいないなら、もしかすると甘えに負け交換していたかも知れない。つくづく自分の尻の軽さを思い知らされた気がする。
「キュウってば、他人の食べてるもの口にしたがるところがあって。あたしもよく、お弁当の中身取られてるもん。一口で食べ切れないものから重点的に」
「だっておいしそーなんだもーん」
そっぽを向いたキュウちゃんが拗ねた口調で声を張る。
「でも、同じ種類なのに……」
「いっつもキュウって一番最後に自分のもの頼むの、誰かと同じもの。そうやって誰かの口のつけたものばかり狙うんだもん。ホントやらしいんだから」
「ホラ、隣の芝生はよく見えるって言うじゃない?」
ちょっと意味合いが違う気がします。
「前なんて一緒にラーメン食べてたら、ちょっと目を離した隙にあたしの残したスープ飲んでたんだよ。自分の分半分も残してるくせに」
『…………。』
心なしか、僕達4人との座席の距離が離れた。
「やーねーもう!どーしてみんなそんな目でアタシを見るのよー!?」
「見るだろふつー」
「俺もそう思う」
「見境無さ過ぎ」
「僕もそこまでは、ちょっと……」
子供の悪癖と同レベルのような気がする、キュウちゃんのその性癖は。
「ほらね。今後ちゃんと気をつけてよ、キュウ」
「アンタに勝ち誇った顔されるとさすがに悔しいわ……」
周りの同意を得られなかったキュウちゃんがテーブルの上で熱い拳を握り締めていた。
ともかく全部食べ終え、テーブルも広くなった所で少し討論。
ここからスタジオまでは5分もかからないからもう少しゆっくりしていられる。お腹が膨れてちょっと眠いけれど、空腹で集中力が途切れるよりはいい。
「『ありふれた唄』とかやり直さないの?アタシ、アレ好きなの。次の候補曲にしてよー」
「それはこれから考えるよ。ライヴでよく演奏する曲から優先的に変えていきたいのもあるし。思い入れがあり過ぎて後回しにしたい曲もあるし……」
ファン意識丸出しのキュウちゃんの意見もだけじゃなく、もっと周りの意見を聞いてから決めたいと思う。『幸せの黒猫』みたいになるべく手を加えたくない曲もあるし。
テープが完成したら柊さんにも送ろう。あいにく今回は『黒猫』は予定には無いけれど、練習の音源だけでもおまけで入れておきたい。後で気分転換と称し、かけ合ってみよう。
「『街灯』とか『シリウス』は?あれ結局ボツのままにすんのか?」
「うーん、僕としてはあんまりやり直したくはないんだよね……。それなら同じ感じの物でもう一度別に新しく組み立てた方がいけると思うし――」
今となってはタイトルを聞くだけでも恥ずかしいものがある、没曲の数々。ライヴで一度合わせてみただけだったり、詰めの段階で放り投げたり、様々な理由で放棄した物達。
「何ならイッコーが書き直してみる?自分で唄えば全然別物になると思うよ」
「えーっ。どーだろ。……ま、考えてみるわ」
上手く逃げられてしまった。いいアイデアだと思ったのに。
「青空」
不意に横から千夜さんに名前を呼ばれ、そちらに顔を向ける。
「この曲、本当にやるつもり?」
右手に吊るした紙には『小さなメロディ』の歌詞が書かれていた。おそらく、ほとんどまともに合わせていない曲を録るのは無謀と思っているんだろう。
「『小さなメロディ』はあまり合わせてないけど――それが却っていい方に転がるんじゃないかな?その場の空気とかも一緒にパッケージングしたいんだよね。本当なら、失敗無しの一発勝負で行きたいんだけど、どうかな?」
「いやそりゃいくら何でも無理だろー」
間髪入れずイッコーから駄目出しされた。
「でも、ライヴは上手く行ったじゃない?たった1日合わせただけなのに」
すかさず僕が言葉を返すと、どもって何も言えなくなる。
「前にオルゴール持って来て、みんなに聞かせたでしょ?あの感じを覚えていれば、多分上手く行くよ。さすがに大失敗した時は有無を言わさずやり直すけどね」
それなら、とイッコーは渋々納得し引き下がった。
一発勝負で行くことで、大切なのはお互いの呼吸。そこでみんながどれだけ仲間を信頼しているかが出ると思うんだ。まだしこりが残っているようなら上手く行かないだろうし、そう言う人間関係の部分も確実に音に現れる。
それを確かめる意味でも、この曲だけは特別な気持ちで望みたかった。
「おれ、この曲嫌いなんだけどな」
黄昏がグラスの入った水を傾けて苦い顔で呟くと、場の雰囲気が少し悪くなった。
「またそんなこと言ってるー。たそだけだよ、嫌だって言ってるの」
ストローから口を離し、愁ちゃんが少しきつめに注意した。
「嫌なものは嫌なんだ。それに俺、自分の声も嫌いなんだ」
「もー。ここまで来てみんなを困らせないでよ。たそがいないと始まらないじゃないのさ」
この急速の仲の寄りようは何だろう、と問題を置いておいて考えてしまうのは僕だけ?
