111.理想郷
叔父さんのスタジオでギターを回収し、電車で水海に向かいラバーズに到着するまでの間、黄昏とバンドの事について色々語り合った。
僕達が顔を合わせていない間にそれぞれ何をやっていたか、千夜の様子は問題無いのか、それぞれの調子はどうなのか。キュウの世話焼きっぷりに苦笑したり、イッコーとの路上ライヴで呼ばれた千夜がバイオリンを披露したり、みょーさんと和美さんも観に来る予定になっていたり、ライヴの様子をみょーさんと同じ部活の人が客席から録画してくれる事になっていたりと、一月の間に随分と色々な事があったらしい。
こちらはと言えば、女性関係でてんやわんや。溢歌と同棲を始めたり、キュウに襲われたり、千夜と信頼関係を築き上げたり。柊さんから手紙を貰ったりもした。勿論ほとんど他人に話せない内容なので、専ら黄昏の聞き手に回ると言う、変わった状況になっていた。いつになく黄昏も饒舌になっていたのは、仲違いしていたこの二月弱の時間を埋めようとする思いからだろうか。
「遅いーっ!!」
ラバーズの前に到着すると、入口前に立ち尽くしていたキュウが僕達を見つけ、大声で怒鳴りながら詰め寄って来た。目を白黒させ、黄昏と顔を見合わせる。
「もしかして、この寒い中ずっと外で待っていたの?」
コートを羽織っているとは言え、素足全開の服装に呆れるくらい感心する。そろそろ日も傾き始めた頃で、冷え込んで来たのによくも我慢していられたもの。
「当たり前じゃない!だいたい何でアンタ達二人一緒に来てるのにアタシの電話に出ないのよっ」
「そう言われても……」
「な。」
もう一度黄昏と顔を見合わせ、相槌を打つ。のんびりとしている僕達を見て、キュウは額に手を当て大きな溜め息を吐いた。顔を上げると、僕達二人の両腕を掴みラバーズの中へ引きずり込んで行く。地下のライヴハウスへ通ずる階段前には既にイベントの行列ができていて、皆怪訝そうに僕達を眺めていた。最初のバンド目当ての人達かな。
「そんなに強く掴むなって……いたたた」
黄昏の言う事も聞かず、キュウは僕達を店の奥にある楽屋へ続く専用階段から、降りた先の楽屋扉前まで引っ張って行く。扉を開けると、中で準備していた他のバンドの人達やスタッフが一斉にこちらを向いた。少し気まずい。
「二人は?」
ミーティングをしている周りの人達を眺め、キュウに訊く。今日みたいなイベントに出るバンドだと、大きい楽屋の方も普通に使用される。6バンドだから、2と4か。僕達はこちらの方だけど、イッコー達は見当たらなかった。
「もう下に行って、前のバンドのリハーサル眺めてるわよ。ああそれと、終わったら音楽雑誌のインタビューがあるから。ま、適当に答えといて」
何だか、僕達のバンドも大きくなって来たんだなあと他人事のように思う。黄昏の方を見ると、あからさまに嫌がっている顔をしていた。
「そういや愁ちゃん達は?」
「みょーと和美さんの3人で後から来るって。どうせ今日は関係者以外入れないって、イッコーも言っていたし」
「そうなんだ。打ち上げには入れるの?」
「それはOKみたい。ま、おひねり代くらいは取られるみたいだけどね」
その辺はさすがに店長、ちゃっかりしている。でもラバーズの料理は1Fでレストラン&バーを経営しているだけあって、お金を取れるだけの味に仕上がっているから。
荷物を置き、準備を整え楽屋を出る。今日はいつになく通路が騒がしい。音楽関係者も色々来ているんだろう。マスターの姿が見えないのは、色々飛び回っているせいか。
ホールに下りると、客席側にいたイッコーがこちらに手を振った。ステージ上では僕達の前に演奏するバンドが、ちょうど音合わせをしている。
「おー、おはよー」
今日はいつも以上にオレンジの髪をバッチリ逆立て決めたイッコー。気合が入っている。千夜も隣で腕を組み、表情を崩さぬままステージの演奏を見つめていた。
「どう?」
声をかけると、視線だけをこちらに向ける。
「何だ?……心配ない、今日はどんな事があってもちゃんと叩いてみせる」
いつもと変わらぬ厳しい口調で千夜は答えた。ホールの中を見回してみる。勿論、前回因縁をつけられたあの連中はいない。それでもきっと内心、千夜は脅えているだろう。奴等がまた姿を現さないかと。
