→Rock'n Roll→  Aozora Tokunaga  top      第4巻

   087.トレイントレイン

 僕は何も言っていない。何一つ手を出していない。
 なのに僕のせいで、深く傷ついてしまった大切なトモダチがいる。
 世界に僕と君だけしかいないなら、こんな事にはならずに済んだのに。
「おいおいおいおい、おめーが死にそうなくらい真っ青な顔になってどーすんだ」
 椅子に座ったイッコーが僕の顔を見て、おかしそうに笑う。全くもって同感と思ったので、口の端だけで笑った。全身の力が抜けているのが分かる。
「弾けるか?ギター」
「うん、大丈夫……」
 な訳無い。自分で口だけなのも十分過ぎるほどに分かっていた。
 黄昏はどうやら唄う時に過呼吸状態に陥ってしまい、酸素を吸い過ぎたみたいで一時的に気を失っているだけ、と看てくれた叔父さんが言ってくれた。過去に何度かスタジオの客が倒れた時と症状が同じらしいので特に問題無さそう。とりあえず様子を見て、後で病院に連れて行くかどうか判断する事にした。
 過去に黄昏が唄っている最中に倒れた事なんてなかっただけに、心臓が喉から飛び出るほど驚いた。しばらく経った後でも愁ちゃんのリアルな悲鳴が鼓膜にこびり付いて離れない。慌てて駆け寄るキュウやイッコーの後で、僕はただ棒立ちで放心状態になっていただけ。
 今もスタジオの外で寝ている黄昏が気になって仕方無い。防音ガラスの向こうには、看病している愁ちゃんの背中が見えた。
「ほら、よそ見しない」
 キュウに注意され、抱えたギターに視線を戻す。いつものフレーズを弾こうにも、気が分散してしまい集中できない。それでも演奏している二人に何とかついて行く。アクシデント続きで練習もままならないから、限られた時間は有効に使わないと。
「心配しなくても、今はムリに起こさないで寝かせているだけ。風邪とか病気じゃないし、倒れた時にどこもぶつけなかったから何の問題もないわよ」
 とキュウに諭されても、いつ目が覚めるのか気になっている僕がいる。本当なら黄昏のそばにいてあげたいけれど、起きた時に僕が視界にいればまた殴りかかる可能性もあるし、恋人の愁ちゃんがいるのだから二人きりにさせた方がいい。
「中止にしよう、今日は」
 と焦る心で言ってみたものの、キュウや千夜に反発された。先週に続き、2週連続でまともに練習できない事になるのはさすがに痛い。黄昏抜きでいいから、前回のライヴで演奏した新曲を固める事になった。
 黄昏が倒れた理由はおそらく心労。その原因は溢歌を通じた、僕にある。
 倒れる前に、何とかならなかった?ためらわず、溢歌に黄昏の事を訊いていればよかった?――いや、そうしていた所でおそらく何の解決にもなりはしなかっただろう。
 後の事を怖れず、殴られてから今日までの間に黄昏と会ってきちんと話をしてれば一番良かった。それが溢歌を失う事にはすぐに繋がらないはずなんだから。――でも、黄昏との友情は終わっていたかもしれない。今の時点でも十分、ひびが入っているけれど。
 今からでも遅くない。黄昏が落ち着いた後にでも、僕が溢歌と会っている事を正直に打ち明けよう。そう心の中で決意してみるものの、怖くて踏み出そうとしない自分がいる。この様子だと、向こうから言ってくれない限り僕は何一つ喋る事ができないだろう。
 こんな事になるなら、嘘をつかず無理矢理にでも溢歌を連れて来れば良かったかな。
 僕の事を慕ってくれる少女の顔を思い浮かべると、心の動揺も多少マシになる。
 しかし黄昏は倒れてしまうほど、溢歌に対して思い入れがあるのかな?