普段から誰にでも対等に接する黄昏だから、近寄り難い部分をクリアすれば短期間で親密になれるんだろう。元々他人を惹き付ける魅力が多分にあるもの。
「青空さんも注意して下さいよ。今になってやる気なくされても……」
「え、あ、うん……」
それよりも、愁ちゃんの黄昏と180度違う対応にちょっとがっくり来てしまう。この面々の中でも一番年上だし、当然と言えば当然なんだろう。
「前々から言ってたけどね。それに誰だって自分の声を外から聞くと変に聴こえるものじゃない?もうそればかりは慣れてしまうしかないよ」
「あっさり言うな……」
黄昏はうんざりした顔で一気にグラスの水を飲み干すと、席を立った。
「どこ行くの?帰っちゃ駄目だよ」
「トイレ」
僕の顔も見ずに肩を怒らせフロアを歩いて行く。でも黄昏の気持ちも分かった。
暗闇と戦う為にずっと聴き続けて来た自分の唄声。嫌になるほど耳にしているから、形として自分の声が残ってしまうのは許せない。おそらく黄昏はそう思っている。
唄うことそのものが武器であり自分を保つ為の手段で、自分の声を聴くことは関係無い。メロディで頭蓋骨を揺らし共鳴させるのが重要で、他のことには気にかけていない。酔いしれる顔を見せる時もあるけれど、別に唄う自分を見ている訳じゃない。
歌に、メロディそのものに心を集中しているんだ。
「大丈夫だよ。ああ言っても言うことは聞く方だから。頼まれごとに弱いんだ」
と言うより、僕の頼みに弱いと言った方が正しい。
「何だかんだ、あいつやる時はビシッ!っと決めっかんなー。もちっと普段からやる気出してくりゃーいーんだけど」
イッコーが黄昏の去って行った方を眺め苦笑した。
「けどそれであんな歌唄えるようになってるんでしょ?いーじゃないやる時やってくれれば。そのヘンのパンピーヴォーカリストよりよっぽどイイと思うわよ」
さすがキュウちゃん、黄昏のことをきっちりと解っている。
「気まぐれなのは構わないけれど、迷惑をかけられるとこっちが困る」
咎めるように千夜さんが言い、メンソールの煙草をくゆらせた。
「とりあえず見守るしかないね。何かがきっかけで変わって行くかも知れないし」
例えばそう、そこにいる栗髪の目の大きい女の子とか。
「そろそろ出てもいい頃かな。黄昏が戻って来るまで待って」
大丈夫。黄昏はきっと最高の唄声を聞かせてくれる。
あの曲には今の僕の気持ちがこれ以上無いくらいこめられているから。
きっとそれに気付いてくれる。僕と黄昏は心の底で繋がっているんだ。
「あーまぶしー!!今年一番の天気じゃない!?」
全員揃った所で勘定を済ませ外に出ると、肌を突き抜けるほどの眩い日光が地面を照らしていた。太陽の昇る空は一面水色で、雲の姿が360度見渡してもどこにも見当たらない。
「いよいよ春が到来っつーかんじだなー。よーやくおれの出番がやって来たわ」
イッコー的に冬は冬眠の季節なのかな?
「はぁ……でもこれからスタジオにこもるのね……ガックリだわ」
「せっかくだから海まで散歩したいよね。風も気持ちいいもん」
愁ちゃんの言葉に、僕の目は緩やかな坂の下りの先に広がる海に向いた。
ここから見てもはっきりと青と言える海の色。後もう少し近づけば潮の香りも漂って来るだろう。冬は凍えそうなその姿も今はすっかり穏やかに見える。
もし後で時間があるのなら、あの岩場へ行ってみたいな。
――ふと、僕の心の中を少女の姿が駆け抜けて行った。
そう言えば去年の今頃、あそこですれ違った女の子も今日は海を見ているんだろうか?
