→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第2巻

   046.服の裏側の傷跡

「ありがとうございました。ライヴ楽しみにしてるんで、また後で」
 『Center Rock』誌のインタヴュアーが俺達に頭を下げる。ぼーっとしてるとキュウに背中をつねられたので、俺も一緒に頭を下げると彼女は笑顔で部屋の扉を閉めた。
 肩の荷が一つ下りた気がして、俺は狭い楽屋の天井を見上げてため息をついた。俺のインタヴューのためにわざわざマスターが、大部屋とは別にこの楽屋を使わせてくれた。俺達も昔はここを使ってたんだなって思うと、懐かしさがこみ上げてくる。
「緊張してたじゃん、たそ」
 キュウが俺の顔を覗きこんで、けらけらと笑った。
「……おまえが横にいたからな、都合の悪いところ喋りたくないって思って」
「ばーか。あんなの向こうの質問に『はい』か『いいえ』で答えるだけでいいのに。どーせ自分勝手にロクなことしか書かないんだから」
 今までに青空達のインタヴューに付き添ってきた経験で言ってるのか、キュウは掌を上に向けて呆れた。
「でも、そのわりには結構深く訊かれたと思ったけどな」
「うーん、アタシも今の雑誌は初めてだから何とも言えないけど……ちょっと変わってたわね。ただ注目を浴びてるから取り上げようってんじゃないみたいな」
 何にしろ、今日のインタビューとライヴが来月の雑誌に載るらしい。喜ぶ和美さんの顔をぼんやりと思い浮かべながら、キュウと一緒にラバーズの狭い楽屋を出た。
 これから俺達のライヴ。俺がバンドに復帰してから、二回目のワンマン。そして、俺が唄えなくなってからまともに唄う最初のステージだ。
 正直言って不安のほうが大きい。今の俺にステージを乗り切るだけの力があるのか?青空はスランプを跳ねのけられるのか?イッコーは今日、全くマイクを手に取らない。全部俺の曲で行く。
 唯一望みがあるとすれば、演奏の核になる千夜の調子がよさそうなところか。受験前だと言うのに、俺達に心配をかけないようにしてるのか、以前より切れのいいドラムを叩いてる。受験のせいにして腕が落ちただなんて言われたくない気持ちもあるんだろう。
「よ、お疲れさん。浮かない顔してんなあ」
 大きい楽屋に戻る途中、廊下でマスターが俺に声をかけてきた。相変わらずむさ苦しい髭面は変わってない。
 キュウが先に戻ってるねって言って一足先に楽屋に戻って行く。あいつの背中が見えなくなってから、マスターは改めて口を開いた。
「しかし、ようやく雑誌が嗅ぎつけてくるようになったな、お前等も」
「二年だよ、二年。それでもまだまだ足らない部分のほうが多いし」
 謙遜してるわけじゃない。本当に俺の正直な気持ちだった。するとマスターは、きょとんとしてから白い歯を剥き出しにして笑う。
「何言ってやがる、この若造が。逆を言えばそれだけ器が大きいってことじゃねえか。普通は話題になるまでもっと時間かかるもんだぜ。キャリアだってそんなに積んでねえのにあれだけグルーヴが出せるんだから、天才ばっか揃ってる上によっぽど相性がいいんだよ」
「いいふうに捉えれば、ね」
 俺に才能があるのかなんて自分じゃよくわからない。俺は単に歌を唄いたいから今までずっと唄ってきたわけだし、これからもその気持ちは変わらないだろう。
 ただ、誰のために、何のために唄えばいいのかがわからなくなる時があるだけだ。
「要は物の考え方だってことよ。元々千夜とイッコーは演奏のレベルが高かったが、他の二人は素人だったし、4人とも自分のやりたいことばっかやってたからな。半年前ぐらいにようやく全員が同じ方を向くようになってから、ようやく最近実を結んできたってとこか」
「よく見てるね」
 笑えるくらい感心してしまう、マスターの洞察力には。こうやって、自分の好みのバンドがこのライヴハウスから巣立って行くのを見るのが生き甲斐なんだろう。
「個人的な一ファンだからな、お前等の。今まで注目してなかった雑誌の奴等が遅いくらいだぜ、全く」
「かえって俺は気が楽だったけど。イッコーもずっと裏側に回ってくれてたし。前のバンドみたいにもっと前面でやってたら、人気先行になってたかもしれない」