後でマスターにも話しておこう。おそらく何らかの対策は講じていると思いたい。
「はいはい、4人集まった所でミーティングを始めるわよー」
キュウの手拍子と呼び声で、ひとまずステージ裏の階段途中まで引き上げ、段差に腰を下ろしミーティングを始める。ホールだと現在演奏中なので声が伝わりにくい。
「今日演奏するのはこの5曲。最後に出演したバンド全員でロック調な『きよしこの夜』を演ってお開きになるのは毎年恒例のコトだから、解っているわよね?店側としては1曲余分に増やしてほしかったみたいだけど、半信半疑だからこれで納得してもらったわ。他のバンドも似たようなものだから、いいんじゃないかしら?何か質問ある?」
コピーした今日の楽目のプリントを配り、キュウが意見を集める。一番気合が入っているのはキュウかも。
「えっと……いいかな」
僕が手を挙げると、全員の視線がこちらに向いた。
「リハーサルの後、試したい曲が一つあるんだけど」
その言葉に、千夜が理解した表情を見せた。
「新曲?」
「新曲と言えば、そうなるんだけど……本番で演るかどうかは、別にして。一度、バンドで合わせてみたいと思っていたんだ」
そうは言ってみるものの、実際は違う。溢歌に振られ、半ばやけになっているのかも知れない。この前千夜に勿体無いと言われたのもある。逆にバンドで演奏してみる事で、足りなかった部分が見えて来る事もあるだろう。
「そんなコト、何もこんな時に言わなくたっていーじゃない」
「おれはいーぜ。どーせ四人で集まるのも今日でしばらく最後っしょ?そんな時間は無いから、リハの最後で軽く合わせるくらいになっけど」
「ちょっとイッコーってば」
「俺は構わないよ」
「私も。前に一度聴かせて貰ったから、簡単に合わせられると思う」
「え、そーなのおねーさま?」
「変な邪推をしないで。前に二人でセッションした時に聴かせて貰っただけ」
「多少あの後、弄くってはいるけどね……コード進行は変わってないから、イッコーも合わせるのは楽だと思う。一応これが進行表――奇をてらったりしていない、基本形がメインだからそんな難しくないよ」
キュウを一人除け者に、僕の無茶な要求を自然体で呑んでくれる三人。もう突然の事に慣れてしまったのか、溜め息もつかず賛同してくれる。他のバンドだとこうはいかな いだろう。そんな訳で、マネージャーのキュウには苦労ばかりかける。
「『days』の皆さん、そろそろ前のバンドのリハーサルが終わりますんでー」
「あ、はーい」
階段下からスタッフの呼び声がし、明るい声で手を振るキュウ。スタッフの姿が見えなくなった後こちらを吊り目で振り返り、僕達に怨念のような電波を飛ばしていた。
交代の時間までイッコーは渡したコード進行表とにらめっこし、右手の指でベースを弾くリズムを取っている。テンポ数や曲調を訊いて来るので、大まかなイメージを伝えておいた。前に聴いた事のある千夜とも色々と確認を取っている。
「歌詞は?」
黄昏の問いかけに僕はしばし悩んだ末、正直に答えた。
「実はまだ完成してないんだ。一応、大雑把には繋いではいるんだけど……。リハーサルでは僕が仮歌で歌ってみるよ。黄昏は見てくれているだけでいい」
僕の言葉に、何も言わず頷く。まだ、僕の歌を唄う事に抵抗があるのかな。今は文句を言っても始まらない事ぐらい黄昏も理解しているだろうし、納得してくれる事を信じるしか。
階段を下り、5分もしない内に僕達のリハの番が回って来る。一月振りに立つステージの上から見たホールはとても大きく見えた。
「じゃあ、始めるわよー。アタシ達のリハが終わったらすぐに客入れ始まるみたいだから、本番同様頭から最後まで通しで。間違えたトコや合わなかったトコとかは、後で楽屋に戻ってから修正すればいいわ。じゃ、おねーさま、カウントヨロシク〜」
ステージの下からキュウが説明する。今回の選曲はトリと言う事もあり、テンポの速い体を揺らすライヴの定番曲が並んでいる。すかさず千夜のカウントが始まり、緊張する暇も無くギターのネックを握り締め、演奏に備えた。
『ciggerate』『ブルーベリー』『地下街の砕けたガラス戸』『幸せの黒猫』『夜明けの鼓動』と5曲続ける。何度か千夜とスタジオに入っていたとは言え、4人で合わせるとスタミナが長続せず、途中で多少バテてしまった。