「どーしたのせーちゃん?あとで海、みんなで行ってみる?」
背中からキュウちゃんに声をかけられ、心が岩場に飛んでいたことに気付いた。
「え?ああ――早く終わったらね。千夜さん、『N.O』大丈夫かな?」
「さあ……無理なら他にも、スタジオならいくらでもある」
心強いような頼り無いような。
黄昏と愁ちゃんを先頭に、葉の無い街路樹の並ぶ右側の歩道を歩く。今日は車の通り過ぎる排気音さえも愛しく感じてしまうほど、世界は色輝いて見える。吸い込む空気も澄んでいて肺に染み渡る。
「あ、そうだ」
今の瞬間あの少女が脳裏を横切ったのをきっかけに、一つ思い出したことがある。
「ねえキュウちゃん。僕達、会ったことあるよね?」
「え?」
前を行くキュウちゃんが足を止め、僕を振り返った。
「ほら、前に言ってたじゃない、借りがあるって。昔会ったよね?2回程」
「〜〜〜〜〜〜」
あれ、違ったかな?間違っていたようで、だんだん気まずくなって来る。
「〜〜〜〜、あーおぞらーっ!!」
すると大声と共に、キュウちゃんが僕の胸に飛び込んで来た。あまりに勢いが良かった為にふらつき、横のガードレールにもたれる格好になる。
「ちょ、ちょっとキュウちゃん?」
戸惑う僕をよそに、感極まった顔で顔をすり寄せて来る。腰に手を回されしっかりと抱き締められているので、片手にギターを背負っていると外すに外せない。
前を行く4人が振り返り、何事かと僕達を見ていた。
「うれし〜よ〜。覚えててくれたの〜?」
猫みたいにじゃれついて、僕の顔を潤んだ目で見上げる。今日は外が明るい為、日光を受けたその顔の睫毛一本一本までくっきりと見えた。
「お、覚えてたから、この手、離して……みんな見てる……」
上を向きながら、掴まれた自分の胴回りを指差す。千夜さん達だけじゃなく周りの道行く人達もこちらを見ていたので、死ぬほど恥ずかしかった。まともに顔を見ていられない。
「イターい。何するのよ〜」
それでも離そうとしてくれなかったので、イッコーに無理矢理剥がして貰った。
一旦落ち着いてから、スタジオへの道の途中に話を続ける。
「ほら、去年の秋前に、会ったじゃない?確か、チケットあげたんだよね?」
「〜〜〜〜〜、えらいっ!さっすがせーちゃん、大好き〜♪」
「だから飛びつくなって」
「むぐ〜」
後にいたイッコーが、キュウちゃんを僕の体に触れる前に引き戻す。心強い護衛です。
「何なんだ一体」
何のことやらさっぱりと言った表情を浮かべ、呆れた顔で黄昏が僕達を見ていた。
「あたしもそれ、聞いたことないよ。ねえキュウ、教えて」
「ん〜、ま、いっか。本人が思い出してくれたんだからね」
出し惜しみにしていたい気持ちを吹っ切り、やれやれと肩を竦めた。
「夏の終わりにラバーズにライヴ観に行った時、チケット貰ったの。それは『days』のライヴじゃなかったけどね。前売り友達から買い損ねちゃって、当日券ってあるのかなーって店に行ったらちょうどせーちゃんが階段の下から出てきたのよ」
愁ちゃんも後に下がり熱心に話を聞いているから、前を行くのは黄昏一人だけになる。早く先に行きたい様子だけど、僕達がゆっくり歩いているので無理矢理合わせてくれた。丸まっている背中に哀愁が漂う。ちなみに千夜さんは一番後を黙々とついて来ている。
「その時アタシの手にライヴのチケット握らせてくれたの。悪いからちゃんとお金払おうとしたら、タダでいいからって言ってそのまま駅の方に走っていったのよ。いや〜カッコヨカッたわー。決めゼリフまでくれちゃってさ」
「何格好つけてるんだおまえ」
「えーカッコしー」
男二名からすかさず言葉のボディーブローが飛んで来た。
「違う違う!愁ちゃんもそんな目で見ないでったら」
千夜さんが無言で懐から煙草を取り出して咥える仕草が胸に突き刺さる。
「あれはイッコーが前に言ってたものの受け売りだよ。自分であんな台詞絶対考えないよ」
あの時のことを思い出すだけで顔が赤くなってしまう。
「人のせいにすんなよー。第一おれが前に何言ってたん?」