 その点で、イッコーに感謝してる部分は多い。俺達に『staygold』の影を重ねてくるファンも多かったけど、あえて違う事をやろうとしてるんだってみんなに見せつけられたから。最初の一年間はそれほど集客数が増えなかったのもイッコーのおかげだ。その間に、俺と青空は存分に腕を磨く事ができた。
「でも、そろそろ本腰入れてきてもいいんじゃねえか?」
 マスターが意味ありげに俺の顔を真っすぐ見てくる。
「どういう事?」
「だって、結局お前等レーベルも自分等で作らねえし、金銭面とか全部青空とキュウちゃんに任せっぱなしだろうが。ちゃんと音楽やりたいってんなら、そのための状況を自分等で作っていかねえといつか泣きを見るぜ」
 俺達を心配してマスターは言ってくれてるんだろう。ライヴの日程を決めるのは最終的に青空だし、その中で飛び交う金銭面の管理はキュウがやってくれてる。
 でも、これから大きくなっていくのなら、避けて通れない問題も出てくる。マスターの言う通り自主制作したり、事務所に所属するとか。今までとは比べものにならないほど大勢の人間がバンドに関ってくる事になる。
 俺は別にそんなのどうでもいいって思ってる。集客数なんてバンドが盛り上がれば自然と増えていくもんだろうし、音楽以外の事は考えたくない。
 うざったそうな顔を俺が見せてると、マスターは肩をすくめた。
「いいもん持ってるのにレコード会社に良いようにホイホイ扱われて解散したバンドとか、外に出てもいいのにずっと殻の中に篭ってインディーズでやってる奴等だってたくさん見て来た。お前さんが一体どこで誰に向けて唄おうとしてんのかは訊いちゃいないが、その場所を作るのはテメエ次第だってこと、しっかり肝に銘じとけよ」
 俺の肩を軽く叩いて、マスターは仕事に戻って行った。
 結局、唄う場所は自分で作れって事か。
 いつの日か、今の苦しんでる状況さえ笑って話せる時が来るかもしれない。俺には想像もつかないような出来事がこの先待ち受けてるかもわからないんだから。
「あ、お帰りーっ」
 楽屋に戻ると、キュウが俺を出迎えてくれた。
「マスターと何話してたのか訊きてーけど、ちーとばかし時間が押してるからとっととリハーサルやろうぜ。千夜は先に上がってるってよ」
 イッコーがベースを担いで、椅子から腰を上げた。曲順をチェックしてた青空も俺に気付いて、ギターを二本手に取って片方を俺に渡してくる。「はい」って一言だけしかかけて来なかった。
 俺達二人はお互いに距離を取るような感じで相手と接してる。どちらかが溢歌の話題に触れるのかが怖いのか、それとも腸で鎮火してる怒りを燃え上がらせたくないのか、必要最小限の話しか交わしてない。
 この数週間、一度も俺は溢歌の姿も声も見なかった。いや、見たくなかった。
 こんな気持ちは初めてだった。ずっと逢いたいって思ってたのに、今は溢歌の声を聴く事さえ気が進まない。
 裏切られたから?いや違う。俺はあいつの事を一度も信じた事なんてない。溢歌が俺のほうばかり向いていてくれるだなんて、出会った時から考えた事もなかった。
 そもそも最初に出会った時はそれこそこの世のものとは思えなくて、いつまた姿を消してしまうかもわからない虚ろな雰囲気を漂わせていた。
 あいつは誰にも縛られたくないように見える。その日の天気で今日のスケジュールを決めてしまうような気紛れさが溢歌の中にある。だからこそ俺はあいつと会ってる時も、いつもどこかに焦りを抱えていた。
 俺が今、不思議と安心していられるのも、ふとした拍子に俺の元へ戻ってきてくれるかもしれないって心の片隅で思ってるからなのかもしれない。
 ただ、今会ってたとしてもあの妖艶な大人じみた顔で俺をせせら笑うだけに決まってる。
 自分が傷つく事さえ構わないで、他人を傷つけられる溢歌の心理に俺は恐れてるんだ。
 あれは俺とは全く正反対の意識だから。
「愁は?」
「まだ来てない。和美さん達と一緒に来るんじゃない」
 俺が訊くと、キュウはさらりと答えた。
 だから、俺は愁のそばでお互いを思いやる気持ちに溺れる事を選んだ。溢歌の考えを否定するように。
 真正面から抱けなくなった俺の気持ちに、愁は気付いてるんだろうか?