 素朴な疑問が浮かんで来た。現に僕は、心を痛めても倒れるまでは行っていない。殴られ心に深い傷を負っても、溢歌がいてくれるおかげで想像以上に悩まなくて済んだ。彼女がいない前の自分、黄昏やバンドの事ばかりで頭になっている時なら首を括りそうなほど絶望していたろうに。
 一体溢歌は黄昏に何をしてあげているんだろう。僕と同じように身体を預けている?まだ話し相手の関係?二人の関係が、全く想像できない――なんて事は無かった。
 同じ波長を感じる相手同士なら、むしろ僕以上に結び付きが強いかも知れない。とは言え、僕の夢の中にまで出て来た以上の運命的なものがあの二人の間にあるのかと言えば、なかなか思い付かなかった。それじゃ、一体――
 どれだけ考えても結論に辿り着かない。本人達に訊いてみない事には何も分からない。他に悩んでいる事と重なり、心労が祟っただけなのかも。でもそれなら僕を本気で殴る理由が他にあるとでも?何度も何度も黄昏にはキツい事を言っているので思い当たる事は山程ある。積もりに積った塵が山となり爆発した、と思えば何とか納得できる。しかし前もって相談も無しにキレられると言う事は、普段の僕の行動に問題があるとしか言えない。
 それはそれで、キツいなあ……。
 これ以上推測の域を出ない想像は止めにしよう。ただただギターを握りながら黄昏の快復を祈る。それが心に負担をかけない一番の方法。
 千夜は黙々と真剣な顔で練習している。集中の度合いが凄いのは、おそらく受験のせいでスタジオに一人で入る時間が少なくなっているからだろう。僕が演奏の途中で失敗しても、誰かが声をかけないとドラムを叩くのを止めない。次のライヴが変更になった影響も感じさせず、澄ました顔から多量の汗を滴り落とさせていた。
 イッコーもどんな時でも動じずに最低限の仕事をするタイプなので、ベースラインは太く、曲の根幹はしっかりとしていた。問題は僕のギターと、黄昏。
 また僕の心に暗い影が落ちて行く。せっかく光が見えたと思った所に出鼻を挫かれただけに、痛い。ここ数ヶ月は千夜の受験の関係でライヴの数も控える方向でいるので、このままだと、夏の合間に稼いで来た貯金を一気に使い果たしてしまいそう。
 黄昏がいなくても、3人でもやっていける。なんて事は無い。黄昏がいなくても続けていたのはいつか復帰した後の事を考えての事だし、また3人で続けていくつもりはイッコーにも千夜にもないだろう。
 そう考えれば4人でやらなければいけない学園祭のライヴは好都合と言えた。出来は酷くなると思うけれど、言い訳も利く。ここを叩き台に、また上昇気流に乗せればいい。
「起きたわよ、たそ」
 入口付近に立っていたキュウの言葉で、我に返った。様子を見にブースを出て行ったのさえ気付かないほど、物思いに耽っていたらしい。
「本当!?」
 突然大声を上げた僕の顔を見て、キュウが目を丸くする。
「今休んでるトコロ。愁が介抱してるわ」
「そうなんだ、よかった……」
 一息ついて胸を撫で下ろす。無事と分かった所で重く圧し掛かってたものが幾分軽くなった。黄昏の事を心の底から憎む事のできない自分に改めて気付き、つい苦笑してしまう。
「まー、今日のとこはたそそのまま帰していいっしょ。いても邪魔になるだけだし」
 イッコーが何気に厳しい事を言う。しかし黄昏の出来が酷いのは倒れる前に合わせていた時点で判っているから、僕も横から口を挟むつもりは無かった。
「そこなのよね……たそ、唄いたいって言ってるのよ」
 思いがけないキュウの言葉に反応した千夜が大きくバスドラムを踏み鳴らした。驚いたキュウが小さく飛び跳ねる。そちらを見なくても千夜が怒っているのは容易に想像できた。
「そう言われてもなあ……」
 イッコーと顔を見合わせると、難しい顔で首を傾げている。おそらく僕も同じ顔をしているだろう。上手く行かないのは目に見えているし、黄昏抜きで合わせている方が気は落ち着く。心の切り替えも難しいと思えた。
「千夜はどーする?」
 スティックの様子を確かめている千夜にイッコーが尋ねてみると、こちらを一瞥しただけで何も言わずにスティックを交換し始めた。勝手にしろ、と言う事か。
「イッコーは?」
「おれ?おれは次の機会の方がいいと思うけどな」