「アタシそのセリフ覚えてるわよー。『楽しんで行ってね。男の人ナンパするよりもずっと面白いものが見れるからさ』」
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!思い出した!!」
キュウちゃんの言葉を聞いた瞬間イッコーが足を止め、大声で仰け反りながら叫んだ。またまた通行人の視線が僕達に集中する。
「おめーあん時の女!!」
「思い出した?」
「あーもーちっくしょーそーゆーことかよったくもーどーりで……」
力無くよろめき隣のガードレールで腕を踏ん張るイッコーを見て、キュウちゃんは唇を真横に満面の笑顔を見せていた。ようやくイッコーも解ったみたい。
「どういうこと?なんのことだか全然わかんないよ」
愁ちゃんがキュウちゃんの横に行き、顔を寄せて尋ねてみる。
「実はその前の年にも会ってるんですねコレがまたー」
「そーだよったく、まさかおめーだったなんて……」
ショックが大きかったのか、イッコーはまだ足を踏ん張れていない様子でいる。
「勝手にやってろ」
付き合い切れなくなった黄昏が吐き捨て、一人先を行く。
「ナニ言ってんの。アンタだっていたじゃない、隣に」
「嘘っ!?」
背中に声をかけられると目を丸くして振り返った。
「寝てたけどねアンタ。そもそもアタシ、最初にアンタ目当てで声かけたんだもん」
「ちょっと待てちょっと待て。一から説明してくれ」
黄昏が戻って来て事情を尋ねる。千夜さんは何も言わず、ただ後で煙草を吹かしていた。
キュウちゃんと最初に出会ったのは、僕と黄昏が初めてライヴハウスに出かけた時。
「待ち合わせしてたんだよ、イッコーと。ラバーズにライヴ観に行く約束で、水海の北口公園の広場で。ドラムを叩ける人を探しに行こうとしてたんだ」
肺に煙が入ったのか、突然千夜さんが思い切り蒸せた。
「ああ、あの日か。千夜に喧嘩売られた」
呟く黄昏を涙目で睨んでいる。どうやら千夜さんも思い出したみたい。
「へーそんなコトがあったんだー。アタシ達、運命の赤い糸で繋がってるのかもね♪」
「赤は違うよ」
はしゃぐ所にすかさず突っ込みを入れる愁ちゃん。上手い。
「その時キュウちゃんに声かけられたんだ。あれって――」
「逆ナンに決まってるじゃない。アタシもあの頃、イケイケだったから」
顔に手を当て、昔を思い返し想い出にふける。
「でもあれって一年以上前だから……」
「中3?あーあ、あの時は恐いモノ知らずだったもんねー。若かったなー」
……イッコーが来てくれて本当に良かった。
「今はおとなしくなったけど、昔はもっと凄かったんだよ。写真みるとびっくりするもん」
愁ちゃんの言葉通り、てっきり高校生かと思ってました。
「その時イッコーがしゃしゃり出てきて、アタシを追い払ったのよ。キーッ」
「待てっつーの。あん時おれ、代わりにおめーにチケット渡したろ?」
「よく覚えてるじゃない。エライエライ」
イッコーの握り拳が震えているのは見なかったことにしておこう。
「でも大丈夫だったの?あの後中に入れなかったんじゃない?」
「あーおれ顔パスできっから」
「……どうしたの、キュウちゃん?」
「2年近くずっと気にかけてたコトがあっさりわかって嬉しいのよ……」
ガードレールに肘をかけ、たそがれているその背中に哀愁が漂っていた。無常。
「でも、どうしてそれが『days』に繋がるの?」
愁ちゃんが尋ねる頃には、もうすっかり全員足を止め話に聞き入っていた。
「あの時もらったチケットで見たのが、アタシの初めてのライヴハウスだったの。それですっかり夢中になっちゃって。特におねーさまのドラムが素敵だったのよね〜」
「…………。」
千夜さんは言いたくても何も言えずに、苦虫を噛み潰した顔を見せている。
「それでおねーさまの叩くバンドをいろいろ追いかけてたら、」
「俺達がステージに出てきたんだろ」
「さっすが黄昏!ご名答〜♪」
何故だかバンドの4人一斉に、腹の底から溜め息が出てしまった。
「何だか俺、凄い疲れたんだけど」
「おれも」
「まだスタジオにも入ってないのに何弱音吐いてる」
