→Rock'n Roll→  Tasogare Akane  top      第3巻

   076.ケリュケイオン

 俺は一体、何をしてるんだ?
 熱を帯びた頭で、ぼんやりとした意識のまま自分に問いかける。その目線の先には、跳ねる長い黒髪。程よく丸みを帯びた白い尻、そこに出し入れされる俺の姿。
 股間から脳髄まで駆け抜ける電流のような快楽に、心が押し流されそうになる。ただそれを拒もうとしないで、俺はひたすら杭を打ち付けていた。その度に和美さんはくぐもった声で喘ぎを押し殺す。そんな和美さんの反応が、一段と俺を刺激していた。
 まるで我慢比べのように、2人とも絶頂を迎えないように懸命に理性を保つ。頭のどこかにある、想い人への罪悪感に似た後ろめたい気持ちのせいだろうか。そこから目を逸らしてしまえば、発情した動物のように絡み合ってしまいそうな気にさせる。それほど和美さんの肢体は男心をくすぶらせて、俺の躰は和美さんを満足させてるようだ。
 一息ついて、結合したまま眼下にある大きな桃を両手で撫で回す。不意を突かれたのか和美さんは裏返った声を上げて、恨めしそうに頭だけ俺の方を振り返った。
 そのまま何度もこねくり回すと、面白いように背中が跳ねる。悩ましい視線の奥に被虐的な悦びを見せ、吐息を漏らす姿に俺の背筋にも電流が走った。
 俺自身、人生の女性経験なんてほぼ愁としか無いので、思いがけない相手とのSEXに新鮮な驚きと戸惑いを感じてる。そして、これまでに感じた事のない悦びも。
 明らかに和美さんの方が、ベッドの上での相手の扱いに長けてる。みょーが仕込んだのか、それとも俺以上に男性経験があるのかまではわからないけど、男心をくすぐるのが得意に見える。普段のおっとりした接し方と違った面を見せていて、そのギャップが余計にそそる。まさかこれほどまでに色っぽく乱れるなんて、想像だにしてなかった。
 誘ってきたのは和美さんからだ。夜も遅くなってきたので駅まで送ってあげようと思ったその矢先に、後から抱きつかれて股間をまさぐってきた。
 一泊止めてくれるお礼――というわけでもなさそうで、和美さんがどんな意図で俺を襲おうとしたのかわからない。なら単純に拒めばいいだけの話なのにできなかったのは、和美さんに対する申し訳なさなのか、据え膳食わぬは男の恥の意識なのか、心のどこかで和美さんを性対象として見てる部分があったからなのか。おそらくどれも正解で、溢歌や愁に対する裏切り行為という気持ちがそれほど沸き上がってこないのは不思議だった。
 もう一度愁と体を重ね合わせる機会なんてないと思っていたし、溢歌が青空と一緒に過ごしてた期間に対する見せつけの思いもあったのかもしれない。だからと言って、今の行為を誰かに言いふらすなんて真似は考えもしないけども。
「……私が、あきらに告げ口するとでも思ってるんですか?」
 考え事をしてたせいか動きが止まってた俺の内心を見透かしたように、髪をかき上げて肩越しに和美さんが呟く。
「まさか。愁やみょーに知られたくて、誘ったわけじゃないんでしょう?」
「別に知られても、私は困らないと思うわ」
 思いがけない答えが返ってきて、思わずぎょっとした。萎えそうになった俺の気持ちに感づいたのか、和美さんは下の口で根元まで頬張って、付け根を優しく締め付けてくる。
「いっそその方が、あきらの愛を確かめられるかもしれないと思っただけ。愁ちゃんに恋人を寝取った事を伝えたら、どういう反応を見せるのかも知りたいもの」
「……和美さんって、相当意地悪な人ですね」
「ふふ、そうかもしれないですね。だから、たそさんにもこうして意地悪してるんですよ」
 俺の正直な感想を嬉しそうに受け止めると、和美さんは顔をシーツに埋めてひたすら抽送を繰り返し始めた。勢いが激しくて、持っていかれそうになる。必死に堪えて和美さんの首筋を舌で舐めながら応えてると、先に和美さんの意識が軽く飛んだ。俺もすかさず理性を保つために、和美さんの体から離れて火照った体を鎮める。
 ベッドに横たわる和美さんはとても綺麗で、愁とは違った大人の女性の躰だ。背も俺と変わらないほどだし、雑誌のモデルみたいにスタイルはいいし、肉つきもいい。そんな美人が目の前に裸で横たわってるのが未だに信じられなかった。
