→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第3巻

   070.氷の仮面

「オレは中学ん時、こんなナリじゃなくてね。背も小っちゃかったし、髪型も体格も全然違ってたから、波止場のヤツはオレが誰だか気付かなかったんだろうけど。でも、アイツは外見が変わってたけど、何となくわかったわね。今は眼鏡かけてるし、髪もボサボサにしてたけど、張りつめた雰囲気が昔と変わってなかったっていうか。
 波止場とオレは中学3年の時、同級生だったのよ。そこそこレベルの高い共学校でね、私学ではなかったけど。そこで波止場は学級委員長と生徒会長の掛け持ちをしてたの。
 学歴優秀でね、何やらせてもうまくできるヤツだったわ。おまけに美人で、運動神経もバツグンだった、マンガの中から出てきたみたいなキャラだったの。中学の時はずっと髪を伸ばしてたっけ。モチロン、男子からも結構モテてたわ。
 でも他人とつき合うのが上手いってワケでもなくて、クラスの内外で揉め事を起こしてた。鼻持ちならないとか、高飛車とかじゃなくてね、物凄く完璧主義者で、些細なミスも見逃さないっていうね。ソレが気にくわないヤツらも大勢いたってコトよ。大体そーゆーヤツらは頭の悪い問題児ばっかりだったわね、男女問わずね。
 オレ?オレは可もなく不可もなく、目立たないヤツだったわ。クラスに一人はいるでしょ、本当に空気なヤツ。登校拒否でもいじめられてるワケでもなくて、いてもいなくても変わらないってそんなヤツよ。その反動が今の格好になってるのかもね。あ、オレのコトはいいって?でもこっちが本名からステージの名前取ってるワケじゃないから向こうも全くわかんなかったんだろうね。ジゴってのはうちのジイさんのジゴロウから取ってるんだけど……ってオレの話はいいって?
 でもね、波止場のヤツは「chiyo」って名乗ってたんでしょ?どうせ過去のしがらみから抜け出したくてあんなカッコしたんでしょうに、ソコをどうして変えなかったのかしらね?そのヘンの頭の固さがオレの知ってる波止場っぽいけどね。
 あ、過去話の続きね。あらやだ、酔ってるとすぐ話が脱線しちゃうわ。
 波止場が襲われたのは、ちょうど今頃の時期だったかしら。卒業式ももうすぐって時だったわ。今から3年前の話ね。
 襲ったのは同じクラスの連中がほとんどだったの。だからあの後、クラスの人数が一気に減っちゃって授業が大変だったのよ。知ってる?女子中学生が同級生に集団暴行を受けたってニュース。地元だと結構話題だったんだけど、それが波止場。
 普段から敵対してた不良達が襲ったって思うでしょ?でも違うのよね、襲ったのは同じく学級委員長を努めてた男子グループ。積み重なった小言から来る嫉妬なのかしらね、怖いものだわ。襲った相手は最初は襲う気はなかったって後で言ってたみたいだけど、絶対嘘よね。あの年の男子はもうサカリっぱなしだから、性欲衝動が抑えられなかったんじゃないかしら。
 総勢10人だったかな?クラス男子の半分以上よね。それだけみんな波止場に目をかけてたってコトだと思うわ。生徒会で帰りの遅くなった波止場を教室で取り囲んで、襲ったらしいの。明かりを消して、学校の連中に気付かれないようにね。
 でも勢いに任せての犯行で、後始末なんて全く考えつかなかったみたいで、夜中に構内の見回りをしてた用務員に見つかっちゃって、襲った連中全員少年院送りされたんだけどね。教室が犯行現場だったもんだから、しばらく残されたクラスの連中は他のクラスに分散されて授業受けてたわ。
 オレ?オレはモチロン参加してないわよ。でも……襲われてるのは知ってた。連中の一人から誘いの電話が来てたからね。そんなのに混ざる気もなかったし、助けに行こうかどうかしばらく迷ってたわ。その間に襲ってるトコ大人に見つかっちゃったけどね。
 あの後波止場は卒業式まで学校に姿を見せなかったわ。で、そのまま雲隠れ。中学の時は両親の不仲でジイさんかバアさんか知らないけど、実家からしばらく移り住んでたっていう噂も聞いてたコトがあるから、それ関係なのかもね。そのヘンはアンタらのほうが詳しいでしょ?
