→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第3巻

   067.甘き日よ、再び

 朝だ。
 呻き声を上げて起き上がるのすらだるい。カーテンの向こうから、遅い夜明けがやって来る。ずっと仰向けになって眠ってたせいか、背中が伸びて痛い。何度か左右に寝返りを打ち、上体をほぐす。
 だんだんと、曜日の感覚が分からなくなってきた。正月から今日まで、溢歌の家と俺の家との往復しかしてない。溢歌がいつひょっこり戻って来るかわからないので、わざわざ毎日出掛けてる事もある。ただ、あそこにいると溢歌の心を感じられる気がするから。
 単なる気休めなんだろうなと自覚してる。でも、今の俺は巨大な不安に押し潰されそうな虫けらみたいなものだ。少しでも、溢歌の存在を自覚していたかった。
 昼過ぎにコンビニに寄ってからふらっと訪れて、日が暮れるまでそこにいる。前に訪れた時、ここの隣人のおばさんとばったり会ってしまった時にはどうしようかと思った。今しばらく溢歌が留守にしてるので代わりに俺が合い鍵を貰って来るようにしてると言うと、いやらしい笑みを向けられた。まあ、そんなもんだろう。
 その時、色々と昔話を雑談で聞かせてもらった。お爺さんがまだ生きてる頃は、庭の向こうから綺麗な歌声が時折響いていたらしい。きっとお爺さんに聞かせるための歌だったんだろう。溢歌も人付き合いは悪く、変な子と思われてたけど、病に倒れたお爺さんを懸命に介抱していたのには近所の人も感心したそうだ。
 ただ、亡くなってしまってからはめっきり塞ぎ込んでしまって、普段何をしているのかも解らない、奇異な目で見られるようになって周囲の人も近寄らなくなってしまった。
 そんな子がいきなり俺を連れて来るんだから、そりゃ不審者に思われて仕方ない。説明すると納得してくれたので、一安心した。自分の身元も聞かれたのでバンドをやってると正直に答えると、一曲歌ってくれとか困った要望を出されて参ってしまったけども。
 不安なのに不安じゃない、変な感覚。むしろ自分の家に戻って来て眠る時の方が辛かった。ずっと溢歌の家にいればいいのにと俺自身も思う。それができないのは親の遺産で部屋を借りている後ろめたさと、愁に対する意味のない義理からだろうか。
 俺の部屋の中はとても静かで、ひんやりとして、寒い。暖房はつけてない。付けると乾燥して、喉が痛くなるから。年が明けてからは家にいる間、ほとんどの時間を唄う事に費やしている気がする。
 あれだけ唄うのが苦しくて嫌がっていたはずの青空の作った歌が唄えるのは、今の俺の気持ちをダイレクトに表してるんだろう。もっと青空やイッコー、千夜とバンドを続けたい、溢歌に俺の歌声を届けたい、そんな強い想い。俺が今唄っているだけで、遠く離れた溢歌の心に微かにでも届いてるんじゃないかって、そんな切なる願い。
 ただ、それもあって少しずつ喉の痛みが増してきた感じがする。持病……と言うほどでもない。酷使し過ぎると喉が枯れるのは、人間誰だって同じだ。他人より一日に歌に費やす時間が凝縮されてたりするおかげで、喉は強固になってる印象もあるとはいえ、ダメージも蓄積されてる気がする。
 その分、今は日常に会話で喋る機会がほとんどないので、多少は楽だ。念のため、のど飴は常備携帯するようにしてる。もちろん、しっかりとした物だ。
 喉の痛みなんかより、唄う事で雑念を振り払う事ができれば、それに越した事はない。
 溢歌の家で心に思い浮かぶメロディと、俺の部屋で口ずさむものとは随分性質が違う。心の持ちようで旋律が変わるのはいつもの事とは言え、救いを求めるものと、闇から逃げ惑うものとでは大きく異なってた。
 ただ、曲として残すつもりが一切なかったのは、俺がこの苦しい時間を書き留めておきたくないから。昔なら、自分から産み出るものは全て残らず心に刻みつけようと躍起になっていたのに。俺自身も大分変わったなと自覚する。