「僕も……黄昏がやる気出してくれてるのはありがたいけど……」
「でも、いい目してたわ」
 否定的な僕達に、キュウが強い眼差しで言った。
「唄わせてみない?やっぱりムリならアタシがすぐ止めさせるから。丸々唄わせるのも何だから、イッコーの曲と交互にやるのもアリじゃない。コーラスはやめて、ギターに専念させるとか方法あるわよ」
「そこまで言うなら……」
 悩んだ末、僕とイッコーが折れる形でキュウの申し出に了承した。今の黄昏なら、千夜に文句を言う気力も無いだろうから、また一悶着する事も無いはず。
 キュウが扉を開け、愁ちゃんに付き添われた黄昏を迎え入れる。顔色は明らかに優れない。気力だけで立っているように見えた。
 椅子のそばで水分を補給していた千夜が黄昏に何か一言言うと、すぐさまドラムセットへ戻る。きつい言葉を投げかけられたのか、黄昏は小さく苦笑いしていた。
「そんじゃま、たそも戻ってきたところで頭からやり直しますか」
 イッコーがベースをかけ直し、背筋を大きく伸ばす。その笑顔と引き替え、僕の胸の内はどこまでも深く沈んでいた。黄昏と視線を合わせる気にもなれない。
 気分紛れにギターのチューニングをしていると、目の前の人影に気付き顔を上げた。
 黄昏がいた。
 声も出せずに固まっている僕の首に腕を回して来て、後頭部を掴む。
「ごめんな」
 それだけ耳元で小さく囁くと僕から離れ、マイクの前へ歩いて行った。汗が噴き出し心臓パンクしそうなほど脈打っているのが分かる。また殴られると思っただけに。
 準備を始める黄昏を眺めていると、こちらの視線に気付き振り返る。自分でもよく判らない笑みを口元に浮かべると、向こうも同じように小さく微笑み、またすぐに背を向けた。
 黄昏の考えている事がよく分からない。ただ、唄おうと言う気持ちが入っているのは判る。それだけが体を支えていると言ってもよかった。
「とりあえず一曲合わせてみっか」
 イッコーの合図で、先程黄昏が倒れてできなかった曲のイントロを奏で始める。歌に入る所まで何度も横目で見る黄昏の顔は、明らかに強張っていた。
 そして案の定と言うべきか、黄昏は唄えなかった。
「……悪い……」
 情けない顔で謝る黄昏を見て、僕は言葉が詰まってしまう。
「ま、まーそう気を落とさずに!イッコーの曲いきましょ!」
 重くなってブースの空気を吹き飛ばそうと、キュウが甲高い声で指示する。僕達は気を引き締め直し、曲を変更した。心配顔の愁ちゃんから黄昏は借り物のフライングVを受け取り、力無く立ち位置に戻る。肩から提げたギターの重さで前のめりになりそうなほど、顔色は優れなかった。
「たそはムリしてコーラスに参加しなくてもいいわよ。何ならアタシ達が代わりに歌ってあげるから。ね、愁」
 黄昏を励まそうとするキュウの献身的な姿を見ていると、少し胸に来た。と同時に、心の中が疲弊している自分にも救いの手が欲しいと思った。すぐに溢歌の顔が頭の中に浮かび上がり、少し気分が安らぐ。
 例え誰一人僕の事を見てくれなくても溢歌さえそばにいればそれでいいなんて、酷い考えが脳裏を過ぎる。それはいくらなんでも悲し過ぎると、心の中でやんわりと否定した。
 今の黄昏を唄わせると、また過呼吸を起こし先程の二の舞になってしまう可能性があるので、今日中にイッコーの曲を全て合わせる事にした。黄昏の曲は次回以降の練習に回し、イッコーの曲も黄昏の代わりに僕がコーラスを唄い、楽器に専念させる。
 フライングVを抱えるその顔には汗が滲んでいて、気を抜けば倒れそうな顔色をしている。横で見ているのも辛い。でも、本人の意志でそこに立っているんだから止める事はできない。壁際で見守る愁ちゃんの今にも泣きそうな顔が、黄昏を奮い立たせている。
 懸命にギターの弦を掻き鳴らす黄昏を見ていると、僕もやらなくちゃと言う思いが強くなった。ここ最近付き纏うようになった違和感はまだ抜け切っていなくても、間違う回数が減って来て聞けるようになってきた。いつも視界の片隅にちらついている溢歌の影が、黄昏を心配しているせいか今はそれほど気にならない。
 ようやくグルーヴが固まって来た所で、終了の時刻がやって来た。