 波止場に同情する声とザマアミロって声は同じくらいだったかな?その場のノリで叩いてた連中も多そうだったけどね。あまりに出来過ぎクンだったから、妬まれる要素も多かったみたい。いろんなバンドを掛け持ちしてる、凄腕の若い女ドラマーの名前はコッチにも伝わってきてて、トラブルも多い噂は聞いたコトがあるけど、それが波止場だってわかった時は何となく納得した感じ。
 あの子の昔話なんてのはただのイベント打ち上げでの話の種の一つでしかなかったのにね、よっぽどあいつらはケンカ吹っかけられたコトを根に持ってたんだろうね。波止場ももっと女らしく、おしとやかにしてりゃこんなマネにはならなかったんじゃない?悪いのは全部こっちのバカ共だけどね。
 でも、黙ってるとマジで美人だったわね、中学ん時の波止場。オレ一度ゲタ箱にラブレター出したコトあるもの。若さ故の過ちってヤツじゃないけど、情熱ってか熱情?……ソレもあって、あの時オレは混ざらなかったのもあるわね。でも、ホントもったいないわね、あんな美人が、男連中に二度もボロボロにされるなんて」
 ジゴの会話の内容は凄惨の一言だった。二度も輪姦された千夜の心情は、俺なんかがどれだけ想像してもし切れない。
「そんなの……そんなのって、おねーさまの人生って男に蹂躙されてばかりじゃない!」
 堪えきれなくなったキュウが感情を爆発させる。無理もない、同姓だから千夜の心境をこの中で一番わかってるに違いないから。
「それだけ綺麗な花には群がる虫達も多いってコトよ。アンタも覚えておくのね」
 ジゴに諭されて、キュウは反論できずに押し黙る。自由奔放な性格のキュウも、普段から苦労を感じてるんだろう。
「そっちはこれからどうする気?波止場のヤツがダメんなったら、他のドラムでも雇う?」
「そんな訳ないだろ。千夜を見捨てられるか」
 思わずジゴの挑発に乗ってしまう。どうしようもない怒りがつき纏っていて、こいつにぶつけたい気持ちで一杯だ。しかし屈強な体躯の相手に殴りかかったところで、返り討ちに遭うのがオチだ。向こうも手を出してくる様子はないし、こちらから仕掛けてキュウを危ない目に遭わせる訳にもいかない。
「くそっ」
 怒りに任せ汚い言葉を吐き捨てて地面を蹴り上げる。しばらく頭が冷めそうになかった。
「精々頑張ってアイツを助けてやりなさいよ。二度も犯されるなんて、普通ありえないでしょ。周りが相当ケアしてやらないと、社会復帰さえできないんじゃない?」
「ずいぶん優しいんだな、おめー」
「そりゃ多少の負い目は感じるわよ。あのライヴハウスでイベントやろうって言い出した一人だもの。原因探ししたトコロで、何の解決にもなりゃしないけど」
 イッコーが鋭い眼光を向けても、ジゴは怯む様子すら見せずに釈明してる。いい奴とは決して思わないけど、言うほど悪い奴ではないのかもしれない。
「こんなコトもあったから、しばらくはこの倉庫も一人で使う別荘になってるの。趣味程度のバンドでいいから、そろそろ始めたいもんよね。いい連中がいたら紹介してくれる?」
 ジゴは自分の話題に話を持っていく。これ以上こいつから聞ける有益な話もないだろう。そろそろ引き上げようと青空に目配せした。ここにいると胸糞悪くなるだけだ。
「ま、多少は胸の内がすっとしたわ。おめーを許せるわけじゃねーけど、ブン殴ったとこで何の解決にもなりゃしねーくらい、おれでもわかるし。どんな音楽やってんのか知らねーけどよ、もっとマシな連中とつき合ったほうがいいぜ。今後パクられたくなけりゃな」
「肝に銘じておきますわよ」
 イッコーの脅しに似た忠告をジゴはさらっと受け流す。