 とりあえず台所へ行って顔を洗って、トイレで用を足す。猫背のままベッドに戻って、また倒れる。生活リズム自体はかつて家に篭もってた頃を思い出す。
 日に日に体が重くなってきてるのは疲れのせいか。それとも精神の疲労か。唄うのも止めて、眠気が完全に取れるまで夢の中にいたい思いだ。ただその夢も悪夢の可能性もあるから、結局は逃げ場になりはしない。
 俺は溢歌が戻って来るまでこんな生活を続けてるのかな。そんな不安を抱えつつ、また寝返りを打つ。大きなあくびが出たので、もう一眠りする事にした。
 最近は夢を見ないようにしようと脳が心がけているのか、目が覚めた時にほとんど記憶がない。ただ、やけにうなされる事が多くなった気もする。
 多分今の問題が全て解決されるまで、この状況が続くんだろうな。
 再び目が覚めて、起きるのも億劫になって二度寝しようかと考えてると、不意に玄関のチャイムが鳴った。もちろん出るつもりはないので無視していると、今度は携帯の着信が鳴った。そのまま留守録まで待つと、イッコーの声が受話口の向こうから聞こえてきた。
「あれ、寝てたん?寝ぐせすげーぜ」
「ああ……ちょうど起きたとこ」
 玄関の扉を開けると俺の頭を見て、イッコーがびっくりしていた。そのまま廊下の外に目をやると、どうやらまだ昼間のようだ。我ながら酷い日常生活を送ってる。
「珍しいな、イッコーが一人で俺の家に来るなんて」
「そっか?初めてだっけなー、まーどうでもいいや」
 俺の部屋は防音設計なので練習がてらに昔は青空とよく来てたもんだ。あの頃が凄く遠くに思えてしまう俺はおっさん化してるのかもしれない。
「ま、どうぞ」
 追い返す理由もないので、素直に部屋に入れた。俺はそのままベッドの上に転がり込む。そんな俺を見て呆れた様子のイッコーが、締め切ったカーテンを全て開けた。
「うおおおお溶けるうううううううう」
「おめーは蚊かよ」
 きちんとツッコミを入れてくれるのがありがたい。上体を起こし、うんと背伸びをした。そんな俺が呑気そうに見えるのか、イッコーがため息をつく。
「電話にゃ出るけどちゃんと生活してるのかと思って足を運んでみりゃー……昔と変わんねーじゃねーか」
「そんな事はないぞ。一応毎日バイクで出かけてる」
「いや、なんつーか、生活態度がな?」
 自信を持って反論すると、見事に呆れられた。当たり前か。
「何もやる事なくなって、引きこもってるんじゃないかってな。あ、これ弁当」
 イッコーが手に提げていた買い物袋から唐揚げ弁当(大盛)を出してくれる。隙間から漂う脂の匂いだけで、俺の腹は大きく鳴った。
「ごっつぁんです」
「ちゃんと金払えよ」
 ケチな奴だ。わざわざ弁当を持って来たのは、俺の物臭な性格を見越しての事か。
「昼間の店の手伝いが終わったから、俺もちょうど昼メシの時間なんだわ。なんでここで食わせてもらうぜ」
 そう言って自分の弁当2つ分を取り出す。蓋が圧力で弾けそうなくらいおかずを詰め込んでるのは、さすが体躯のあるイッコーと言った所。少し俺も摘ませてもらった。
「他人に作ってもらった料理は旨いな」
「そんなしみじみ言うほどのもんでもねーだろー」
 イッコーは笑い飛ばすけど、俺にとっては十分感慨に浸れる味だ。何気なしに食べていた溢歌の手料理が無性に恋しい。それには及ばなくても、イッコーの料理は毎度の事ながら俺の味覚を十二分に満たしてくれた。
「この後も店の手伝い?」
「うんや、今日は夕方から他のバンドの奴等の助っ人。ギターが胃潰瘍で入院したってんで、急遽俺が穴埋め役になったわけよ。まったく、いきなり言われても困るぜ」
「まんざらでもない顔してるけどな」
 でなきゃわざわざ店の手伝い放り出してヘルプに行かないだろう。