 残っていた練習時間、一時間と少しを黄昏は何とか乗り切った。僕が家に置き忘れてしまったせいで手に馴染まないギターを使っていたのに、普段以上の安定さを出していた。この様子なら、イッコーの曲に関しては本番でも大丈夫だろう。
「お疲れ様。……黄昏、大丈夫?」
 みんなに労いの言葉をかけた後、恐る恐る黄昏にも声をかけた。一瞬ブース内に緊張が走る。黄昏は僕の目を見て小さく頷くと、駆け寄って来た愁ちゃんに肩を貸して貰い休憩室へ一番に引き上げた。大きく胸を撫で下ろし、肺の中の空気を全て吐き出す。
「そんなこわばるなって。あいつも根が単純だから、時間経てばすぐ元通りになるん」
 僕の肩に手を置き、イッコーが不安を取り除く笑顔を見せてくれた。本当にそうなればいいけれど、その為には黄昏と溢歌の件についてきちんと話をしないといけないだろうか。その前に、溢歌に相談した方がいいのか。むしろ何も話さないのが得策なのか。
「青空。ちょっと」
 頭を巡らせていると、後から千夜に声をかけられた。僕達二人を眺めながら、イッコーとキュウが気を利かせてくれ、ブースを退場して行く。
「何?」
「本当に、学園祭のライヴをやるつもり?」
 改めて訊いて来る千夜に僕は頷いた。
「ある意味、次のライヴの代替だからいいかなとキュウと話して決めたんだけど……本当は真っ先に千夜に訊いてみたかったんだけどね、電話入れても繋がらなかったし」
「あ、あれは……悪かった。勉強に集中したくて切っていたのが、裏目に出たみたい」
 伏し目がちに謝る千夜を見て、珍しさに驚く。受験が近い事もあってか、ナーバスになっているのか。気持ちは分かるので、何も責めるつもりは無い。
「でも、文化祭があるなんて知らなくて……予想外だったなあ」
「出られない事は無い、多分。日時が変更になったくらいなら問題も無いから。それより、練習の時間は?」
 おそらく時間単位でスケジュールを切っているんだろう。細かく尋ねて来る。
「一応、来週は予定通り。ライヴ前のはキャンセルして、改めてその日の前に入れてみようと思ってるけど……文化祭の準備で無理かな、やっぱり」
「夜なら構わない。でも、これ以上変更するのは止めて」
「大丈夫、任せて。けど、携帯の電源だけはいつも入れておいてね」
「先週無断で休んだ人間に言われたくはない」
 手厳しい。
 でも、心配の種を一つ取り除けたのは良かった。なるべくなら月が変わった後にライヴを入れるだけは止めておきたかったけれど、バンドの事情もある。
「……本当なら、どちらも演るのがいいのは分かっている」
 スティックを持つ後ろ手を前に持ち替え、溜め息混じりに呟いた。
「大学の学園祭に出るのも、『days』の名前が広がるいいチャンスだからだろう?」
 僕が言わなくても、千夜は内情を悟ってくれていた。
「それなら、断れない。私のせいでしばらく、バンドの活動が遅れがちになるのが解っているから。スケジュール変更は痛いけれど、早めに言ってくれて良かったと思う」
 怒鳴られると思っていただけに、前向きに捉えている千夜の大人な姿勢に感服する。でも、自分一人のせいにして重荷を背負って欲しくなかった。
 重い気分を紛らわせようと、軽い調子で言ってみせる。
「いいよ、夏の間なんて毎週ライヴやってたでしょ?元々冬は充電期間にするつもりでいたもの。今年はいい感じで年を乗り越えられれば文句は言わないよ」
 昨年の苦い想い出が甦り、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。同感なのか、千夜も唇の端を噛み、苦笑した。これまでに無い表情に小さく胸がときめく。
「僕達より、千夜の方だよ。無理に練習に出て貰って……大丈夫?」
 本当に、何度心の中で謝っている事か。昨年の場合はイッコーが卒業した後、バンド一本でやって行く事を前々から決めていたおかげで何の問題も無かった。誰かの事情でバンドの活動が遅れると言うのは、これまでで初めて。
 いつものお節介な僕に嫌気が差しているのか、千夜は背を向けると喋りながらドラムの横に置いてあるスティックケースを取りに戻った。
「いい。むしろこうしてスタジオでドラムを叩くと勉強ばかりで憂鬱になった気分を晴らせる。……また、余計なストレスが溜まるようになったけれど」