「そこの金髪のねーちゃんも気をつけた方がいいわよ。音楽やってる連中なんて、ロクデナシばっかりだから。いつ波止場の二の舞になるかもわかんないしね」
「アンタにだけは言われたくないわよっ!」
 キュウは肩を震わせて怒鳴る。
「女をモノ扱いにしかしてないヤツらが、説教垂れるんじゃないわよ!おねーさまがどんな思いでバンドを……音楽やってたのと思ってんのよ!!髪の毛短くして固めてたのも、いつも黒のスーツに身を固めてたのも、その中学の事件を振り切るタメにやってたに決まってるじゃない!周りの人間を寄せ付けない性格だって、それが原因でしょ!?いろんなバンドをかけ持ちしてまで、音楽に身を傾けてた理由が今ならアタシにだってわかるわ。集団で襲われた過去を振り払いたかったからよ!必死に頑張ってきて、ようやく定住できるバンドを見つけて、さあこれからって時だったのに……。アンタ達がアタシ達のバンドを壊したんだからね!おねーさまに更に深い傷を負わせて……。どうしておねーさまにばかり目をつけるのよ!性格がどうとか言われても納得できない!そんなに他人に恨まれるような生き方してるってワケ!?アタシ達と何が違うっていうのよ!!人間誰だって知らないウチに妬まれたりするわよ。でもね、そんな自分のふがいなさを敵意で向けて何になるって言うのよ!それで誰かを傷つけてりゃ世話ないわよ!!……そりゃ、おねーさまはずっと閉じこもってたわよ、自分の殻に、時には周りのヒトに牙を剥いて。アタシが一緒にいても、アタシに本心を開いてくれるコトなんて一度もなかった。でもね!そうやって必死に自分の痛みを我慢してる人をどうしてそんな簡単に傷を抉って、その上から致命傷を負わせようとするのよ!?理解できない!アタシにはホント理解できっこないわ!!」
 ありったけの大声で、剥き出しの感情を吐露する。目に大粒の涙を浮かべて、ぐしゃぐしゃの真っ赤な顔で。その迫力に、俺を含め誰も言葉を挟むことができなかった。
 わかってる。頭ではわかってるのに、理解できない、したくもない。そんなキュウの混乱した頭の中が今の会話にぶち撒けられていた。
「……あー、その、悪ぃ。おれ達、そろそろ退散するからよ」
 気まずそうな顔でイッコーがジゴに謝って、勢い余ってそばまで詰め寄っていたキュウを引き剥がす。
「ちょっとまだアタシはこの男に言いたいコトが山ほどあるのよ!」
「はいはい、全部言わせたらそれこそ終電終わっちまう」
「離しなさいってば、どこ触ってんのよ」
 暴れ出すキュウをたしなめて、力業で倉庫の入口まで押し返していく。あれだけキュウが怒ってくれたおかげで、後で見てた俺も多少溜飲が下がった。
「その……あんまり気にしないで。うちのマネージャーなんだ。大事なメンバーを傷つけられて、怒りが収まらないんだよ」
 ばつの悪そうな顔で青空がジゴに弁明する。ジゴはソファから上体を伸ばしてテーブルの上のつまみを手に取ると、またソファに寝転び直した。
「それだけ仲間想いなのはいいコトじゃない。オレもいつかそんないい連中とつるみたいわね。警察沙汰はもうコリゴリってね」
 あれだけキュウに怒鳴られても、動揺一つ見せず平然としているのは神経が図太いのか内心を表に出さないタイプなのか。
「それじゃ、僕達はこれで帰るよ。色々と千夜の事が聞けて良かった」
 お礼の言葉が出てこないところが、青空のジゴに対する姿勢だと見て取れる。俺もまだ納得はできてないけど、千夜の口からは語られることがなかった過去が聞けて、あいつがどんな人間なのか、より深く理解できて、身近に感じられるようになった気がした。それだけで、今日は十分過ぎるほど収穫があった。
「波止場のヤツがまた元気になってくれるコトを祈るわ。このまま死なれでもしたら夢見悪いもの。男に突っかかるほど元気になられても、また同じコトが起きそうだけどね」