「わかる?んまー、今は楽器をステージの上で弾けるってのが幸せってもんかね。バンドがどーなるかわかんなくても、できるこたぁあるんだってこと」 
「その前向きさが羨ましいよ」
 イッコーの行動力は俺には到底真似できそうもない。お手上げで弁当の唐揚げを突いてると、俺の顔を見て切り返してくる。
「立ち止まって考えてっと余計なことばっか考えちまうからなー。おれはいつでも動き回ってるほうが性に合ってるってゆーか……何ならたそも紹介するぜ」
「いいよ俺は。第一、イッコーみたいにギター上手く弾けないし、青空の歌しか唄えないからな」
「そっか。……そーだよなぁ」
 俺の糞真面目な返答に大きく頷く。長年一緒にいるからこっちの性格もよくわかってる。
「とりあえず先に全部食うか」
 喋ってると弁当が冷めてしまうので、先に平らげてしまう事にした。俺の倍近くの量があるのに食べ終わる時間がほとんど変わらないって、どんだけ大食らいなんだ。
「でまぁ、バンドのこれからのことで来たわけだ」
「直球だな」
 遅かれ早かれこの話題は避けて通れないので、俺も気を入れ直した。
「でも、青空やキュウとミーティングしないとどうにもならないんじゃないか?千夜はまだ入院してるんだろ?」
 率直な感想を述べる。一応毎日青空から携帯電話に連絡は入れて貰ってるけど、千夜は退院までに後数日かかるらしい。
「まーそーだな。つってもだらだら休んでるわけにもいかねーし。千夜が戻ってきたとしても、いきなりライヴなんてできねーだろーから、個人的にゃそろそろマジメに音源作りてーなって気もすんだけど」
「前みたいに一発録りでか?俺、レコーディングなんて全然詳しくないからわからないな」
 以前カセットテープに録音する音源を残した時は、ライヴ形式だったのでさほど違和感なく唄えた。ただ演奏が間違ってる部分や気にくわない部分も編集してないので、後から聴き直すと不満点があるのも確かだ。と言っても、俺はほとんど聴いてない。
「ライヴの場合は他のプレイヤーとの呼吸が大事だけどな、録音の場合は走らないリズムとか重要だかんな。ま、ドラムは別録りで後に回して、俺らはリズムマシンでカウント取るってのがいーんじゃねーかな」
「う……苦手なんだよな、あれ」
 文化祭の時に千夜がいない間、ドラムマシンを代わりにしてたけど正直唄いづらい。意の向くままに唄えないせいか。千夜が後ろで叩いてる時は、俺が先走りそうになってもついてきてくれたし、行き過ぎな時には下がって俺を演奏で呼び止めてくれていた。
「ま、いきなり100%のものを作るなんて無理だからよ。できる範囲の事でいーんじゃね?千夜が休んでる間、手持ちぶさたってのはつまんねーわ」
「あ、そうだ。イッコーにはまだ話してなかったか、マスターの誘いの事」
「あん?」
 首を傾げたので、青空にも聞かされてないようだ。クリスマスライヴの後のマスターと青空とのやり取りを詳細に説明してやる。
「あー。ま、それに関しちゃ今は深く考えなくてもいーんじゃね?音源録ってからでも別に問題ないっしょ。レーベルはいくつか誘いが来てるんだよな?焦る必要ないって」
 レモンティーのパックを啜っていたストローを口から離してイッコーが答える。ライヴ後の打ち上げの席で青空はレコード会社の人に何人か名刺を貰ってたはずだ。
「ちゃんとした場所で録音するのは金かかるんだろ?そんなに貯金あったっけ、俺達」
「うーん、あったか?おれも結構バンドやってっけど、そーゆーのは気にしたこと一切ねーんだよなー。事務所持ちだったから」
 イッコーの昔のバンドはインディーズの事務所に所属していたから、問題なかったのか。
「いざとなりゃ事務所をどっか先に決めて、スタジオ取ってもらうって方法もあるけどな。そのへんも引っくるめて、キュウに聞いてみねーと。あいつと青空に任せっきりだから、そーゆーんは。おれもバンドで手に入れた金はすっからかんだし」