それに引き換え黄昏の凄さを改めて実感する。前回のライヴと違い、すっかり声に張りと艶と伸びが戻っている。イッコーと路上で弾き語りをやっているとは聞いたけれど、その甲斐もあってか完全に調子を取り戻していた。
僕はと言えば前回より調子は上向いているものの、若干遅れ気味になる箇所がいくつかある。けれどステージで演奏する感覚は少しずつ昔の良い頃に近づいているのも分かるので、本番には問題無くいけるだろう。多少不安な部分はあっても、前向きになれているのが大きい。愛の力とはこう言う事を言うのか(大袈裟か)。
他の二人も全く問題無かった。千夜は前回の悪夢を完全に払拭しているような切れのあるドラミングで、体の芯に刺さるビートを奏でている。イッコーに関してはもう説明不要。大舞台になればなるほど気合が入るタイプで、目下絶好調。
「で、どんな曲だって?」
全曲終わった所で、イッコーが寄って来た。エレキギターからアコースティックに換え、専用のマイクも用意して貰い弾き語りの準備を始める。
「バラードじゃないんだけど、エレキは使わないよ。みんなはひとまず見ておいて」
楽器を下ろすように伝えてから、アコギのネックを握りホールを見回す。
本当なら演奏するはずの無い曲。ここに溢歌がいたらと思うけれど、仕方無い。未完成の歌でもいいから聴いて欲しかったと思う。ギターの表面でカウントを取り、そこに溢歌が立っていると想像しながら歌い始めた。
今日はいつものような、弾き語りをする時の自信の無さが全く無い。圧倒的な歌唱力の黄昏と比べ、卑下している自分や周囲の目を気にしてしまうものだけど、今日は何のためらいも無く歌う事ができる。自分の声でここまで感情を伝える事ができるのかと、声を出しながら内心驚いていた。
どこまでも、どこまでも響け。遠くにいる溢歌に届くように。仮歌だとか関係無い。自分の想いをただひたすら篭めるんだ。
今朝、夢の中で思いついたフレーズも最後のサビ部分に入れてみたりする。その分、曲が長くなっても構わない。どうせ後で手直しするんだから使えるものは入れて行く。
「ふぅ……」
歌い終わった後は、まるで本番が終わったかのように疲れてしまった。すっかり息が上がってしまい、全身から力が抜けて行く。黄昏はこのステージの上でたくさんのお客さんの前でいつも歌っているのかと思うと、改めてその精神力に感服する。
「こんな感じの曲。どうかな?」
皆に声をかけると、無言で視線を交わし合っていた。答えを期待と不安を胸に待っていると、客席の方からゆっくり拍手をする音が聞こえて来た。
視線を向けると、いつの間にかステージの近くにいたマスターが袖を捲った腕で不敵な笑みを浮かべ、拍手している。つられるように周囲にいたスタッフもその拍手に続く。
何だかとても照れ臭くなり、全方向に頭を下げた。溢歌一人の為に作った曲が、他の人にも評価されるのはいつも以上に嬉しかった。
「ハイハイ、それじゃ引き上げるわよー。マスターごめんね、時間押しちゃって」
「いいってコトよー。おかげさまでいいモン見れたしな」
そう言って貰えると有り難い。千夜達は自分の楽器を手に、ステージ裏へ引き上げて行く。皆に感想を早く聞きたいけど、準備の邪魔になるので後回し。
「おい、青空―」
僕も引き上げようとした所に、背中からマスターの声が飛んで来る。
「何ですか?」
「今の曲、大トリで頼むわ」
「……はい?」
予想もつかない言葉に目を白黒させる。――いや、心のどこかで望んでいた。ライヴステージで、溢歌に僕の歌を届ける――そんな夢じみた光景を。
「マスターが言った通りよ。さあ、これから本番までに仕上げるわよ!」
そんな無茶な。
「な〜に、楽屋でできなくても最悪駐車場を借りればいいのよ。ね、マスター?」
「ああ、もう満車で入ってくる車もいねえから好きに使ってくれ」
物凄く乗り気なマスターとキュウを見て、嬉しい気持ちになると同時に、無茶な要求に不安が重く圧し掛かった。出番まで、後3時間も無い。
「流石にそれは……無理じゃない?」
ずっと時間をかけて来たのに完成できていない曲を、そんな短時間で仕上げるなんて無理がある。第一歌詞も、楽曲のアレンジもどうするの?