「ごめん。本当にごめん」
「何をしたのか知りたくもない。頭を下げるならあの男に下げて」
 どうやら黄昏の名前を口にするのも嫌みたい。眉が尖っていて、愁ちゃんがいないならどんな理由であれ寝ている黄昏に一発拳骨を入れたい気分なんだろう。
「――ただ、その後は受験まで練習にも出られないから、先に言っておく。みんなには適当な理由をつけて休みを入れておいて」
「ん、元々休むつもりでいたからいいよ。これまでが動き過ぎたからね」
 そう答えて千夜を安心させる。黄昏の事も考えると、今は無理に練習を毎週入れる必要は無いだろう。それよりも、千夜の受験の方が気がかり。
「で、どう?受験は行けそうな手応え、ある?」
「分からない」
 質問すると即答され、面食らった。もっと余裕があるものとばかり思っていたのに。
「分からないから、推薦を受ける……多分受かっても、そこには行かない」
「え、どうして?」
 一般入試より推薦の方が先に決まるし、いいと思うのに。僕の場合は成績も中の中で二流、三流レベルの大学に行くつもりも無かったので推薦も無しで、一校だけ一般入試を受け、見事落ちて浪人の身になった。
 僕から目線を外し、喋りにくそうな顔で答える千夜。
「自分の実力がどれくらいなのか、本番に向けて測るだけ。落ちたなら志望校の変更も考えないといけない――でもおそらく、問題無い」
 勉学一本で無いのに、そこまで言い切れるのも凄い。
「学校の成績っていいんだっけ?」
「……そこそこには」
 謙遜しているのか、呟くように答える。これ以上深く突っ込むと怒られそうな気がしたので、話題を次に切り替えた。
「本番は年が明けてからだよね?」
 僕が確認すると、小さく頷く。
「でも、今のようには行かなくなると思う。1月からは、できれば――」
「うん、問題無いよ。春まで休止しよう。年末にどこかで一度、ライヴに出ておきたいと思ってるけど……まだ決まってないから。マスターの話からすると、クリスマスライヴのメンバーに選出されそうな感じでいるけど。その前に、来月のワンマンだね」
 向こうも既に心得ていて、特に文句も無かった。
 千夜の方から入試が終わった後にワンマンを組んで欲しいと夏頃から何回か口にしていた。そうする事で一度ストレスを全て発散させておくつもりだろう。もう既にライヴハウスの予約は取っていて、クリスマスライヴを除けばおそらくそれが『days』の今年最後の活動になる。終わりが見え始めたので、心に多少ゆとりを持てるようになっていた。
「春になってから、今度はちゃんとした音源を創りたいんだけどね。どうかな?」
 一応年を跨いだ後の話も振ってみたものの、千夜は首を縦に振らなかった。苦い顔をしている訳でなく、今はまだ考えられないから答えないだけに見える。この話はその時になってからにしよう。余計な負担をかけさせる事はあるまい。
「……キュウ達がサポートしてくれるようになってからかな。それからも色々あったけれど、昔より『days』の数ヶ月先のビジョンが見えるようになってきたんだ。前は本当、誰かが問題を起こす度に解散なのかなってどん底まで落ち込んでいたけれど」
「それで、今回も大丈夫と言うの?それで」
 千夜が冷めた目を向け、小さく顎を動かし僕の殴られた頬を指す。
「多分、ね」
 僕はあどけなく笑ってみせた。それを見た千夜は心底呆れているのか仕方の無い奴と思っているのか、どちらかよく解らない溜め息をつく。
「……あの男の事は青空に任せる。これ以上余計な気苦労を使いたくない」
 跳ねた髪を指で弄り、呆れた顔で呟いた。僕も肩を竦めてみせる。
 任せると言われても、今はこれまで以上に微妙な関係になっている。ただ説得すればよかっただけでいた以前とは違い、更に頭を悩ませる事になりそう。
 とりあえずは、溢歌に話を訊かないと駄目かな。
 これから待ち受ける未来に苦虫を噛み潰したような顔をしていると、キュウがブースの扉を開け僕達を呼んだ。
「ホラホラ二人とも何やってんの。次のバンドの人達来たわよ」


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