「んじゃ、そろそろ行くとすっか」
 イッコーに続いて、俺達も楽屋を出る。今日も和美さんが観に来てくれるとあってか、本日も上機嫌だ。
「ん?」
 俺達がステージに出る階段を上ると、何やら上が騒がしい。
「大したドラムも叩けないくせに、図に乗るなと言っている」
「なんだとこのアマ!」
 階段を上り切ると、ステージ横で千夜とパンク風のスキンヘッドの男が言い争っていた。何事かと人が集まってくるけど、収まるどころか口論は激しくなってくる。
「やれやれ、まーたかよ」
 イッコーは呆れた風に呟いて、二人の口論を眺めてる。スキンヘッドの後ろには同じような風貌の男達がいた。どうやら出演の交渉に来たハードコアのバンドみたいだ。ここで演るのは初めてなのか、見た事ない奴らだった。
 千夜が他のバンドの奴らと喧嘩してるシーンはよく見かける。1年前なんかは日常茶飯事だったけど、みんな扱いが慣れてきたのか大事に発展する事は少なくなった。俺達のバンドに正式加入してからは、自分から喧嘩をふっかける事もしなくなっていった。
 でも、今回は様子が違う。千夜の名前だけ聞いてた奴がちょっかいを出したのか、どちらも相当頭に来てる。
「ちょっとばかり叩けるからっていい気になってんじゃねーぞ!どーせ他のメンバーに腰叩きつけて上手くなってんだろ。男に囲まれてさぞ幸せだろーなあ!」
 千夜の堪忍袋の尾が切れる音が、ここまで聞こえてきた。
 振り投げたスティック二本が、スキンヘッドの顔面に派手な音を立てて直撃する。
「やりやがったなクソアマぁ!!」
「貴様みたいなクズに好き放題言われる筋合は無い!!」
 殴り合いに発展しそうなところを、慌ててスタッフ達が止めに入る。俺達も千夜に駆け寄って力づくで取り押さえて、二人を引き離した。
「こら、離せ、そいつを殴らせろっ!」
 イッコーに羽交い締めにされながら、唾を飛ばして千夜は激怒してる。頭に血が昇り過ぎて、男に体を触られてるのにも気付いてない。
 向こうも同じようにスタッフに取り押さえられてこっちに罵声を飛ばしてくるけど、バンドの他のメンバーは面白がっていやらしい笑みで眺めてるだけだ。気に食わない奴ら。
「あれ、どーしたの?」
「お、ジゴちゃん」
 刺青の入った上半身を剥き出しにした背の高い黒の長髪の男が、鋲の入った革パンのチャックを上げながら階段から上がって来た。どうやらこいつらの仲間らしい。
「殴り合いの喧嘩。いいとこなんだったけど止められちゃってさー。ほら、アイツがこのへんで名前の知れてる千夜ってヤツ。神業のドラムが何だとか」
 ちょっと小太りな背の低いモヒカンが、ジゴと呼ばれた奴に説明する。俺と視線が合って、獣のような目付きを向けてきた。どこか人を見下したような視線がいけすかない。
「ここは貴様等が来るような場所じゃない!」
「ちょっとばかりデカいライヴハウスだからって来て見たら全然凄くねーじゃねーか!こっちから願い下げだ!」
 二人の口論はまだ続く。おろおろしてるスタッフの井上さんが、マスターを内線で呼び出すつもりなのか慌てて受付に駆けこんで行くのが見えた。
「いい加減黙ろーね、っと」
「ぐえっ」
 ジゴは後からスキンヘッドに近づいて、スリーパーホールドをかけて口を塞ぐ。俺達が目を丸くしてその光景を見てると、もがいてたスキンヘッドは白目をむいて気絶した。