そう言う自分も腰が砕けそう。千夜さんも言わずもがなで、瞼を落とし手の煙草を携帯灰皿に押しつけていた。
キュウちゃんはそんな運命的な出会いがあったから、余計『days』に思い入れがあるんだろう。きっと音楽の魅力を知るきっかけを与えてくれた僕達に感謝しているんだ。
些細なきっかけで渡したあのチケットが僕達を結び付けただなんて思うと、本当に運命と呼ぶしかない。それも『days』を甦らせてくれるきっかけになって。
ファンやマネージャーの域を飛び越え、キュウちゃんは第5のメンバーなんだ。
僕は目の前の赤縁の眼鏡をかけた金髪の女の子に、感謝せずにはいられなかった。
「でも、それだけじゃないけどね」
すると僕の熱い眼差しを受け流し、心を見透かしたように含み笑いを見せた。
「他にもまだなにかあるの、キュウ?」
愁ちゃんが質問するその答えを、僕は固唾を呑み込み待った。
周囲に緊張感が走る。遠くから漣の音が聞こえて来るような気がした。
「――言うと思った?」
しばらくの沈黙を置き、キュウちゃんは笑って舌を出した。
「別にたいしたコトじゃないわよ。オモシロくもナンともないし。今、アタシはすっごく楽しいからそれでいいのよ〜♪憧れのおねーさまと一緒にいられるし〜♪」
「だからその目で寄るな!何度言えば解る!」
情熱の目で擦り寄られ、引きつった顔で千夜さんが迫り来る魔の手から逃げる。愁ちゃん達の笑いで場もすっかり和んだ。
無理にはしゃいでみせたのは横で見ていてすぐに分かった。でも、キュウちゃんにそれを訊こうとは思わない。今こうして一緒に笑っていられるのならそれでいいんだ、きっとね。
「いい加減遊びは止めろ!私は先に行く!」
「え、もうそんな時間?急がないと」
キュウちゃんが確認する腕時計をイッコーが横から覗き込み、焦りの色を見せる。
「お、やっべえ!おい、おめーら行くぞ!」
「ほら、たそも走って走って!」
「何だよホントにもう……」
なし崩しに話が終わりみんな早足で先を急ぐ中、キュウちゃんはその場に立ち止まり、走り行くいくつもの背中を眺めていた。憂いのある表情で、小さく微笑んで。
金色に染めた長い髪が柔らかな風にたなびく。つい僕はその顔に見惚れてしまった。
厚い眼鏡の縁と赤紐に隠れがちの、左目の泣きボクロ。
最初に出会った時もその次も、そして今も変わっていないトレードマーク。
この世にもし運命の神様が本当にいるのなら、心の底から感謝したい。
僕の視線に気付いたキュウちゃんがこちらを見て、顔を真っ赤に染めた。と同時に、一陣の強い風が吹き抜ける。咄嗟に顔を背けるも砂粒が少し目に入り、痛い。
「……見た?」
「え、何が?」
目を擦りながら顔を向けると、キュウちゃんがミニスカートを押さえ僕を睨んでいた。その行動と意味が、間を置かず頭の中で直結する。
「見てません見てません!目がに砂が入って、痛くて……」
慌てて誤解を解こうと瞼を擦る。目の痛みで本当に気付かなかった。デニムのスカートだけど、生地が薄いのか風でめくれてしまうのかも知れない。
キュウちゃんはしばらくジト目で僕を見つめ、やがて小さく溜め息をつくと正反対の笑顔を見せた。綺麗に生え揃った白い歯が眩しい。
「ま、いっか!ホラ、早くしないとみんな怒るからね!」
ロングブーツで駆け出すその姿に肩を竦め、僕もその後を追いかけた。
「ねえ、さっきからずっと気になってたんだけど昔は眼鏡かけてなかったよね?」
「そーねー。今は必要だからかけてるけど」
「視力悪いの?前に夜中会った時は裸眼だったけど。ほら、イッコーの家に来た時」
「あー、時々気まぐれで外すわよ。だってこれ、伊達だもの」
「ファッションなんだ?」
「そんなトコ。紐つき眼鏡かけてる女の子なんてそうそういないでしょ?」
太陽が少しずつ高度を上げ、海辺の町を照らす。道の先に見える海の方角から、海鳥の声が聞こえて来るように思えた。桜はもう、すぐそこ。
――柊さん。『days』は今日も、元気です。
→to be Rolling Stone.