「何に使ってるんだ」
「エフェクターとか細かい機材だなー。音に凝り出すと際限ねーしな。楽器はあんまぽんぽん持つ気はねーんだけど、手に馴染んでるとかあるからさ」
 う、偉い。俺みたいに生活費と同化してるのよりよっぽどためになる金の使い方してる。
「たそも結構貯まってんだろ?部屋でぐーたらしてばっかだしよ。おれのギターもいいけど、自分のギター物色してみてもいーんじゃね?」
「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
 イッコーの提案で、この前溢歌に貰ったギターの事を思い出した。押入の中に締まっていたギターケースとエフェクターのハードケースを引っ張り出す。
 溢歌がいなくなっても、この貰い物は封印していた。弾いてるうちに溢歌の事を思い出して感極まってしまうのが嫌だったから。そこまでしみったれた気持ちで弾いても、楽器の為にも俺の為にもならない。溢歌との想い出は、まだここにあるんだから。
「これ」
 ベッドの上にケースを置いて、中から取り出す。ベランダから差し込む日の光を吸い込んで輝く深い蒼のボディを観て、イッコーが驚嘆の声を上げた。
「すげーじゃんそれ、買ったん?」
「まさか。こんな高価な物買える訳ないだろ。貰い物だよ貰い物」
 そう言ってボディに埋め込まれてる宝石をさする。いざ抱えてみると、重さ以上の重みを感じる。本当に使い込まれた物って感じだ。
「まさか、パクったりしてねーよな」
「してないしてない。れっきとした貰い物だよ。俺には手に余る代物だけどさ」
 疑いの目を向けてくるイッコーに笑って弁明する。軽く弦を奏でると、アンプも繋いでいないのにエレキギターとは思えない音色を立てた。
「アンプはねーの?……ねーか。まいったな、一式持ってくりゃよかったか」
「今度でいいよ。もし、今後レコーディングするんだったら試しにこれを使ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「んー、ま、いーんじゃね?別にどっちにこだわるとかしなくても、弾いてみていいと思ったほうを使えばいいんだからよ」
 俺の提案にイッコーははにかむ。今までイッコーのを使わせて貰ってきたから、少し残念な気持ちもあるだろう。言われた通り、曲調に合ったギターを使えばいい。
 しばらくテロテロ弾いてみる。しかし即興はあんまり上手くいかないので、イッコーにバトンタッチした。チューニングを再調整し、適当にリフを奏でてみる。俺とは雲泥の差の演奏力で、豊かな弦の音色が部屋を包んだ。
「へー、こりゃ相当いいギターだわ。年代物みてーだけど、俺の持ってるどのギターよりもいーんじゃねーの」
 滑らかな口調で控えめに話すイッコーの目は、新しい玩具を与えて貰った子供のようにギラギラと輝いてる。そのまま持って行かれないように注意しとこう。
 ハードロック調のリフでもアルペジオでも、しっかりとした音の響きをしてる気がする。アコギと違って中に空洞も空いてないのに不思議なもんだ。この外見が、俺達の耳を惑わせてるのかも。
 食後の一服がてらにそのまま数曲弾いて貰い、ベッドに座って堪能する。
「おれにくれない?このギター」
「ダメ」
 物欲しそうな目で見つめるイッコーに即答する。本気で欲しがってるのか残念そうな顔をした。俺にはギターの善し悪しなんて判断がつかないから理解できないところもある。
「なーんかどっかで見たことあるよーな気がすんだけどな、このギター……ま、いっか」
 イッコーは何やら呟いた後、ギターをケースに閉まった。
「誰に貰ったん?」
「えーっと……イッコーにはちゃんと説明しておいた方がいいんだろうな」
 溢歌の件をいつまでも隠し通しておく訳にはいかないだろう。別にそんなつもりはなかったけど、愁の件で非難されるのも嫌だったから。