「そこまでやるか、ふつー……?」
 イッコーが冷や汗を垂らして呟いた。ジゴは後のパンクス達にスキンヘッドを放り投げて、俺達に近づいてくる。たじろぎそうになるのを堪えて睨み返すけど、男は一向に無視して千夜の前までやってきた。
 そのまま無言の時が流れる。千夜は殺意の篭った目でジゴを睨み続ける。
「いやーごめんねー」
 と、いきなりジゴは張り詰めた表情を崩して謝って来た。千夜も気が抜けたのか、間の抜けた顔でジゴを見上げてる。
「何しろ血の気が多くてさ、大して上手くないくせにやたらと絡みたがる奴なの。今度から気ぃつけるよーに言っとくからさ、許してやってね……ん?」
 そこまで話してから、ジゴは千夜の姿をジロジロと眺め回し始めた。そして何か気付いたような顔を浮かべて手堤をぽん、と打ち鳴らす。
「お前、波止場?」
「!?」
 いきなり自分の苗字を出されたせいか、千夜は目を見開いて喉を詰まらせた。ジゴはその隙に素早く千夜がかけてる黒眼鏡をひったくる。そしてニンマリと笑みを浮かべた。
「ほーら、やっぱり波止場じゃない」
「か、返せっ!」
 慌ててジゴの手から眼鏡を取り返す千夜。顔を真っ赤にして動転してる千夜とは対称的に、ジゴは余裕のある顔で肩をすくめてみせる。
「ジゴちゃーん、そいつ知ってんの?」
 青い髪の毛をムースで固めたツンツン頭のパンクスが、歯の抜けた顔で訊く。
「知ってるも何も、こいつ中学ん時の同級生だし」
 ジゴに指差されて千夜は一瞬びくんと背筋をのけぞらせた。
「私は貴様なんて知らない!」
「ま、思い出せなくて全然構わなくてよ。オレも全然違うし、まさか波止場ちゃんがこんな気の強い男勝りになってるだなんて思いもしなかったもん」 
「く……!」
 千夜は言葉を詰まらせてジゴを睨む。自分の過去を知ってる人間がいきなり目の前に現れたから、すっかり冷静さを失ってるようだ。
「知ってる?こいつ結構学校じゃ有名だったのよ、何しろ――」
「黙れっ!!」
 突然、その小さい体のどこから出せるのかって思えるくらいの千夜の大声が場内に響き渡った。押さえてたイッコーの腕をすり抜けて、ジゴを殴りにかかる。 
 誰もが顔面に入ったと思った瞬間、ジゴは寸前で拳をかわして千夜の腕を取った。
「ほーら、いい身体してんじゃない」
 そして千夜の胸をベスト越しに手を触れる。千夜の顔に怯えが浮かんだと思った瞬間、
「離せっ!」
青空が転がってた千夜のスティックを掴んで殴りにかかった。
「いいかげんにしろーっ!!」
 このまま再び喧嘩が始まるのかと思ったところに、入口からマスターの怒声が飛んできた。全員が動きを止めて、マスターのほうへ顔を向ける。
「全く……喧嘩はご法度だって言ってんのに。ほら、下見に来ただけなんだったからさっさと帰った帰った。次問題起こしたら出演禁止にするぜ」
「ごめんなさーい。やっぱりここは場違いだったみたいなんで元のハコに帰りまーす」
 ジゴは千夜から手を離して、ステージに駆け寄ってきたマスターに謝った。他のパンクスもマスターを睨んでたけど、凄みのある目線を送り返して仲間を黙らせる。
「ほら、喧嘩売ってないで帰るわよ。それじゃ、お邪魔さまー」