 一旦冷静になるために部屋を出て、2人分の水をコップに入れてお盆で持ってくる。床に置いて自分の分を飲んで一息ついてると、不意に声をかけられた。
「――出さなかったんですか?」
 笑顔で俯いてた和美さんの意識が戻ったのか、顔を上げて確認してくる。
「無茶言わないでください」
 一線を引くので精一杯だったのに、これ以上みょーを敵に回したくない。
「カズくんは遠慮がなかったのに」
 盛大に飲んでた水を吹いた。
 涙目で咽せてると、和美さんが背中をさすってくれる。
「なっ、和美さん……」
 あんまりこんな事言いたくないけど、ちょっと見る目が変わった。
「――尻軽な女だと思いましたか?」
 俯いて、俺から目を逸らして聞いてくる。
「いや、そうじゃなくて――」
 上手い言葉が出てこないで口ごもってると、和美さんが姿勢を起こして向き直った。
「昨日、カズくんの家にいたんですよ。」
 それは初耳だった。神妙な面持ちだったので、俺も座布団に座って話を聞く。和美さんが水を催促してきたので、もう一つのコップを手渡した。
「別に、たそさんのお見舞いに来たのはカズくんの所へ寄ったついでではありませんよ?それだけは誤解しないでくださいね。本当に心配してるんですから」
 俺に一言断ってコップに一口つけてから、和美さんは語り始める。
「突然カズくんの所にお邪魔したのは、叔父さん叔母さんに顔を見せるのと、あきらが構ってくれない寂しさを紛らすためでもあったけれど……。最初から体を重ねるつもりで、カズくんの所へ行ったわけではないです。だけど心のどこかで、カズくんにならいいと思ってたのかもしれません。あの子が私の事を慕ってただなんて、思わなかったから――」
 イッコーと一緒にいて、あいつが和美さんに気があることは薄々気付いてた。だからイッコーにとっては、本懐を遂げられたと言っていいんだろう。
「ベッドの上に押し倒されてから、初めて気付きました。カズくんが私の事本気で好きだったんだなって。近くにいる年上の女性への憧れかもしれませんけど……それでも、嬉しかった。だからそのまま身を任せたんです」
 そう話す和美さんの口元はうっすらと微笑んでいて、まんざらでもなかったと思わせる。
「私は生まれつき、男の人に奉仕するのが好きなんですよ。愁ちゃんはそんな私を羨ましがっていたみたいですけど、言い換えれば誰でも構わないって事なのかもしれませんね。だって、その流れでたそさんにまで、体を許してしまうんですもの」
 さすがに冷静になって、自虐的な笑みを浮かべる。まるで俺まで責められてるようで、しょんぼりしてしまう。成り行きとはいえとんでもないことをしでかしたものだ。
「たそさんは、こんな私が汚れてると思いますか?」
 和美さんは俺の目を真っ直ぐに見据えて質問してくる。しばらく腕を組んで考えた後、首をゆっくり回して鳴らしてからその問いに答えた。
「……俺にはよくわかんないです。そういう区別は。一人の人をずっと見続けてなきゃいけないなんて、神様に決められてるわけじゃないし。かと言って、肯定しようとも思いません。それで人と人との繋がりが壊れるのなら止めたほうがいいし、寂しさを紛らすためなら、構わないのかもしれない。……キュウとか見てると、凄いなって思うもの」
 例えの人選がツボにはまったのか、和美さんが吹き出す。そりゃキュウの名前を出せば説得力は変わるよなあ。あれだけ性に開放的なのもどうかと思ったりする。
「……そうね、私にもわからないわ。だから、何もたそさんと愁ちゃんとの仲をかき回すつもりでしてるわけじゃないの。……言い訳がましいかしら」
 和美さんの問いかけに首を横に振る。俺に話してくれた寂しい気持ちは本当のことなんだろうし、体を貸すことで和美さんの気が少しでも晴れるのなら、俺も構わない。ただのお人好しなのか、下世話な心なのか、俺も他人のことを言えた義理じゃない。
 どちらも自分に否があることをわかってて、体を許し合う。そんな滑稽な話だ。
「俺も本当に嫌なら、ほっぺた引っぱたいて送り返してるはずですから。お互いさまです」
 大して溢歌へ悪い気持ちが起こらない自分に驚く。もし今日のことを溢歌が知ったところで、ほっぺたつねって夕食抜きにされるくらいで済まされそうにも思えるのが何というか。不可抗力で流されるがままでいるのが一番の正解に思えてくる。
 水分補給した和美さんが渡すコップをお盆の上に戻すと、床に座る俺へ身を乗り出す。