「あら、そんなの簡単よ。みんなでやればいいコトじゃない」
キュウはウインクして見せ、ステージ裏に引き上げて行く。バンドの皆で?その提案は嬉しいけれど、素直に受け入れられなかった。何故ならこれはとても個人的な曲だから。自分や溢歌が歌う為のもので、黄昏が歌う為のものではないから。
複雑な気持ちを胸に楽屋まで引き上げると、4人が荷物の置き場所に固まっていてキュウが手招きした。難しい顔のまま、ギターを手に皆と合流する。
「で、さっきの曲、どれか一曲削って最後に加えたいんだけど――」
「おれは別に構わねーぜ。さっきのでほとんど仕上がってるんだろ?ベースラインつけんのもそんな難しくねーから、聴かせられるレベルのアレンジくらいなら今からでも十分間に合うぜ。しっかりしたのは後でさらに煮詰めて完成させりゃいいわけだし」
「ちょ、ちょっと。本当にやるの?」
話がやる事を前提に進んでいるので、慌てて止めようとした。
「ん、イヤなん?」
「だって、まだちゃんと出来上がっていない曲だし、それに――」
「私は構わない。もう本番前の色々な無茶な要求には慣れた……。青空だって、心のどこかでこの曲をステージの上で演奏したいと言う気持ちが無い訳ではないでしょう?」
「それは、そうだけど……」
いつもなら難しい顔で叱りつける千夜でさえ、前向きになっている。
「黄昏は、どうなの?」
視線だけをそちらに向け恐る恐る質問してみると、少し考える仕草の後、答えた。
「俺が耳にするのは初めてだったけど……いいんじゃないかな。でも、青空が乗り気でないならやらなくていいと思う。何も今回が最後のチャンスってわけでもあるまいし、完成してからでもいいんじゃないか。最終的には、青空に任せるよ」
黄昏は僕の方を見る。その目にこれまでのわだかまりは無く、昔のような、僕を信頼し切っている目をしていた。
「どーするの?せーちゃん」
キュウが答えを促す。それでもまだ僕の心は揺らいでいた。
「ごめん、少しだけ考えさせて。すぐ戻って来るから」
一度断りを入れ、皆を残し楽屋を抜け出す。1Fのレストランフロアに戻ると、すっかり店内は今日の客で賑わっていた。お目当てのバンドまで、ここで時間を潰すつもりだろう。開始時間が近づいて来て、自然と胸の内が高鳴って来る。これは観客の時も、ステージの上に立つ時も変わらない。
「やあ」
裏口から出ようとすると、不意に声をかけられた。
「泊さん……」
「クリスマスライヴの時によろしくって前に言ってただろう?」
突然の出会いに驚く僕をよそに、灰皿の置かれた喫煙所で煙草の灰を落とし、不精髭をさする。
「本番、期待してるよ。連れの子も楽しみだって言ってたからね。人混みが嫌いだから、ちょっと外に出てるけど」
そう言い、飄々と煙草をくわえる。仕草が何だか妙に絵になる中年の人。
「それは……どうも。あ、ちょっとこれから本番まで色々と都合があるんで、話はその後でお願いしますね」
「ああ、わかってる。他のバンドにも興味があるからね。ここのマスターにはチョロチョロするなと怒られてしまうけど、じゃあパス渡さなけりゃいいのにな」
泊さんは苦笑しつつ、首からぶら下げている関係者用のパスを弄ってみせた。
「それじゃあ、また後で」
思考を遮られないように、手短に別れの挨拶をし裏口から外へ出る。完全に太陽は沈んでいて、冷たい空気が僕の体を急速に冷やした。
「さあ、どうしよう……」
迷いながら空を見上げると、星がいくつも姿を現していた。もう少し時間が経てば、星座がはっきりと見えるようになる。
少し時間をくれとは言ったものの、考えて答えを出せるものでは無い事は分かっていた。バンドの色が入ってしまうと、僕が本当に届けたい想いの全てが曲に出せないような気がする。個人的な曲なんだから、千夜にも聴かせるべきでは無かったかも知れない。今更後悔した所で後の祭りか。
でも、この機会を逃すと溢歌がもっと遠くに行ってしまう気がした。いつものライヴの形で、溢歌を繋ぎ止める事ができるだろうか。それだけの力量と自信が今の僕にあるのか?自分に問いかけてみると、不安はあった。
溢歌と出会った事で、音楽的に成長できた部分はあったのか?ずっと溢歌の事ばかり見ていて、ギターを握るのがおざなりになっていたのが本当の所。だから100点満点の演奏ができるかどうかさえ分からない。
僕が溢歌に成長した所を見せる為には、やはり新曲をやった方がいいのかな?