 スキンヘッドを肩に担いだジゴはパンクスを連れて、引き上げて行く。スタッフや俺達との間に、無言の敵意のある視線が飛び交っていた。
「ああ、そうそう」
 途中でジゴはステージ上の千夜に振り返って、空いたほうの手を軽く上げる。
「そのカッコも似合ってるわよ。『女』だけどね」
 千夜は殺意のある目でジゴの背中をずっと睨み続けていた。その姿が見えなくなると、糸が切れたようにその場に膝から崩れ落ちる。
「おねーさま、大丈夫!?」
 カーテンの裏に隠れてたキュウが慌てて駆け寄った。千夜はいつにない蒼白な顔で、荒い呼吸をしながらステージの床に視線を落としたまま固まってる。
「なんでも、ない、なんでも……」
 キュウの手を振り払って、千夜は立ち上がった。言葉とは裏腹に、どう見ても顔色が悪い。ふらふらと千鳥足でスティックを拾いに行く。
「ごめん、マスター」
 俺が謝ると、マスターは眉間に皺を寄せたままため息をついた。
「お前等も今回だけは許してやるが、二度と揉めごとを起こすんじゃないぞ。次やったらお前等だって一定期間ここでライヴ禁止にするからな」
「わかってるよ」
 マスターは育って行くバンドも思い入れがあるけど、それよりもこの自分のライヴハウスに物凄く愛着を持ってる。「ここの会場に持ち込めるのは音楽だけ」って言葉は、マスターの座右の銘だ。
「でもどーして、あんな場違いなやつらがここに来てんだ?ハードコア用のハコがやつらの縄張りだろ?」 
 イッコーが奴らの去って行った入口を眺めて、マスターに質問する。
「あっちのシーンじゃ結構名の上がってきたバンドでな、一回サイズの大きいハコでやってみたかったんだとよ。ま、条件が折り合わなかったみたいだからやめたけどな」
「でもなー、柄悪いから嫌い、あっち」
 正直なイッコーの感想につられて笑ってしまった。いつも自分だって一歩踏み込めばそっちの系統に走ってしまう雰囲気を醸し出してるのに。
 張り詰めてた空気もようやく和んできたかと思った途端、後で激しい物音がした。
「千夜っ!?」
 振り返ると、千夜がドラムの前で膝をついている。座ろうと思った拍子に倒れたのか、バスドラムの前に椅子が転がっていた。急いで青空が駆け寄る。
「大丈夫?休んだ方がいいんじゃない?」
 青空が背中に手を触れると、千夜は顔を引きつらせて睨み返した。
「あ……ごめん」
 千夜は自分から相手を殴る場合は大丈夫だけど、普段から他人に触られると眉を吊り上げて怒鳴り散らす。キュウのスキンシップだけは例外だけども。
 だけど今回は違った。
「心配するな、やれる……から」
「キュウ、千夜を楽屋に連れて行って」
「青空!」
 千夜は叫んで、青空に懇願するような目を見せる。いつもの気丈な顔はすっかり消え失せてしまって、とても弱々しく、そして女の子らしく見えた。
「……本番でちゃんと叩ければいいんだから。ね?」
 青空が優しい笑顔を向けると、千夜は唇を噛み締めて小さく頷いた。キュウに肩を貸してもらって、楽屋へ通じる階段に向かう。
 降りるその時に一瞬だけ振り返ったその顔に、涙が浮かんでるのが見えた。


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