 俺達を気遣ってるのか茶化してるのか、夢見の悪いことを言う。俺は何も言葉を返さずに、踵を返してイッコー達の待つ入口へ向かった。これ以上顔を合わせたくない相手だ。
「来た道はわかるよな?ここら一帯治安悪いから、早く帰った方がいいわよ」
「余計なお世話よ!みんな、さっさと引き上げましょ。話してると気分悪くなるわ」
「はいはい、んじゃオレは一眠りするとしますね」
 ジゴは俺達にひらひらと手を振って、テーブルの上に置かれてあったカウボーイハットを顔に被せて眠る体勢を取った。
「波止場にあったら伝えといて。あの時助けられなくてゴメンねって」 
 それだけ言い残すと、すぐにわざとらしいいびきが聞こえてくる。こいつも千夜の件に関しては罪悪感があったのかなと少し同情した。
「じゃあ、行こうか。思ってたより遅くなっちゃった」
 青空に背中を押され、俺達はジゴを一人残して倉庫を出る。駅周辺のように周囲に大きな建物が密集してないせいか、冬の風が一層身に染みる。逃げるようにその場を離れて、途中自動販売機で温かい飲み物を買って駅前まで戻った。風俗街にはライヴが終わったのか、駅に向かって歩を進めるいかつい服装の客達を結構見かけた。
「アタシ絶対に許せないわよ、おねーさまをこんなヒドい目に遭わせた連中」
 怒り過ぎて頭の血管が切れるんじゃないかってくらい、キュウの顔はずっと真っ赤のままだった。時折堪えきれなくなって泣きそうになるのを俺達が相づちを打って慰める。夜風が吹き抜けるプラットホームで電車を待つ間も、キュウの相手で一苦労だ。
「千夜に会った時に、ジゴから聞いた話は絶対にしちゃいけないよ」
 青空の忠告を受け入れる俺達。こんな話、本人の前でできるはずもない。千夜の心の傷がどれだけ深いのかと、想像するだけで背筋が寒くなる。
「なあ、千夜のやつ戻ってこれると思う?」
 十分近く待った後に到着した電車に乗ると、珍しく神妙な顔で隣に座るイッコーに尋ねられた。正直答えに詰まった。俺が千夜の立場だと想像したら、もうスティックを握るのも嫌になる。犯された場所を考えると、スタジオに入るなんてできなくなるだろう。
「どれだけ千夜が強いか、だな。でもあいつは強いと言うより、自分を奮い立たせて強く見せてるような奴だったからな……」
 これまでの千夜との思い出を振り返ってみる。大半はいがみ合ってる嫌な記憶しか甦ってこないけど、普段から相当無理をしてるってことは、叩いてる切羽詰まった音や少しのミスも許さない完璧主義な面から想像できた。
「何にせよ、僕達は千夜を信じるしかないよ」
 真向かいに座る青空が真剣な面持ちで言う。隣で泣きべそかいてるキュウも黙って頷く。
 俺が今の千夜にしてあげられることは何だ?
 帰りの電車の中、ずっとそんなことばかり考えても、答えの一つも浮かばない。
 水海に着いた頃には、日も変わろうとしていた。
「じゃあ、次にスタジオへ入る日時を後で知らせるよ、おやすみ」
 青空と駅前で別れて、家までの帰り道をイッコーと肩を並べて歩く。夜風の冷たさがむき出しのほっぺに直撃して、すぐ帰らないと凍死してしまいそうに思えた。
「ところでさ」
 イッコーが帰り道のコンビニで買った肉まんを頬張りながら俺に質問する。
「何でキュウのやつ、青空と一緒に別れたん?」
 あんまりに自然な形で青空に慰められたまま改札口を抜けて行ったので、その場で訊けなかったらしい。俺はその問いに、あえて答えないようにしておいた。


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