頭の中でメロディと歌詞を繋いで行く。限られた時間内で最良のものにはできそうにない。何かのきっかけで全てが上手く転がるほど、僕の音楽の才能は無い。
冷えた体を震わせ室内に戻る。泊さんの姿は無く、店内のトイレを借りてから階下の楽屋に戻った。
「おかえり〜。で、どーするの?」
戻って来たばかりの僕にキュウが詰め寄り、訊いて来る。
「新曲は――」
「心配すんなって!おれ達ができてない部分は手伝ってやっから!」
僕が結論を語り出そうとする前に、イッコーが僕の首に腕を巻き付けて来る。千夜に目線をやると、小さく頷いた。
「私の事なら、大丈夫。前に聴かせて貰っているのもあるから、難しい譜面はいられないけれど手癖で対応できる。ただ、楽器が無い――ぶっつけ本番になってしまう。おやっさんの所で叩けるとベストなのに……飛び入りでスタジオ入りはさすがに無理」
「あ、アタシ何かないかマスターに訊いてくるね!」
「ちょ、ちょっと……!」
千夜の言葉を聞き、キュウが僕の答えを待つまでも無く楽屋を飛び出して行く。僕がやらないと言っても、聞かないんだろうなあ……。思わず溜め息が出た。困った顔をしていると、イッコーが僕の背中を平手で叩いて来る。
「いーじゃねーか。みんなヤル気マンマンだぜ?できてないところは全員で考えてやるって!4人でやれば、楽勝だろ?」
「4人って……」
他の3人を見回し、突飛な提案に戸惑う。しかし、今日のライヴでやるには、全員の力を借りる他無い。
「青空」
僕の顔を真っ直ぐに見つめ、黄昏が声を掛けて来る。
「俺は、青空の作った曲を全力で歌うから。歌詞も今からすぐにでも覚える。イッコーの言うように、足りない部分は全員でやれば何とかなる。それに……」
一呼吸置き、はっきりとした口調で言う。
「それに、今日のライヴでその曲を一番奏でたいと思っているのは、青空だろ?」
心の奥底を見透かされたようで驚く。……いや、何も言わなくても黄昏には僕の気持ちが分かっている。溢歌の名前を人前で出されなかった事に感謝をし、頭の中にある否定的意見を押し込め、強く頷いてみせた。
「……うん、分かった。やろう。時間の許す限り、この曲を固めよう」
勿論、わだかまりはある。けれど、何故僕が音楽を続けているのか。その音楽を続ける為の仲間は、僕の財産。その皆を否定して、自分の音楽は成り立たない。
だから、みんなの力を借りてでも、良い曲に仕上げたい。ずっと溢歌に贈る曲ができずにいたのは、僕自身の力に拘り過ぎていたから。きっと僕に足りなかったのは、今まで一緒にやって来た仲間を信頼する気持ちなんだ。
別に黄昏が歌ったっていいじゃないか。これは、僕が作った曲なんだから。
みんなの色が入った所で、僕がこの曲に篭めたものは変わらない。そして、溢歌に僕の伝えたかった想いがきっと届くはずだから。
「みんなにはまた迷惑かけるけど、いいよね?」
恐る恐る言うと、イッコーは白い歯を見せ笑った。
「だーれもそんなこと思っちゃいねえって。んじゃ、さっそくやりますか!」
先程渡した進行表を広げ、僕に歌詞の書かれた紙を催促する。黄昏も自分からギターを持ち、コード進行を覗き込む。千夜もスティックを準備していると、キュウが勢い良く扉を開け戻って来た。どうやら何とかなるみたい。
頑張って、時間内に全員で仕上げよう。みんなの力を合わせれば、きっとできる。
「……溢歌の為にもね」
僕は誰にも聞こえない位の小声で、呟いた。