「だから後めたい気持ちなんてお互いに捨てて、今は楽しみましょう?遠慮することなんて一つもないの」
 自分に言い聞かせるように和美さんは呟いて、俺を誘ってくる。双丘のふくよかなふくらみが目に眩しい。愁や溢歌が持ってない立派なものだ。そのまま食いついていいのか、恥ずかしさで目を逸らすほうがいいのか迷ってると、和美さんはベッドの端に座り直して足を伸ばしてきた。
「愁ちゃんはこんな事、してくれなかったでしょう?」
 想像すらしたことのない行為に思わず後ずさりしたくなるところを、足裏で挟み込む。とても柔らかくて、胸や指とはまた違う感触に背筋がぞわぞわした。
「ここの大きさも色も反り具合も堅さも反応も、本当にあきらとそっくり」
 悶えてる俺の顔を見ていやらしい笑みを浮かべる和美さん。
「あんまり嬉しくないです」
 他人のと見比べられて同じとか言われると、顔を合わせる時に一々思い浮かべてしまいそうで嫌だ。俺にそんな趣味はない。萎えてしまいそうな言葉だけど、それ以上に和美さんの奉仕が凄すぎて、勝手に自分の腰が浮くなんて初めての経験だ。
「我慢しなくていいんですよ。せっかくしてあげてるのに、悲しくなります」
 そう言って悲しそうな表情を浮かべるのに、足下の責めは更に激しくなる。頭の頂点が痺れると同時に、全身に激しい疲労感が襲ってきた。くたびれて床の上に仰向けになって深呼吸してると、ベッドから降りた和美さんが膝をついて顔を埋めてくる。
 こんな愛情の詰まった行為をみょーは毎日されてるのかと思うと、羨ましいと同時に物凄く疲れるんだろうなと心配になった。男冥利に尽きるご奉仕だ。
 橙色の室内ライトに照らされて、和美さんの躰が妖艶に浮かび上がる。
 部屋の暖房を切ってても、汗が頬を滴り落ちるほどに体が火照ってる。和美さんも同じで、柔肌を伝う汗が俺の体液と混ざり合う。舌で掬ってみせると、くすぐったい声を出す。
 年が変わってから一度も誰とも体を重ね合ってないのもあるのか、下半身の活力が漲ってるそんな自分が恨めしい。頭の中ではこの状況を否定しつつも、体は受け入れてる。
「和美さんは」
 俺の上で柔らかな腰と長い黒髪を振ってる和美さんに疑問をぶつける。
「俺のことをどう思ってたんですか?」
 しばらく恍惚の表情に浸ってた和美さんは動きを止め、俺の顔をそっと手に取って自分の顔を近づける。和美さんの唇が目線の上にあって、心臓が高鳴る。
「そうね。あきらとそっくりだと思ったわ。根っこの部分が」
「根っこの部分?」
 愁にも同じことを言われた気がする。
「例えば、少しだらしがないところとか」
 それは褒められてる気がしない。
「冗談ですよ。そうですね、一つの物事に集中すると物凄い力を生み出すところですか」
「単純に視野が狭いだけの気がしますが……」
 歌ってる時はギターを弾く手がおろそかになるように、分散して物事を考えられない性分なだけだ。それと歌う時に極端に集中するのは、世の中の嫌なこと全てから逃げ出してしまいたい気持ちから生まれるものだ。他に何も考えられないようにしてしまうと、他の苦しみから逃げられる。その分、自分の歌の苦しみからは逃げられなくなってしまうけど。
 どう足掻こうが苦しむのが人間なら、いっそのこと消えてしまったほうがいい。そんなことばかり考える臆病者だ、俺は。
「でも、歌が上手いとか絵が上手いとか、才能なんてものは二の次三の次です」
 自虐的になって視線を逸らしてると、和美さんが胸に手を当てて言う。
「私が一番欲しいものを、言葉や行動でくれる人な所ですよ」
 なるほど、実に和美さんらしい。
 だから自分を慰めてくれる相手が必要なんだろう。
 おかしくなって吹き出すと、和美さんも微笑みを返してくれた。
「それに、こっちの具合もそっくり」
 そう言って和美さんは自分の中に収まっているお腹を指の腹で軽く叩いてみせた。その行為がとても卑猥で、思わず股間に強く血が巡るのがわかる。そんな俺の反応を敏感に受け取ったのか、甘酸っぱい声を上げて和美さんが見下ろしてくる。
 まるで今の時間が妄想の世界のように酷く甘美で、目眩を起こしそうだ。
「あきらの代わりとは言わないけれど、あの人よりも早く出会っていたら、どうなっていたのかしらね」