 出会いから青空との仲違い、愁と溢歌との三角関係と大晦日の別れまで、かいつまんで説明した。それでも軽く一時間近くは喋り続けただろうか、終わる頃にはいい加減疲れた。
「あー、まー、ホント濃い人生送ってんねおまえさん」
 感心してるのか呆れてるのか、イッコーが納得したように頷く。
「たったの3ヶ月なのに、もう何年も過ごしてるみたいだ」
 正直な感想が口に出る。一人でいた頃よりも何倍も時が進むのが遅く感じる。
「しっかしそーゆーことはもっと早めに打ち明けて欲しかったもんだぜ。おれ一人だけ蚊帳の外なの」
「別にそんなつもりはないって。キュウにも話してないしもちろん千夜にだって。そもそも溢歌との件は、青空と俺との問題で、まさか愁まで巻きこんでこんな事になるなんて思ってもみなかったからな」
「十分巻きこまれてるっしょ、おれも千夜も。だからあんなに練習ん時ギスギスしてたんか2人で」
「ホント悪い、申し訳ない。今はもう仲直りしたから」
 ベッドの上で座布団に座っているイッコーに向かって土下座をしてみせる。そんな俺を見てイッコーはしばらくばつの悪そうな顔をして、やがて大きくため息を吐いた。
「もう過ぎ去ったことだからいーけんどよ。青空のやつもおれに何の相談もしなかったかんなー。キュウが聞いてれば絶対おれに言いふらしてくるはずだし。たく、ホントおまえら似すぎ、2人とも」
「返す言葉もない」
 俺達2人のせいで周りの人間が迷惑を被ったんだから、平謝りするしかない。
「ま、キュウには今日聞いた話は言わねーようにしとく。話したとこで愁ちゃんのことでうじうじうじうじ言われるだけに決まってっかーな」
「本当に悪い…」
「てか電話にくらい出ろよいーかげん。ちゃんと青空やキュウからのメール読んでっか?おれは性に合わないから使ってねーけどよ」
「あ」
 溢歌とのしばしの別れのショックからか、何もかも億劫になってしまったせいでメール確認もすっかり忘れていた。
「そうだ愁は!?」
「とっくに退院したっつーの。……たそ、その浦島太郎っぷりをどうにかしよーぜ……」
 今更慌てふためく俺の姿を見て、心底呆れ果てているイッコー。愁の事はなるべく思い出さないように記憶の底に封印していたせいで、すっかり気付かなかった。
「ほら、もう3学期始まってっだろ?明日からすぐ連休だけどよ。キュウが言うにはちゃんと授業にも出てたし、周りのクラスメートも何にも知らねーって。ちょうど冬休みの間に入院してたから、気付かなかったみてーだな。友達の誘いには適当にごまかしてたり」
 それは良かったと大きく胸を撫で下ろす。今の俺が愁にできることは何も考えられないから、ほとぼりが冷めるのを待つしかない。
「恋愛指南なんておれにゃできねーけど、次会う機会があれば土下座して謝ってたほうがいいぜ。そだ、久しぶりにミーティングしようぜ。キュウと青空呼んでさ」
「千夜も来るのか?そういやもうそっちも退院できたんだよな?」
 千夜の件もすっかり忘れていた俺が訪ねると、イッコーは難しい顔を浮かべた。
「その、退院はもうしてっけど、連絡は取れてねーし。音大の試験日は二月の頭くらいって小耳に挟んだけど、どうなってんのかは全くわかんねーなー」
「そうか……残念だな」
「それもひっくるめてのミーティングってことよ。ま、ライヴ後にバンドだけの打ち上げもできなかったから、今になってやるってことで。新年会も兼ねて」
 肩を落としている俺をイッコーが笑って慰めてくれる。この持ち前の明るさが本当にうらやましく思える時がある。
「あ、そうだ」
 イッコーのその言葉で、言い忘れていた事を思い出した。
「あけましておめでとう」


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