 意味深な発言を呟いて、再び夢中に腰を振り始める。俺もその言葉の意味を深く追及するのは止めにして、和美さんのお尻に両手を回して行為を続けた。たらればを考えたところで何も始まらない。もしそれで、俺が和美さんを幸せにできるかなんてのもわからない。
 だから今俺が和美さんにできることは、罪悪感を押し殺して奉仕することだけだ。
 そんな和美さんもほとんど休憩を置かず、俺に絡みついてくる。間を置くことで俺と同じように罪の意識から逃れようとしてるんだろう。
「私だけじゃなく、たそさんにも隅々まで愉しんでもらわないと…!」
 和美さんは艶めかしい表情を浮かべながらお尻を突き出すと、後の口を両手の指で押し広げてあられもなく俺に見せびらかす。一体どこまでみょーの奴は和美さんをおもちゃにしてるんだと少し呆れると同時に、そこまで器の広い和美さんの度量に感服した。
「2人にサンドイッチされたら、天にも昇るくらい幸せになれるのかもしれませんね」
 どこまで本気なのか冗談なのかわからないことを和美さんは言う。彼女にとっての幸せとは、言う通り自分の与えただけの奉仕を、そのまま返してもらうことなんだろう。
 そんな意味だと、俺はきっと和美さんの言葉のように幸せを与えられないと思う。
 体は繋がってても、心の距離はそこまで近くない。仲がどれだけ良くても縮まらない距離に、そんな現実の世界の人間関係に、少し趣を感じた。
「今日の夜の事、あきらと愁ちゃんに教えてあげようかしら」
 俺と繋がったまま枕で横になってる和美さんが呟いて、ぎょっとする。和美さんは首だけ後を振り向いて、困った顔をしてる俺を見てくすくす笑った。
「和美さんってこんなに冗談が好きな人だなんて、知りませんでした」
 人の心を手玉に取る言葉攻めは、まるで溢歌のようだ。
「黄昏さんは誰かに告げ口するような心の狭い人間ではないでしょう?」
 和美さんは右腕を上げて、後頭部のすぐ後にある俺の頬を撫でる。。全くもってその通りで反論する気も起こらなかった。わざわざ人間関係で火に油を注ぐような真似なんてする気にはなれない。
 やられっぱなしもシャクなので白い肩とうなじを舌で舐めると、和美さんはくすぐったい声を上げた。この行為だけを見てるとまるで2人は恋人のようだ。
 和美さんは一度俺から抜くと、体を捻って俺と対面になる。顔が照れと恥ずかしさで真っ赤で、俺と同じ気持ちでいることを今になって知った。
「愁ちゃんの体を愛したように、私の躰を弄んで」
 そう言って首に腕を回して抱きついてくる和美さんに、俺はとても戸惑った。同じ行為一つでも、気の持ちようで大きく変わる。まるで歌を唄う時に、どれだけ強く深く集中できるかで出来が変わるのと同じだ。
「んっ」
 考え事をしてる俺の唇を、いきなり和美さんが舌で塞いできた。絡みつく感触。とっさに離れようとしたら、俺の後頭部に手を回してきて柔らかな唇を押しつける。溢歌と愁にとても申し訳ない気持ちで、唇を割ってくる柔らかい舌と唾液にとろけてしまう。
 こんなキス、溢歌相手にもしたことない。
 そのまま、骨の髄まで口から体力を吸い取られてしまった。
「カズくんは、それこそ精魂尽き果てるまで愛してくれたのに……」
 あまりの気持ちよさに行為後に大の字で惚けてると、物足りなさそうに爪を噛んで和美さんが呟く。どれだけ無尽蔵なんだ、和美さんの愛され欲は。
 でも、和美さんのおかげで随分と暗い気持ちが和らいだのはホントだ。それが一夜の想い出だとしても、俺を芯から癒してくれるには十分過ぎた。
 そのまま朝に2人とも疲れ果てて眠りこけるまで、交じり合った。そのまま日が沈む頃に起きるまで、結局和美さんは丸一日俺と一緒の部屋で過ごした。
 さすがに和美さんを駅まで送る時には、ばつの悪い顔になってる俺がいた。それとは対照的に和美さんは何事もなかった表情で、俺に接してくる。
「2人だけの秘密ですよ」
 改札口で見送る時に、和美さんは唇に人差し指を当ててウインクしてみせる。そんな可愛らしい仕草を見せる和美さんは、俺の部屋を訪れた時とは幾分和らいだ顔をしてた。
「そうだ」
 何かを思いついたように、両手を鳴らす。
「私がたそさんを愁ちゃんから取っちゃいましょう。そしたら万事解決です」
 ……冗談だとわかってても、俺は乾いた笑いすら返すことができなかった。


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